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同時刻 下界 平頂山
悟空達が修羅道から脱出した時、羅刹天の目の前で法名和光が無惨な死を遂げていた。
切断された傷口から溢れ出る赤黒い血液が、石の床を赤く染めて行く。
羅刹天は暫く、法名和光の首だけの死体を眺めた。
「あははっはは!!!何?どうしたの?コイツが殺されて悲しい訳?妖怪のくせに、悲しいなんておかしいー」
牛頭馬頭は馬鹿にするような笑い方をしながら、羅刹天の顔を覗き込む。
ブンッ!!!
羅刹天が手のひらから太刀を取り出し、牛頭馬頭に向かって太刀を振り下ろす。
キイィィンッ!!!
素早く羅刹天の動きに反応し、牛頭馬頭は持っていた斧で攻撃を防ぎ、羅刹天の腹に蹴りを入れる。
ドカッ!!!
ドゴォォーンッ!!!
「ゔっ!?」
吹き飛ばされた羅刹天は思いきっり壁に激突し、蹴られた部分を押さえながら立ち上がった。
「なんか弱くない?美猿王の側に居る強い鬼達と全然違くない?」
「このガキ…、こちとら疲弊しきってんだよ。調子に乗んなよ、クソガキ」
「あっはは!!!僕がクソガキなら、アンタはクソババア?うん、クソババアだね!!!」
ブンッ!!!
牛頭馬頭は笑いながら羅刹天に向かって、持っていた斧を振り下ろす。
キイィィンッ!!!
振り下ろされた斧を太刀で受け止めるが、疲弊しきった体では攻撃を受け止める事で精一杯だった。
十四歳の少年の体からは想像出来ないくらいの馬鹿力を、羅刹天は自身の体で感じ取っていた。
よろけそおうな体を押さえながら、反撃の機会を伺う。
「アンタの首も持って帰ったら、喜んでくれるかなぁ???ねぇ、どう思う?」
「美猿王が、本当にお前の事を気にいるとでも思ってんのか?あ?」
羅刹天の言葉を聞いた牛頭馬頭の動きが止まる。
一瞬の隙を羅刹天は見逃す事はなく、床に広っがっている大きな血溜まりを蹴り上げる。
バシャアアッ!!!
「っ!?」
フラッ…。
思いっきり血を被った牛頭馬頭の目に血が入り、後ろに蹌踉めく。
羅刹天はすぐに太刀を構え直し、牛頭馬頭の懐に入り刃を突き当てた。
キイィンッ!!!
突き立てた太刀から、硬い何かに当たった感触が刃越し伝わって来るのを羅刹天は感じた。
視線を向けると、牛頭馬頭が顔に付着した血を拭いながら、片手で斧を持ち攻撃を防いでいたのだ。
流石の羅刹天も思わず目が点になってしまう。
「不意打ちを狙うなんて酷いなぁ。でもさ、アンタの動きは読めてんだよねぇ…。それに、本当の不意打ち
ってさー、こんな感じじゃない?」
ブジャァァァァ!!!
牛頭馬頭が言葉を吐いた瞬間、羅刹天の右肩から大量の血が勢いよく噴き出す。
「は…、は?俺の腕が…、ない?」
羅刹天は恐る恐る感覚がしない右腕を見つめると、本来ある筈の右腕が切断されていた事に気が付く。
トントンッと、何かを投げてキャッチしているような奇妙な音が聞こえた。
音のする方に視線を向けると、牛頭馬頭が切断した羅刹天の腕でキャッチ遊びをしていた。
「こう言う事でしょ?不意打ちを突く?だっけ」
「はぁ、はぁ…っ。いつの間に、俺様の腕を落としやがった」
「クソババアが僕の間合いに入って来た時かなぁ。最近さ、闘いに慣れて来れたんだよねぇ。はははっ、命の奪い合いって楽しいなぁ」
「はっ、腕の一本落としただけで偉そうだなぁ…。テ
メェは斬られた事にすら気がついてねぇ…」
牛頭馬頭と会話をしていた羅刹天だが、切断された傷口から血が溢れ落ち続ける。
ビチャビチャッ!!!
ブジャァァァァ!!!
時間差で牛頭馬頭の右側の脇腹から血が噴き出す。
「俺がただでやられる訳がねーだろうが」
羅刹天の言葉を聞きながら傷口を押さえていたが、牛鬼馬頭の傷口はすぐに閉じて行く。
「あー、相打ちってやつか。でもさ、傷口はすぐに再生するんだよ。クソババアは傷治ってよね」
「右腕が無くたって、お前如き殺せるわ」
ビリッ!!!
