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で、だ。
高校総体・地区予選の最終日がやって来た。
キボコーが属するグループリーグAは、五チームでリーグ戦(総当たり)を戦う。
勝つと勝ち点3、引き分け・勝ち点1、負け・勝ち点0。勝ち点が一番多い一チームが予選を勝ち抜き、本戦のノックアウトステージ・決勝トーナメントに駒を進められる。
グループAで、三勝0敗のチームは二つ。
キボコーと、山田学園田山高校(通称ヤマコー)だ。両チームとも全戦全勝で最終日を迎える。
よくある筋書きどおりで、キボコーとヤマコーとの一騎打ちが、本日のカードだ。
基本的には勝った方が決勝トーナメントに進出するが、もしも引き分けた場合は、得失点差(総得点と総失点との差)によって進出校が決定する。
得失点差ではヤマコーがリードしていた。
つまりは、負けはもちろんのこと、引き分けもダメ。キボコーが決勝トーナメントに上がるには、勝つしかない状況だった。
県内随一の進学校であるキボコーは、初夏のインターハイをもって三年生が引退する。
それだけに三年生がこの大会にかける意気込みは強かった……はずである。
遡ること一週間前。
「あんた達、今度の最終戦まで、××××厳禁だからね」
「はひ?」
血気盛んな若者達の目が一斉に点になる。ブリザードのような悲愴感が彼らを包んだ。
対する美神はいささかも動じずに話を続けた。
「余計な精を体外に放出してる場合じゃないでしょ。スタミナが落ちるのよ。踏ん張りもきかなくなる。ただでさえ、ボールの競り合いに弱いんだから」
「はひ?」
若者達は、身じろぎさえできずに、同じ言葉を返す。
「なに、そのツラ。ティッシュペーパーの使用量が減って環境にも優しいじゃない。あんた達、たまには地球に恩返しをしなさいよ」
言い終えた美神は、スッキリした顔つきで踵を返す。
ウオオオンッ
美神の愛車・フェアレディZが唸り声と排気ガスをまき散らしながら、音速のスピードで校庭を後にした。
——————–
地球環境に貢献した若者達は異様な熱気に包まれていた。
一週間の禁欲を経て大きく成長した彼らは、今日の試合後、晴れてこっそりと××××できるのだ。
「うがあああっ! 俺達は今日を待っていた!」
「やるぞっ! やってやるぞおおッ!」
おまけに妙なテンションだ。
魔王は興味深げに周囲を見やる。
戦場に似ていた。
キボコーに割り当てられたピッチサイドスペースの隣りでは、ヤマコーの選手達が気炎を吐いている。その隣のスペースに割り当てられた学校の選手達も、その隣の隣りも然り。
試合を観戦できるスタンド席では、ダムッダムッと太鼓が叩かれ、校歌らしきものを謳うチームもあれば、日本代表戦で聞く統率の取れた応援チャントを繰り広げているところもある。
それぞれに共通するのは、士気の鼓舞。
じわりと胸が熱くなる。懐かしかった。魔界での戦いの日々が魔王の頭の中で甦ってくる。
ヒューマンに転生したことで、あの頃の高揚感に身を委ねることができないと思っていた。それだけに、魔王は嬉しいのだ。
「やはり戦はいいの」
「おうよ、合戦だぜこれは! なあ、碧人。ようやくこの日を迎えたんだな」
早坂が魔王に肩を組んできた。
一瞬、無礼な奴、と思う(魔界で許可なく魔王に触れることは即刻処刑の対象)も、スケベ以外でこれだけ滾る早坂を見るのは初めてだった。
魔王は今回に限り許すことにした。
しかし……
「あー、ちゃっちゃと終わらせようぜ。俺、駅前に個室ビデオ店があるのチェック済みだから」
早坂の言葉に周囲が即呼応する。
「マジ? あれ高校生でも入れんの?」
「もしもの時は兄貴の学生証見せる」
ちょろまかした兄貴の学生証(写真付き)を見せる早坂。いやらしそうな目もとがそっくりだ。
「おまえホント手際いいよな」
誰かが叫んだ。
「うがるるるるっ! 俺のは濃ゆいからなあっ!」
「ティッシュにおさめろよ! 天井まで飛ばすなよ!」
(……)
早坂を乱雑に振り払う魔王。
「ああん」
気持ち悪い声を出しながら地面に転がる早坂。内股気味に股を閉じる仕草が、更に魔王を苛つかせた。
でーろん。でーろん。
早坂がすくっと立ち上がる。周囲の部員達も、先ほどまでの猥談が嘘のように背筋を伸ばし、表情を引き締めた。
「整列!」
キャプテン藤堂の合図でざざっと駆け集まる部員達。魔王も仕方なくそれにならう。
