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一番手はキャプテン藤堂。
一八七センチの大型センターバック。守備の司令塔だ。
幼少期よりサッカーにのめり込み、優れた選手だけを選抜するサッカー育成プログラム・トレセンで鍛えられた能力値は、キャプテンを務めるだけに伊達ではない。
「お願いします」
一礼して、キャプテン藤堂はボールを美神にパスする。
途端に、キャプテン藤堂の顔つきが変貌した。
す、と目をすぼめ、半身で腰を落とす。両腕をだらりと下げた姿勢には余分な力が入っていない。
相手のどのような機敏な動きに対しても、俊敏なる反応と鉄壁を持ってガードする。それが彼の持ち味だ。
攻撃相手をリスペクトしたうえで、強烈なタックルを見舞わせる。そのため、他校のサッカー部員からは『ジェントル・ハード・クラッシャー』と恐れられていた。
ペナルティエリアのライン上(ゴールから十六メートルほどの距離)で、キャプテン藤堂と美神が相まみえる。
美神が足もとのボールを小刻みに触りながら、じりじりと藤堂との距離を詰めてきた。
並みのディフェンダーならば、この〝じりじり〟に耐えられずに足を出してしまう。結果、攻め手にかわされるのがオチであるが、『ジェントル・ハード・クラッシャー』はひと味違う。
ボールを間接視野で捉えながら、彼は美神の上半身を注視していた。
攻め手が左右のどちらにフェイントするかは、上半身の向きによる。
人間ならば右に胸を向けながら左に走ることは難しい。それを容易く成しえるのは、どこぞの昔のコメディアンぐらいだろう。
正対していた美神の上半身が、一瞬、右を向いた。
キャプテン藤堂はそれを見逃さない。
タックルするタイミングが来た。美神の進路に身体を捻じ込むように、寄せ――。
ぼよよん。
美神の白シャツのボタンが弾け飛びそうだった。
ゆさゆさっぷりが、『ジェントル・ハード・クラッシャー』である前に、いちオスであるキャプテン藤堂を崩壊させた。
ハードがソフトになる。
キャプテン藤堂はあっさりと美神にかわされた。
ゴールキーパーもゆさゆさに目を奪われている隙に、
バスッ
美神がシュートしたボールがゴールネットにくるまれた。
「だらしないわね。次っ、二年来なさい!」
美神の胸に欲情視線を向けていた部員達が、催眠から解けたようにハッとした。
「あの、次はわたしの攻撃ではないのでしょうか?」
『ジェントル・ソフト・クラッシャー』に異名が変わったキャプテン藤堂が、恐る恐る進言する。
「ああ、言い忘れてたわね、ルール。わたしを止めた者だけが攻撃ターンを迎えられるのよ」
後出しルールを平然と口にする美神。彼女は既に、ボールを足もとに置いていた。攻める気マンマンである。
(……)
かさかさと落ち葉が風に吹かれ、部員達が群れている方へと流されてきた。
その後訪れる束の間の静けさ。
ぐしゃ、と落ち葉を踏み潰す者が現れた。
「じゃあ、ボクの番ぶひー。今夜はママンと『やにわにステーキ ―素敵なあなたと アイ ミート ユ~―』食べ放題に行く予定だから、さっさと勝って、さっさと帰るぶひー」
部多谷留吉である。