牛頭馬頭に反論しながら服の袖を破り、傷口に巻き付け止血する。
血を流し過ぎた羅刹天の体は限界に近付いていた。
治癒能力が高い妖とは言えど、傷を治すには体力が必要となって来る。
体力が大幅に削られている今の羅刹天に、傷を治せる力が残っていない。
「あははは!!!殺すなら、今しかないよねぇ!?」
ブンッ!!!
その事を感じ取った牛頭馬頭は、羅刹天に次々と攻撃を仕掛けて行く。
「チッ!!!」
ガクッ!!!
牛頭馬頭の攻撃を防ごうと太刀を構え直そうとした時、膝に力は入らなくなり体勢を崩してしまう。
「っ!?くクソッ、こんな時に!!!」
「あははは!!!へたばるの早くない!?まぁ、良いや!!!首を貰うだけだからね!!!」
ブンッ!!!
シュルルルルルッ!!!
笑いながら斧を振り翳した時、牛頭馬頭の体に細い糸が巻き付いた。
「は、はぁ?何これ、糸??クッソ!!!」
一瞬で牛頭馬頭の動きを止めた糸は、牛頭馬頭が動く
度に体に食い込み、血が糸を通って滴り落ちる。
「それ以上、暴れない方が君の為だよ」
「っ!?お前、花の都で僕とやり合った男だな」
男の言葉を聞いた牛頭馬頭は、視線だけを背後に向けながら呟く。
「相変わらず威勢の良い子供だね。悪いけど、この鬼を殺されるのは困るんだよね」
カツカツカツ。
数本の糸を指に絡まらせた邪が、ゆっくりと階段を降りて来た。
「にゃははは、兄者。この鬼、死にそうだよ?助ける意味あるの?」
「なっ!?お前、いつに間に俺様の前に現れた」
突然現れた天の姿を見た羅刹天の目が点になる。
「必要があるよ、天。あの人の助けになるんだからね。君、王に気に入られたいなら、殺した人間の首を
広間に持っていきな」
「は、は?!いきなり現れて何言ってんだ!!!」
「君の鎖骨の下に埋まっている妖石を破壊されたくなかったら、黙って言う事聞いてろ」
「っ!!?」
邪の低くなった声を聞いた牛頭馬頭は、唇を強く噛む事しか出来なかった。
今の牛頭馬頭が生きていられるのは、埋め込まれた妖石のおかげなのだ。
自分の命の源である妖石を破壊されれば、牛頭馬頭は死んでしまう。
その事を分かっていた身動きの取れない牛頭馬頭は、邪も要件を飲むしかなかった。
「そうそう、子供は素直に言う事を聞いてれば良いんだから。天、その人を抱えて」
「はーい、兄者」
邪の言う事を聞いた天は羅刹天を軽々と抱き上げ、素早く階段を駆け上がって行く。
タタタタタタタタッ!!!
「おい、アンタ等から美猿王の妖気を感じる。アイツの仲間じゃないのか」
駆け上がる天に羅刹天は、疑問を投げ付ける。
「仲間って言うか、下僕ね」
「どっちでも良いが、俺を助ける事は美猿王を裏切る行為じゃないのか」
「天達は二人で天邪鬼なの。名前の通り、天邪鬼な行動をするの。お前を助けたら、あの人のお父さんを助けてくれるでしょ?」
天の答えを聞いた羅刹天は、すぐにハッとした表情を浮かべた。
「お前等…、ど…」
「どちら側でもないかって?」
「っ!!?」
突然、羅刹天の背後に現れた邪の気配に驚き顔を向ける。
「いつから後ろにいた」
「足音を立ててないだけで、ずっと居たよ。その問いの答えは、僕達は中立な立場に居るだけさ。君の事を信用している訳じゃないからね」
「…、だろうな。俺様を利用しようって事だろ」
羅刹天は邪の言葉に本心が籠ってない事に、すぐに気付く。
だが邪が次に発した言葉を聞いて、羅刹天は少し驚き一つだけ邪の本心を見る事になる。
「僕達が君を運ぶのは、王が居る部屋の前まで。もうすぐ子供が、殺した人間の頭を持って来る。あの人、悟空様と共に居る人間の子供の心が壊れる前に逃がせ」
「アンタ等、悟空を助けたくて来たのか…、むぐ!?」
羅刹天が言葉を言い終わる前に、邪が紅色の飴玉を羅刹天の口の中に放り込む。
「んだよ、これ!!!鉄の味しかしねーじゃねーかよ」
「それはそうでしょ、君の血で作った飴玉なんだから」
「はぁ!?俺の血だと!?どうやって、血を集めて固めたんだよ」
「ほら、着いたよ」
羅刹天と邪の会話に天が割って入る。
「ぐへ!?」
美猿王達が居る広間付近で、天が乱暴に羅刹天を床に投げ捨てた。
羅刹天が天に文句を言おうとした時、天邪鬼の二人の姿は既に無く、颯爽と牛頭馬頭が法名和光の首を持って横を通り過ぎる。
「あのガキ、待ちやがれ!!!」
邪に飲まされた自信の血の飴玉の影で、斬られた腕は再生を始め、体力が戻って来ている事に気が付く。
「食えない野郎だぜ、天邪鬼」
フッと唇を弱めた羅刹天は、急いで牛頭馬頭の後を追いかける。
***
「ガハッ!!!」
ビチャビチャ!!!
