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『黄昏』東部陣地。激戦が繰り広げられた西部陣地の反対側に位置するこの場所は、幾重にも掘られた塹壕が張り巡らされているが、トーチカは存在せず鉄条網も充分とは言えない。
これは南部陣地で発生したスタンピードでの激闘でほぼ全ての鉄条網が魔物に踏み潰されたためであり、兵器開発や製造を優先したし残された有刺鉄線を均等に分散しせざるを得なかった。
まして、『血塗られた戦旗』との決戦を控えて主戦場となるであろう西部陣地の整備を優先した結果でもある。
「数はあちらが上か。啖呵を切ったのは良いが、状況は良くないな」
塹壕内から集結しつつあるカサンドラの部隊を睨みながら、エレノアへ語り掛ける。
「それでもあの女を通すよりはマシさ。旦那が来てくれて良かったよ」
「あっちが片付きそうだったからな、嬢ちゃんに進言して追い掛けてきたんだ」
ドルマンはリューガを討ち取った直後に別動隊へ備えるためにエレノアを追うことを進言。シャーリィはその意見を採用してドワーフチームを東部陣地へ派遣したのである。
「あっちは片付きそうかい?」
「そんなに時間は掛からない筈だ。つまり、それまで護り通せればワシらの勝ちだ」
「死にすぎても敗けだよ。旦那達は替えが利かないんだからね?」
「それはお互い様さ、エレノア。どちらが死んでも嬢ちゃんを悲しませる。無表情で無愛想に見えるが情に厚いからな」
「大切なものを失いたくないだけだとさ。さぁて、どうやって戦う?旦那達はどうする?」
「ワシらはなんでも扱えるぞ。取り敢えず銃と斧を持って来たがの。あちらはどうだ?」
「騎兵が百、あと歩兵が五十くらいだね。銃を装備してるのは歩兵だ」
「うむ、厄介のは騎兵じゃな。迂回されて町に侵入されたら事じゃ」
「セレスティンの旦那とアスカちゃんが居るけどねぇ。無様は晒せないか」
「嬢ちゃんの期待には応えんとな」
対するカサンドラも状況を見ていた。
「姐さん、どうするんだ?」
「時間が経てば、反対側の連中が駆け抜けてくるよ。じっくりと構えてる余裕はない」
「反対側の連中って……姐さんは西側の奴等が負けると思ってんのか!?」
周りに居る小飼の傭兵達が驚く。
「当たり前だよ。内輪揉めを抱えたまま満足に戦えるわけがない。リューガの奴が怪我でもしたら総崩れさ。それを助けるためにも、アタシらは町へ突っ込まなきゃいかん」
「なるほどな、見たところ西側に比べたら護りも薄そうだ」
「で、数もまだ此方が有利さ。歩兵団は前進、奴等と派手に撃ち合いな。そして、撃ち合いが始まった瞬間騎兵隊は突撃だ」
「別の、例えば南側へ迂回するってのはどうだ?」
「バカ言うんじゃないよ、南側は魔物がうようよしてるんだ。下手に数を減らしたくはないだろう?」
シェルドハーフェンに面する北側、更に東西は比較的安全。
だが南側は今も時折魔物が出没している。
「……だな」
「それに、時間をかければ奴等の有利になる。多少の被害は覚悟の上さ。町に突入したら好き勝手に暴れな。何をしても良い」
「女を奪っても良いのか!?」
カサンドラの言葉に傭兵達も眼を輝かせる。
「ああ、もちろんだ。それに連中は大層な金を溜め込んでるって話だからね。好きにしな」
「「「うぉおおっ!!!」」」
カサンドラの言葉に士気が跳ね上がる。
「ただし、エレノアだけは殺るんじゃないよ。あの女はアタシの獲物だからね。さあ!取り掛かりな!」
「ウス!」
歩兵五十はフリーの傭兵達だったが、『黄昏』での略奪を許可すると囮役を快諾。前進を開始した。
「来たよ!射撃用意!」
「ワシらは歩兵隊ほど訓練しとらんぞ。命中率には期待するな!」
「それはこっちも同じさ!ある程度撃ち合ったら殴り込みを掛けるよ!」
「あんまり無茶すんなよ、船長。あのアマに恨みがあるのは俺達もわかるが、先走って突っ込むなんて勘弁だぞ」
副官であるリンデマンがエレノアのストッパーとなる。
「分かってるよ、リンデマン。恨みを果たすのは後回しだ!私らの町を護り抜く!野郎共!遠慮なく暴れな!シャーリィちゃんの気前の良さは知ってるだろう!?褒美をたんまりと用意してくれているよ!」
「「「うぉおおっ!!!」」」
此方も士気が高い。
「ドルマン、どうするんじゃ?」
「決まっとる。ワシらが鍛冶だけじゃないってことを嬢ちゃんに教えてやらんとな。褒美は、そうだな。浴びる程の酒を頼むとしようか!」
「「「おうっっっ!!!」」」
ドワーフ達もまた士気を高める。
ゆっくりと近付く歩兵団。双方の距離は瞬く間に縮まり、そして小銃の射程距離に入った。
「「「撃てーーっ!!」」」
三者が同時に叫び、東部陣地に凄まじい銃声が轟音となって絶え間なく鳴り響く。
『暁』側は塹壕を、『血塗られた戦旗』側は起伏を上手く利用して銃撃戦を繰り広げるが、双方共に射撃の錬度は決して高くはなく、被害も最小限のまま推移した。
「今だよ!一気に駆け抜けろ!」
ここで稜線に隠れていた騎兵隊がサーベル片手に一斉に飛び出した。
赤く統一された制服を身に纏う彼らは、紅戦闘団とも呼ばれるカサンドラ直属の傭兵集団である。
数多の戦場を駆け抜けてきた彼らは正規軍の騎兵隊にも劣らぬ精鋭部隊であり、その一糸乱れぬ騎兵突撃はある種の芸術とすら呼ばれた。
彼らは見事な隊列を組んだまま馬を走らせて一気に東部陣地へと襲い掛かる。
「有刺鉄線の鉄条網に気を付けろ!まさか無様に引っ掛かるようなバカは居ないと信じているがな!」
騎兵隊の先頭に立つのは、長年カサンドラを支えて来たベテラン傭兵のヘルシング。元帝国軍騎兵隊の将校であり、彼がこの精強な騎兵隊を作り上げたと言っても過言ではない。
今回も味方を鼓舞しながら油断なく、そして迅速に陣地内を突破すべく駆け抜ける。
騎兵隊は半分に分かれて東部陣地を左右から挟み込むように進撃。『暁』側は歩兵団との撃ち合いに掛かりきりで騎兵隊への対応が遅れていた。その様を見てヘルシングは勝利を確信した。
「敵は弱卒!怯むことはないぞ!一気に蹂躙して町へ攻め込む!手柄は立て放題だ!さあ!張り切って……!」
ここで彼の言葉は止まった。突如として愛馬が前のめりに倒れ、前方に飛ばされた彼の眼に映ったのは、自分に向けられた鋭い木製の杭であった。
「ははははっ!あの嬢ちゃんが側面攻撃を警戒していないと思ったか!左右は気にしなくて良い!前だけ見とれ!」
陣地左右には低い位置に巧妙に秘匿された縄が無数に張られており、馬はそれに足を取られて転倒。
その直ぐ先には、僅かな起伏を利用して隠された無数の杭が待ち構える。
落馬した者で前に飛ばされたものはこの無数の杭に串刺しとなる運命であり、ヘルシングもまた杭に顔面を貫かれて絶命。後続もそれに続き、一部の幸運な者以外は彼と運命を共にした。