タッパが一八〇センチあり、体重一〇〇キロを超える彼こそが、二年を代表するサッカー巧者・守備的MFだ。
いわゆる動けるデブ。又は、機敏なデブ。肩まで伸ばした髪が鬱陶しい。
「さーて、つっかまえちゃうぞー」
部多谷は肉好き&アニメオタクだ。筋金入りの。
彼の言葉づかいは今沼っているアニメの影響をもろに受けている。ただし、鼻息荒く語尾がぶひーになるのは、アニメとはあまり関係ない。
二カ月前に放送開始となった【おにぃちゃんこっちだよ】という美少女系妹アニメが静かなるブームを起こしていた。色々なタイプのロリッ娘が鬼畜野郎に追いかけられる、終盤ではオイシイ場面が……と、思わせての大どんでん返し。
部多谷はその鬼畜役の言葉づかいを既にマスターしていた。
部員たちはここにきてようやく笑みを漏らした。どこか卑猥な嗤い。ロリッ娘を追いつめる鬼畜野郎が全員に乗りうつっている。
「――っふ」
美神は失笑した。
「二年ってホントに見込みが無い学年ね。来年ヤバすぎじゃない。高校総体のグループリーグで敗退したらムチ打ちどころじゃすまわないから」
「ボクが二年代表だからそう思うのかにー? ぶひー、それはちょっとひどいっちょー」
限りなく残念な言葉づかいの部多谷は怒っている。
「やれ! 転ばせちまえ!」
低評価を下された二年のうち、誰かが怒りを抑えきれなかったようだ。
くだらなさに、このイベントからの離脱を決めた魔王。グランドから去ろうと――、事が起きた。
ぞくぞくぞく。魔王の肌が粟立つ。とてつもない殺気を感じた。
美神と部多谷の方を振り返る魔王。
最近また太ったため練習着がムチムチぱっつんぱっつんになっている部多谷が、巨大な壁となって美神の進路を塞ぐ。二年生を代表するに相応しいサッカー選手の迫力を醸しだしていた。
しかし、魔王がキャッチした殺気は部多谷からではない。
ケタ違い。
殺戮現場をくぐり抜けた猛者だけが感じとれる、理解できる、察知できる敵意。それが美神からムンムンと溢れ出ていた。
部員達はそれに気付いていない。むしろムンムンは色気として彼らには伝わっていた。
情勢が動く――。
「へぶうっ!」
部多谷がよだれと胃液をまき散らしながら、後方へ吹っ飛んだ。
ゴールキーパーが一歩も動けずに、ボールがネットに突き刺さる。
ぽかんと口を開けているキーパーは、理解が追いついていないようだ。己が守るゴール内にぽとりと落ちたボールと、前方でひっくり返っている部多谷、そして美神に視線を流し、ようやく驚愕の表情を浮かべた。
しんと静まり返った部員達。
「小賢しいテクニックなんて要らないの」
汚らわしいものを目にしたような口調で、美神が吐き捨てた。
「相手がでかくてシュートコースが塞がれているなら、どかせばいいだけ」
美神がやったこと。ただ、シュートを打っただけ。その場で。フェイントもなにもしていない。
部多谷が邪魔だから、部多谷ごと吹き飛ばす殺人的なシュートを放った。
ただそれだけだ。
普通ならばボールが人に当たると、弾かれる。
が、美神が蹴ったボールは部多谷の腹を抉り、彼を後方へとなぎ倒した。それでもボールの勢いは削がれずに、ゴールネットまで到達した。
(美神……何者だ?)
ぶぴーぶぴー。脳内警報が鳴りやまない魔王は美神に向けて透視を試みる。
(――つ!?)