ヒュンッ、とムチがしなる。初夏なのに空気がキンっと冷えた。
部員達が一斉に俯いた。
「誰が遊んで待つように指示したの?」
タイトスカートから剥き出る生足が部員達の隙間を縫って歩いていく。魔王の隣りで直立不動の姿勢をとる早坂の前で止まった。
「ひいいいっ」
情けない声をあげた早坂が縮こまる。
早坂以外の者は、自分が標的ではないことを悟り安心したようだ。早坂は依然としてぷるぷる震えている。
「誰が個室ビデオに行くんだって?」
はうっ。鋭い呼気が早坂の喉から漏れる。
魔王は顔を伏せながら片眉を上げる。
驚いた。個室ビデオうんぬんの話題が出た際、美神はその場にいなかった。
ヒューマンの能力値を越える聴覚を持つこのメス……やはり侮れぬ。
美神が部員達に宣告した。
「もし今日負けたら、××××禁止を延長するから」
部員達の顔から表情が抜け落ちた。
美神は容赦なく通告する。
「無事に今夜、ナニをティッシュ上で死滅させたいのならば、勝ちなさい。以上」
(これはもうダメだな)
魔王は憐れみの視線を彼らに向ける――
(なっ!)
部員達の顔つきがみるみると変貌していく。
猥談話に花を咲かせる腑抜け顔はそこにはない。どの部員もすべからく、戦士の顔をしていた。燃え滾る想い『絶対に、今日、ティッシュに出す』を、今、彼らは最大級のパワーへと昇華させていた。
ふと、魔王は思い返した。
あれは千年ほど前の第三次魔界大戦。
代替わりで魔王が王座に就いた直後、勇者を称する者に導かれた者が魔王城を急襲した。古より伝わる予言では、勇者の降臨はまだななため、完全に不意を突かれた。
魔王軍の士気を把握し切れていない状況下、魔王は苦戦した。
魔王城の大事な部屋が燃やされ、侵略者の手が伸びてくる。
力不足を感じ、これまでか……その折だった。
後に魔王三傑となる、若かりしケロべロスが吠えた。
『魔王様を守り抜く! 負けられない戦いなのだ。魔王様の繁栄は永遠なり!』
勇ましき声は魔王城内に響き渡り、矢折れ刀尽きし魔物達に勇気を与え、士気を鼓舞した。要は、想いが刺さったのだ。
やってやろうじゃないか! 負けるか!
闘志を漲らせる魔物達。一度倒されても、二度、三度と起き上がる。
戦の風向きが変わった。劣勢を強いられていた魔王軍が盛り返したのだ。
そうして迎えたファイナルバトル――勇者を称する者は魔王によって討ち取られた。
魔王城に朗々と木霊する勝利の歌声。
それからの千年、魔王に統率された魔界は大繁栄の時期を過ごす。
魔王は直感を抱いた。きっと部員達は限界を越えるプレーをする。下馬評で上回るヤマコーを凌駕するサッカーをするだろう。
その場から去っていく美神の背を、魔王は改めて見つめた。
暑いためか、上着を羽織っていない彼女の上半身は、細くしなやかなにくびれている。いつにもましてぴっちりしたタイトスカートから伸びる足が、王者の花道を歩いているようだった。
(やるな)
心の中で魔王は美神に賛辞を送った。部員の士気を高める手腕に、感服したのだ。
さ、と美神が右腕を挙げる。まるで魔王の激励に応えるように。
「!」
まさか……、聞こえたのか吾輩の心の声が。そんな……。
底知れぬ恐怖が臓腑に染みた。
「碧人ぉー、ベンチ行くぞ」
早坂に誘われてその場で身を翻した魔王は、決戦のピッチ(のベンチ)へと集中力を高めながら歩いて行く。
手を挙げた美神の前でタクシーが停まったことを知らずに。
◇ 幕間 美神 ◇
「ちょっといいかしら」
タクシーの後部座席・窓枠から空を見あげていた美神が、車を止めさせた。
告げられていた目的地までは、まだ距離があるため、シルバーフレームのメガネをかけた運転手はビクりと肩を震わせた。
いや、正直に言おう。タクシーの運ちゃんは、タイトスカートから伸びる美神の美脚をバックミラー越しにチラチラと見ていた。それを見咎められるのを心配して、肩をビクりとさせたのだ。
運ちゃんは先日、タクシー会社に再就職したばかりであった。昨今ニュース沙汰となっているハラスメント絡みで勤めていた会社を追われた運ちゃんが、ようやく就けた再就職である。顧客からセクハラで訴えられるのを怖れたのだ。
「ちょっとここで待ってて。そんなに時間はとらせないから」
運ちゃんはホッとした。どうやら、セクハラによる乗車拒否には発展しなさそうだ。
美神はタクシーを待たせたまま、車道脇の茂みの中へと入った。
(しょんべんかな?)