羅刹天の前から姿を消した天と邪だが、邪が咳き込みながら血の塊を吐いた。
「兄者!?大丈夫!!!?あんな奴の為に、血統術を使うなんて…」
「王の技を見よう見真似してみたけど、流石に体に影響が出たな」
天の髪を優しく撫でながら、荒くなった息を整える。
邪には武術における戦闘能力が高く、センスも良かった。
名前の知らない武術も見様見真似で会得し、奪った武器も器用に扱える。
牛頭馬頭の体を拘束した糸も、元々は緑来の武器であった。
鬼達の目を盗み、いつか使う為に懐に忍ばせておいたのだ。
「丁達と別れてから、何も食べずに血統術を得る為に修行して…。今の兄者は、かなり疲弊しきってるよ」
「それは天もだろ?星熊童子に虐められていたじゃないか」
丁達と別れた天と邪は、美猿王と鬼達の様子を伺っていたのは悟空の為だった。
天邪鬼はこれまで中立な立場を保ちつつ、自由な立場を維持していた。
だが、悟空の妖らしくない不器用な優しさに触れ、二人は悟空に対しての考え方が変わって来ていた。
悟空の言葉、存在に惹かれ付き従う妖達を天邪鬼の二人は見て驚いた。
悟空自身が利用しよう言う王の考えを持っていなかったから。
ただ過ちを許し、相手の気持ちを動かし生まれ変わらせる言葉を吐く。
厳しくも仲間思いだった美猿王は、もはや鬼達との世界の事しか考えていない。
鬼達と出会う前、美猿王は常に天邪鬼の二人を側に置いていた。
天邪鬼の二人は美猿王と鬼達の輪に入れず、蚊帳の外状態にされていたのだ。
星熊童子達とは強い魂の結び付きで繋がっているが、
天邪鬼の二人は美猿王の気紛れで生かされた存在。
利用価値が無くなれば、いつでも殺される。
弱者は強者に食われ、力無き者は力ある者に従うまで。
妖の世界に友達と言う甘い関係を持つ者は居らず、いつでも自分の身の事を考えている。
「天、左腕の具合はどうだ」
「兄者が布でキツく結んでくれてたから大丈夫。縛られた所で、止まってる」
邪の問いに答えながら、天は服の袖を捲った。
左腕の二の腕まで全体に紫色に鬱血しており、腕の血管が小さな音を立てて破れて行く。
それは邪魔の左腕も同じで、美猿王と合流した際に天邪鬼の二人に枷を付けたのだ。
「お前等が妙な真似をし出したら、俺の血液がお前等の体の至る所にある血管を破る。この意味が分かるよな」
そう言って、美猿王は天邪鬼の二人に冷たく言葉を吐き捨てた。
「休んでいる暇はないよ、天。天界に戻るよ」
「え?鳴神達に加勢しに行くの?でも、天界には鬼達がいるよ?バレちゃっても良いの??」
「どの道、僕達二人は死ぬだろ?」
「兄者…」
邪は優しく天の手を握り、「ごめんね、天」と切そうに呟いた。
***
同時刻 下界 海中
キイィィンッ!!!