何かが浮かびかけるも、透視が強制終了した。
美神も透視するような目を魔王にくれていた。
嫌な予感を抱いた魔王は慌てて視線を外し、美神から距離を取る。
にたあ。美神が口元を綻ばせた。
「あなた、何者なの?」
美神が、最後の勝負に使うボールを足もとに置いた。
臨戦態勢をとった魔王が軽く膝を曲げる。
「大空碧人」
くすっと笑んだ美神もまた、腰を軽く落とした。早くも、勝負が始まった。
「来いよ」
くいっ。魔王が二本指でカモンのポーズを決めた。
「態度がなってないわね」
なりをひそめて二人の勝負の行方を見守る部員達。
沈黙を最初に破ったのは魔王だった。
右足を前にした半身の姿勢を、もっと半身、すなわちほぼ横向きにする。
魔王は挑発している――左側しかスペースがないぜ、来いよ、と。
これをサッカー用語で『右を切る』と言う。右側の進路を完全に遮断するポジショニングだ。右に体重をかけているため、左側が手薄となる。あえてその左側へと、魔王は美神を誘導していた。
「小癪な」
美神が地面を蹴る。腰を落とした低い姿勢のまま、魔王の左側の懐に飛び込んだ。
魔王と美神の姿が、巻き上がる土煙で隠れる。部員達は二人を見失った。
二人の尋常ではないスピードをヒューマンの肉眼で追うことは無理だった。
瞬きするほどの刹那、美神がフェイントをしかけた。残像さえも置いてきぼりにする速さで、彼女はボールを右へ弾く。
「ちいいいいいっ!」
魔王は身体をぶつけるようにして美神の進行を遮断する。
しかし、美神はエラシコで、右へ弾いたボールをすぐさま左へと弾き返した。ボールが彼女の足に吸いついている。
エラシコ――2000年代を代表する伝説のフットボーラー、サッカーの魔術師とも褒めたたえられたブラジル出身のサッカー選手が得意とする技。それをいとも容易く披露する美神。
ボールが魔王の股下をくぐり抜けていく――
「だあああああっ!」
美神が異次元のプレーをするならば、魔王もまた別次元のプレーで対応するまで。相手の槍攻撃をかわすようにひらりと身体を反転させた。
魔王の股下を通り抜けたかに思えたボールを、魔王はターンの勢いのまま足で叩いた。
この間、僅かに0.1秒。瞬息の駆け引きだった。
土煙が薄まり、部員達の瞳に映ったのは、魔王によって蹴り出されたボールが転がっていくさまだった。どおおお、とグランド内が沸く。
「何!? 今、どーなって、あーなったんだよ?」「何が起きたん!」「マジ? 碧人が防いだの?」
美神が苦笑した。魔王と目が合う。
「やられたわ」
でも、その目は笑っていない。
ふと、危うい感覚に襲われた。一瞬、自分の思考が己の身の内から引き離された感じがした。慌てて彼女から目を逸らす魔王。
美神が舌打ちをする。
全身から汗が吹き出す魔王。
「碧人が攻める番ね」
ペナルティエリアの線まで下がった美神がくるりと振り返った。長い髪がふわっと弧を描く。
美神のジト目が真っすぐに魔王を射貫いた。恐怖以上の残酷さが、美神の視線ごしに伝わってくる。
ポキッ
「へ?」
「あら」
この場には似つかわしくない間抜けで乾いた音。
美神がふいとしゃがんだ。彼女の両太ももの隙間にできる魅惑の三角地帯。
美神が腰を上げる。パンツ見たさににじり寄ろうとしていた部員達からはため息が漏れた。
「ヒールが折れたわ」
美神の手には、ピンヒールの折れた赤いパンプスがあった。
「残念ね」
言葉のわりに美神はこれっぽっちも惜しそうにしていない。
「高いんですか?」
「安いわよ。四万ちょっとだもの」
部員達がいる方からざわざわとした空気が流れてくる。高くね? え、四万! と。
魔王は、この世界に転生してから昨日までの間に、ビットコインで三十億ほどを荒稼ぎしたため、金銭感覚は部員達よりも美神に近い。
来月は、その資金の一部を美容整形にあてようと考えている。目の下にあるほくろが気に入らない。あと、他人には言えないが、十円ハゲが碧人の側頭部にはあった。今はうまく髪を被せて隠しているが、できることならば植毛したい。
ふふっと美神が意味ありげな仕草で笑った。
魔王は、……逆に、警戒を高めた。つ、とこめかみを一筋の汗が伝う。
「残念ね」
時間をリープしたように美神が同じセリフを口にする。
「……」
魔王は気付いていた。繰り返される言葉の合間に、美神の双眸が赤く染まった瞬間があった。
「……残念ですね」
魔王の返答に、美神は満足気に口角を上げる。そして、言い放った。
「勝負はお預けね。それと、豚……じゃなくてサル野郎ども全員、××××厳禁ね」
(――……うきぃーーっ!)