性懲りもない運ちゃんは、美神が茂みの中で腰をおろすシーンを空想し、悶々ともだえだす。
一方で美神は、茂みの中で一度腰を屈めてから周囲を窺がった。
人気はない。視界で認識できる者は明らかにいなかった。
見間違いならばよいのだが……実は極度の緊張に陥っていた美神はホッと息を吐く。強ばった身体が緩むや尿意を覚えた。再びキョロキョロと見まわすも、付近にトイレはなさそうだ。
ここでしちゃう?
悪魔の誘いのような閃きが走るも、さすがに乙女の恥じらいがあった。
今はヒューマン・美神であるが、かつては処女魔王ザキラスティアであった身である。そんなことができようはずがない。だが……堪えれば堪えるほどに尿意が嵩上がる。
背に腹は代えられぬ……スカートを緩め……チカッと何かが光った気がした。同時に、強烈な強い魔力属性を帯びたモノの気配を感じとり、背後をふり返る、その矢先、光源の場所のもう少し遠くの方から攻撃魔法が放たれた。
黒光りする波動が周囲の茂みを焼き尽くしながら美神を襲う。屈んだ美神は、受け身を取りづらい姿勢だ。ヒューマンの平和な世界に毒されていた己に失望しながらも、美神は咄嗟に防御シールド魔法を唱える。かつてのザキラスティアとしての魔力には及ばないが、それでもある程度のディフェンス能力を発揮してくれるだろう。案の定、波動は防御シールドにひっかかり美神に届く前で消滅した。
すぐに反転攻勢に出ようとスカートをたくし上げた。
しかし、無駄であった。
波動を放ったと思われるモノの気配が消えていた。つ、と美神のこめかみに汗がつたう。
背後をとられたのは、それこそ勇者アオに敗れた時しかなかった。つまりは、生を受けて、今回が二度目である。
二度目……まさかアオ、もしくはアオに匹敵するモノがこのヒューマンの世界に潜んでいるというのか。
ぷん、と茂みの葉っぱが焼かれた匂いが美神の鼻先を掠める。
気のせいか肉が焼かれた時特有の匂いが混じっていた。
波動が茂みに潜む動物を巻きこんだのかもしれない。自分がここに来なければ死なずに済んだ命を思い、美神は黙礼をした。
待たせていたタクシーに戻る。
はて、運転手はどこへ行ったのだ? そんなに時間をとらせないと言いながら、ちょっとだけ時間がかかったため、待ちきれずにどこかへ行ってしまったのだろうか。それにしてもタクシーを置いていくとは。
タクシーの後部座席で暫く待機した美神であったが、仕方なく、タクシーの運転席へと移動した。時計を確認する。ヘアサロンの予約時間が迫っていた。美神はアクセルペダルを踏みこむ。愛車のフェアレディよりも優しいエンジン音で、タクシーが走り出した。
波動に巻きこまれたのが、運ちゃんだったことも知らずに。
悶々とした運ちゃんは、覗きへの好奇心を抑えきれずに茂みの中へ身を投じた際、波動に巻きこまれその生涯を閉じたのだった。
きらりと光ったシルバーフレームのメガネは、運ちゃんの生命の最後の煌めきであったことを、美神はこの先も一生知ることはないだろう。