猪八戒と沙悟浄を筆頭に、次々と天界軍を倒して行く中。
別室に居る天帝と如来の話し合いは、穏やかではなくなって来ていた。
「如来、君は私なんかを守りたい訳じゃない。いや寧ろ、観音菩薩を天帝に担ぎ上げたいのではないか?私が目を覚ましてから、姫君は怪訝な眼差しを向けているだろう?」
「この際だから言わせてもらうよ、天帝。これまでの天帝達は、天帝に即位した頃は真面目に仕事を自らしていた。天界と下界の秩序と平穏を良くしようと動いていた…。だが何故だ?何故、皆…、欲に溺れて行ってしまうんだ」
如来は天帝が口を開く前に、言葉を荒げながら続ける。
「俺達神は、産まれた瞬間から人間には無い力を使え、人間には特別な力はない。だからこそ、俺達のような存在は欲に溺れたら駄目なんだよ。集落の寺に集まった坊さん達の事もそうだ、アンタの力があれば救えた筈だ」
「如来よ、観音菩薩の側に居た所為で平和ボケしているようだな」
「何だと?」
「この世には、最後に欲と言う文字がつく言葉が三つある。一つは性欲、二つ目は食欲、最後は睡眠欲。性欲は神達が花妖怪の女達を貪っている姿を見ていたら分かるだろ?人は欲望を満たす為なら、何でもするよ。相手が嫌がる事でもね。君は観音菩薩の為に、自分の手を汚して来ただろう?」
天帝はそう言って、人差し指で如来の胸を軽く突く。
如来(弥勒如来)
目の前にいる天帝に違和感を持ち出したのは、天帝が目覚めた時からだ。
観音菩薩の言葉を鼻で笑い、観音菩薩の意見を取り下げるような言動が増えたから。
その事は観音菩薩自身も気付いていたから、俺と天帝をわざと下界に送った。
天界には、俺と同じ名前を持つ少女が眠っているからだ。
あの少女が起きてしまったら、ましてや俺達の敵側に回ったりしたら終わりだ。
天帝が寺の集落に集めた坊さん達を、誰が見ても分かるような態度を取り、助けようとしなかった。
それは何故だ?
「アンタ、わざと見捨てたんだろ。分かってんだよ」
「君は賢いだろう?私が下した選択は間違っていない。あの時、命を落とした坊さん達の殆どは、我々に対して怪訝な視線と疑いの気持ちを抱いていたじゃないか。我々の事を信仰している者達に、神力を少し注いであげていたんだ。信じれなくなった者に、神力を注ぐ必要も助ける必要もないだろう。神力だって、無限にある訳じゃないんだからな」
「そんな理由で、何十人の命を見捨てたのか!!!あの中には、観音菩薩が可愛がっていた法名和光が居た
んだぞ!!!」
天帝の言葉を聞いて声を荒げるが、天帝は真顔のまま見つめていた。
仏界の中で如来は最高ランクに属し、既に悟りを開いた状態に達した者が如来の名前を貰える。
如来→観音菩薩→明王→天部と言ったように、観音菩薩は如来よりも位が一つ低い。
また如来の中でも位があり俺は、弥勒如来《みろくにょらい》と言う名前の如来である。
*弥勒如来とは、釈迦入滅後、未来に現れて仏陀になる事が約束されている救世主である。古代インドのマイレイヤーが語源で、慈悲を意味する。現在は兜率天と言う世界で、釈迦の教えで救われなかった
人々を救うとされている*
天帝は俺の事を見つめながら、言葉を続けた。
「前々から思っていたのだけど、君は観音菩薩より位の高い神だろう?それなのに、観音菩薩に傅く理由が分からないな」
「理由がなければ、傅けちゃいけないのか。位が何だ、そんなの何の意味も無い。俺が見て来た中で…、一番心が綺麗な人だ。確かに俺は綺麗な人間じゃないし、悪神となった神達を葬ってきた。この手で、多くの神を殺してきた。慈悲の意味合いでつけられた名前
だが、アンタ等が俺に命じて来たのは殺しだった」
ガシッ!!!