部員達に悲痛の沈黙が降りた。
魔王はただ一人、部室へと向かっていた。
他の部員はグランドをリフティングしながら十周している。美神の攻撃をブロックできた魔王だけが、即時帰宅を許されたのだ。
グランドであがる怨嗟の声。愛車のフェアレディZでさっさと帰ってっしまった美神には、彼らの鬱積した想いは一切届かない。
魔王は彼らに同情しない。
もしもこれが魔界での出来事ならば、彼らの命は露と消えている。軍の士気を高めるために、たとえゲームであっても参加者は命を賭けるのだ。××××我慢どころではない。
「一週間なんて我慢できねーよー」
「机にあたった弾みで出ちゃったらどーしよ」「おまえそれ教室で?」
「そもそも一週間は無理だって」
「ママンとお肉食べる予定がぶひー」
魔王はちょっとだけ、彼らを哀れに思ってしまった。直後、激しく頭を振る。
シンパシーを抱く余地などないではないか!
勝てばいい。自分の生命をもって挑むほどの意気込みで勝負にのぞむべきだ。
彼らにはそれだけの気概が欠けていた。所詮はヒューマン、下等生物の極みだ。
そう、魔王は自分に必死に言い聞かせる。
部員達の表情は、処刑間際の囚人を思い起こさせた。生に未練を残したまま断頭台へと運ばれる、まさにギロチンが落ちる直前の、最後の呻き、嘆き、叫び……。
(――)
魔王は自分を正当化できないことに苛立った。
◇■◇
帰り道、心の中がざわついていた。
走って帰ればスカッとするかもしれないが、胸の奥に澱む粘ついた感情は、ちょっとやそっとで解消できそうもない。
それこそ、ヒューマンのレベルに合わせた走りごときで、ふぅいい汗かいたリフレッシュ……とはいかないことを、自己認識に長けた魔王は知っていた。
このモヤモヤを消すには、ヒューマンを超えた能力、つまりは魔王としての身体能力をもって暴れたい。だが、それをすることは身バレになる。転生してまだ幾ばくも無い魔王は、もうちょっとだけこの生活を過ごしたかった。
視線があらぬ方へと向いた。
魔王は目を見張った。それほどまでの異常事態の接近……口がワナナワと震える。右手をすっとあげ、死体を積み上げてきたその指先を――自販機のボタンへと。
ゴトり。
アクエ〇アスのスパークリング。
(まさか、スパークリングがあるとは……)
信じられない思いで、魔王はキャップを捻った。プシュウッと気の抜けた音。直後、一気にペットボトルを逆さにし、ぐびぐびと喉を鳴らして飲んでいく。
部活帰りの魔王は喉が渇いていたのだ。
日照りでヒビ割れた大地に雨水が沁み込むがごとく、魔王は潤いを感じた。
と、肩に何かが飛んできた。
虫だろうか。気温が上がるにつれて、その数も増えていた。
せっかくのアクエ〇アス満喫タイムを邪魔されたくない魔王は、邪険に肩の上を払った。
ぶちゃっと何かが潰れる音と、ふぁさっっと何かが抜ける音がするも、極上のひと時を過ごした魔王は気にしなかった。
「ふうっ」
口もとを腕でぐいっと拭いた魔王は、自販機脇のゴミ箱にペットボトルを捨てる。既に、この世界ではリサイクルが大事であることを魔王は知っていた。魔界で決まり事をつくり、それによって統治してきた魔王は、この世界の法律や因習に敬意を払っている。
環境にやさしいエコ生活はお手の物だった。
いつしかモヤモヤは晴れ、明日への活力を漲らせながら帰路につく魔王。
だが、この時の魔王は、既にヒューマン世界の安穏にどっぷりつかっていたともいえる。
肩に飛んできたモノが、時空の割れ目から飛び出した中級レベルの小型魔物の群れであったこと、そしてそれらを無意識のうちに魔王の身体能力の一振りで屠ったことに、魔王は気づいていなかった。
それだけ、アクエ〇アスのスパークリングが美味しく、夢中になって飲んでいたのだ。
だがしかし、潤いの裏で、世界に不穏な空気が流れ込んでいた。
それは、魔王のせいでもあったが、そのことについては魔王はおろか誰もみな認識していない。
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