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「それからずっと、恋愛感情なんてばかばかしいと思って、自分には要らないものだと思って過ごしてきた。自分の作りだす作品〈フィクション〉で十分だったんだ。それでもたくさんの人がそれを認めて、求めてくれたし、僕の孤独はそれである程度満たすこともできた」
でも、俺は気づいてしまった。涼ちゃんを好きだという自分に。
あさましくもまた誰かに希望を見出したことに。
「今の人を好きになってから、僕の描く作品は自分の描きたいストーリーというよりも、周囲に求められる偶像という性格が強くなってしまった。それは僕が恋をしたから。作り出されるものに今までのように無関心ではいられなくなってしまったから。……真っ白な紙に何かを描くことは容易いでしょう?でもそこにすでに何か描かれていたら、まずはそれを消すなり、塗りつぶすなりしなければならない。それって結構エネルギーのいる作業なんだ。僕にとって愛を描くことは、そういうものになってしまったんだ。だからといって最初から描かれている愛ばかり形容して吐き出し続けたって飽きられてしまう。作品が他者によって偶像となる経験をしたがゆえに、求められなくなってしまうことがいちばん恐ろしかった。だから僕は疲れて……ここに来た。そして、セキ、君に出会った」
こちらを黙って見つめていた彼のブルーグレーの瞳が小さく揺れた。
「セキ、君という存在をなんて形容するべきなんだろう。ネット上の友人?良き相談役?唯一無二の理解者?一種の運命共同体ともいえるかもしれない。君がかつて言ってくれたように、僕らの境遇はとても『似ている』から。少なくとも僕は、君の存在に救われた。現実世界では話せないことを話せるという解放感だけじゃなくて、ともすれば僕を不自由にしてしまいかねなかった僕の恋を前に進ませる勇気もくれた」
僕にとって彼も「希望」のひとつの形に違いなかった。リアルでの人間関係に疲弊し、ここでの相互作用のあり方に傷つけられていた俺を救ったのは間違いなくセキだった。そして僕らのこうした関係構築の仕方はある意味「VWI」のような特殊環境だからこそ成し得たものでもあっただろう。
「ここでの関係性の脆弱さは君の言うとおりだとも思う。でもねセキ、僕は、ここで君に出会えて本当に良かったと思っているんだ」
だからどうか孤独にばかり目を向けないで。そこまでは口に出さなかったけれど、セキは真正面に視線を移して、それから小さく微笑んだ。
「うん、確かにね……それはそうかもしれない。僕は、きっと自分がゲイだってこと、ううんそれ以外にも、今のラビだから話せたこともたくさんある。僕も、ここで君に出会えてよかったってちゃんと思ってるし……今の話を聞いてよりそう思えるようになった」
ありがと、とセキは声に出してから俺の方に向き直る。
「あのね……僕の好きな人は、僕の親友なんだ。職場が同じみたいなものだからほとんど毎日顔を合わせてるかな。その点はラビと一緒だね。彼もなかなかな仕事人間なんだけど、でもこれまで浮いた話が全くなかったわけじゃなくて、何人か女性と付き合ったことがあるのも知ってる。だから『僕を絶対好きにならない』んだ」
セキは俺の話は聞きたがる一方で、自分の話というのはあまりしたがらなかった。最初のうちは質問もしてみたこともあったけれど、何かとはぐらかされるのであまり深入りされたくないのだろうとそのうち聞くのをやめてしまった。その分、セキは俺の「相談」に対しては積極的で、些細な話題でも喜んでくれるし真剣に考えてくれるのもあって、そういう話ばかりしてきた。
でもね、とセキはそこで自分を落ち着かせるためなのか息を大きく吸ってゆっくりと吐いた。
「ラビの話は本当に僕を勇気づけてくれたんだ。別に僕は、告白しようと思ったこともないし、これからもこの恋の成就を願うつもりはない。……でも時々、ものすごくさみしい。それでこれを始めたんだ。多分僕は、縋りついてもいい誰かが欲しかったんだ、それで認めてほしかった。大丈夫だよひとりじゃないよ、あの人のことを好きでいてもいいんだよ……って。ラビの、好きな人のために努力する姿とそれに勝手ながら協力する僕という関係図は、僕のそういう承認欲求っていうのかな、それを満たしてくれたし、そもそも同じような立場にある君の存在そのものが僕の勇気たりえた」
彼は、何だかいっぱいしゃべっちゃった、と気恥ずかしそうに笑った。
「でも、ラビに出会えたことは本当に幸運だったな。こんな風に理解し合えることなんてなかなかないし、しかもお互いそれなりに忙しいのに、なんだかんだスケジュールも合わせられるから定期的に会えるし」
今回のは特殊だったけど、と笑う彼の横顔を見つめながら俺はふとあることに気づく。そうだ、俺たちは確かに「なんだかんだスケジュールも合わせられる」のだ。社会人であれば週末のログインがメインになるだろうが、俺の場合はそうもいかない。かなり不規則で、平日の夜が多い。そしてそれはセキもそうだった。最初は俺に合わせてくれているのだろうと思っていたが「週末は忙しい」「平日も木曜はだめ」と聞いたとき、俺は「ちょうどよかった」と思ったのだ。週末には仕事のスケジュールが入りやすく、木曜は定期ミーティングを設けているので、夜遅くまでかかることが多いのだ。そして、俺が忙しい時にはかなりの確率でセキも忙しい。それは「ミセス」での仕事が活発な時期とも被っている。……そんな偶然があるものだろうか?