俺はそう言って、天帝の胸ぐらを乱暴に掴む。
弥勒如来が与えられてきた仕事は、天帝の意義に背いた者や悪神となった者達の慈悲なる制裁、つまりは殺しの仕事であった。
俺は天帝の言葉を信じて、心を殺して殺めてきた。
天帝がこの世界を変えてくれると信じていたからだ。
それなのに、事態は終息するどころか悪化して来ている。
「アンタ等、歴代の天帝は道を誤った者に罪を償わせるのではなく、死を持って我々に背いた事を後悔せよ、天帝の意義こそが天界の秩序なのだと…。馬鹿の一つ覚えのように言っていたな。俺達如来は、そんな事をする為に…、産まれていた訳じゃないんだよ!!!!」
言葉を吐き終わった後、観音菩薩の顔が頭に浮かんだ。
***
まだ小さかった観音菩薩が、血で濡れた俺の手を掴んでくれた時の事を思い出した。
どれだけ殺しても、この世界は何も変わらない。
何故だ、何の為に、俺は神達や天界人を殺し続けないといけないのか?
悲痛で歪む表情を、悲願の叫び声も、俺はどれだけ聞き続けなちゃいけないのか。
処刑場と用意された地下牢の壁や床には、拭けれない大量の血が染み込んでいる。
俺はこの部屋から出る事は許されていない、処刑人として処刑場にいなければならないからだ。
来るのは処刑される者と、俺に会いに来る小さな男の子だけ。
女のような顔立ちの男の子の名は、観音菩薩。
純粋な子供の目には、俺はどう映っているのだろうか。
「如来様!!!今日も遊びに来ました」
「ここは遊び場じゃないと言っているだろう、観音菩
薩。また、修行を抜け出して来たのか」
「へへへ、如来様に会いたかったんだもん。許して下さい」
「お前は俺が恐ろしくはないのか、血だらけの俺の事を見て」
俺の言葉を聞いた観音菩薩は、不思議そうな顔して答える。
「如来様の事、一度も怖いなんて思った事はありませんよ。いつもありがとう、如来様。悪い人達から、僕達を守ってくれてありがとう」
誰にも言われた事がなかった言葉を、観音菩薩は俺に言ってくれた。
俺は握られたこの小さな手を、守らなければと強く思ったんだ。
***
「アハハハハハ!!!観音菩薩に毒されたなぁ、本当にさ。感情を剥き出しにして、声を荒げて…。みっともないよ、本当に」
「何だと?」
グサッ!!!
天帝の言葉に反論しようとした時、俺の腹に何かが突き刺さった。
ポタッ、ポタッ、ポタッ…。
自身の腹に視線を向けると、銀色に光る刃に赤黒い血が滴っているのが見えた。
目の前に現れたのは、修羅道にいた阿修羅の容姿と瓜二つの黒髪の幼い少女で、俺は少女に見覚えがあったのだ。
その少女を見た瞬間、俺は恐れていた事態に事が動いている事を察した。
「ガハッ!!?お前、何で…、ここに」
「釈迦如来《シャカニョライ》に謝って、弥勒如来」
「釈迦如来って…、まさか、嘘だろ?」
少女の言葉を聞いた俺は、恐る恐る天帝に視線を向ける。
天帝の額から大きな赤い色の瞳が現れ、髪の毛の隙間からも額と同じ瞳が現れる。
*釈迦如来とは、仏教の開祖である釈迦の如来としての名。人々をあらゆる苦悩から救って、人生の安らぎ道に導いてくれる。最も有名な如来*
*阿弥陀如来とは、西方にある極楽浄土の仏様で、無限の光と命で衆生を救い、念仏を唱える者を極楽に導くとされています。別名、無量寿如来・無量光如来とも呼ばれている*
阿弥陀如来は伝承に書かれているような、優しい如来じゃない。
子供の見た目ながら、凶悪な思考と劣悪な力を持っているが故に、無差別に殺しをしてきた。
何千年も前の話だが、彼女の力に魅入られた信者達が天界人達を殺戮すると言う事件起きた。
その事態を修復させる為に何十人と言う神達の命の犠牲の元、阿弥陀如来を封じる事に成功出来たのだ。
「阿弥陀如来《アミダニョライ》が、ここにいるって事は…。アンタは天帝なんかじゃなく、釈迦如来だった。そして、阿弥陀如来の封印も既に解いていたって事か」
「ようやく気が付いたか、弥勒如来よ。そもそもな話、天界に天帝は歴代の釈迦如来がして来たのだよ。我々よりも位の低い神や天界人に任せておけないだろう?」
「っ!!?騙してきていたのか、神も天界人も!!!何故、何故そんな事をしたんだ!!!」
「騙される方が悪いだろう。この世界は私のもだ、経文を手に入れるのも私だ。弥勒如来、貴様も私の下につくのだ。如来の名を貰った者の定めだ」
釈迦如来は、俺の顔を覗き込みながら呟いた。