あの日から、俺の中には一つの仮説が生まれていた。それは「セキ=涼ちゃんである」というものだ。頭の中にそれが浮かんだときは、最初はさすがに馬鹿げていると一蹴した。でもそう思ってセキや涼ちゃんの発言・行動を見れば見るほど、ふたりは同一人物なのではないかと思えてくる。むしろ、なぜ今までにその考えが浮かばなかったのかと不思議なほどだった。
そして、現実での俺と涼ちゃんの関係は、セキのアドバイスのおかげもあり、以前よりも良好なもののように思えた。それは、俺が変な葛藤を取り払って、素直に彼に接することができるようになったからかもしれなかった。
「最近の元貴は前にもまして『甘えた』だね」
涼ちゃんが照れくさいのか、鼻の頭を人差し指でこするように触る。これは彼が落ち着かないときにする癖のひとつでもあった。
「そうかな」
「うん……なんていうのかな。でも、前よりも雰囲気が柔らかくなった気がする。前まではどうしてもちょっと戦闘モードだったでしょ」
そういって彼は構えのしぐさをする。こういうジェスチャーが多いのも、涼ちゃんとセキの共通点のひとつだった。
「でも何か不安なことがあったりするわけではないんだよね?」
ちょっと言いにくそうに彼は遠慮がちに俺の顔を覗き込む。
「え?なんで?全然」
意外に思いながら慌てて首を振ると、彼は安心したように、そっか、と相好を崩す。
「それならいいんだ……良かった。最近何かと連絡が多いからさ、なんか不安なことでもあるのかな~ってちょっと心配してたの」
確かに最近はついつい涼ちゃんに構ってもらいたさに連絡頻度が増していたかもしれない。それでかえって彼に心配をかけていたなら、悪い事をしたな、なんて思う。
「ちょうど海外行ってからくらいじゃない?ソロも動き出したあたりだったから、またいろいろ考えちゃってるかもしんないなぁーなんて」
大丈夫だよ、と涼ちゃんは優しく微笑んでくれる。あの日の記憶と声が重なる。
「俺はちゃんと元貴の側にいるよ。俺も若井もいなくなったりしないから」
涼ちゃんの心配は少し見当違いではあるのだが、純粋に彼の気遣いが嬉しくて思わず口許が綻んでしまう。ありがと、と返すと
「3人でまたあのイタリアン行こうね」
と彼は笑って、撮影に呼ばれたために席を立つ。ブルーグレーの髪色は色落ちが進んでだいぶグレーに近づいた。こういう時、仮想世界では色落ちなんてなくて便利だよな、なんて彼の後ろ姿に「彼」を重ねながらぼんやりとそんなことを思った。
セキとは相変わらずお互いの時間を合わせて週に2回程度VWIで会っていた。
「来週さ、火曜から金曜はちょっとログインできないかも」
出張入っちゃったんだよね、と彼はちょっとつまらなそうに口を尖らせる。俺は来週のメンバーのスケジュールを思い浮かべる。水曜木曜に確か、涼ちゃんは地方の個人ロケが1泊2日の日程で組まれている。俺はどきりとしながら彼の顔を見返した。
「えぇ~出張かぁ珍しいね。どこ行くの?」
「ん~?九州の方だよ」
涼ちゃんのロケにも九州が一部組み込まれているはずだ。どうしよう、やっぱり「セキ」って涼ちゃんなんじゃないか?最近やたらと早く帰りたがるし。でも、だとしたら「セキ」の好きな人って……。
仕事仲間で「何人か女性と付き合ったことがある」なんて俺も若井も当てはまってしまうのだ。こんなことならカモフラージュとはいえ女の子と遊ぶなんてしなきゃ良かった。もし本当にセキが涼ちゃんなら、俺のその行動で彼に誤解を与えてしまっている可能性もあるのだ。
いやいやだから、涼ちゃんがセキって決まったわけじゃないし。つい気がとられてしまいそうになり、話題を変えようと当たり障りのないようなトピックを探す。
「ねぇセキ、そういえばセキはなんでそのハンドルネームにしたの?」
あぁ、と彼は少し恥ずかしそうに俯いた。
「全然深く考えてなくって。僕セキセイインコが好きなの、それでそこからとって『セキ』。それだけ」
コメント
8件
もっくんにとっては涼ちゃんもセキも「希望」で、それは別の形のようだったけれど、涼ちゃんとセキが重なることで同じ「希望」を見いだしていくんだね、、 わ~涼ちゃん、セキだとしたらはやく気づいて~😭 それかもう気づいてたりしないのかな、ラビの話聞いてて被るなーとかないのかな もうこっからの展開がドキドキすぎる!
わぁ だんだん近付いてきててドキドキしちゃう。 何が決定打になるの🫣
やっぱり💛ちゃん🤭 そうかな、そうかなと私もそわそわしてました♥️笑