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今週はセキの「出張」があるため平日に会うことは叶わず、その代わり日曜の夜遅くでもよければ時間が合いそうだというので、その時間に約束をした。セキは少し遅れている。仕事が長引いているのかもしれない。

まさか、現れないなんてことはないと思うけど、と無駄な不安を打ち消すように俺は強く頭を振る。

以前セキが「怖い」と評したように、所詮ここでの俺たちは互いの顔も名前も住んでいる場所がどこかも何もかも、全く知らない。仮初の姿、偽りの経歴。ここにログインすることでしか結ぶことのできない脆くて儚い繋がり。もし彼がここに来なくなったら、俺はもう「彼」に辿りつく術をまったく失ってしまうわけで。

もしそうなったら、この「仮説」も裏付けようがなくなってしまう。


──言ってしまおうか。


ふと、そんな考えが頭をよぎる。


──実はね、僕らは現実世界でもかなり親しい知り合いかもしれないと思うんだ。どう思う?


そう言ったら彼はどんな反応をするだろうか。実は自分もそう思ってたんだ、なんて同意してくれるかもしれないし、ちょっと鈍いところがあるからひどく驚くかもしれない。そんなことを考えていると、フォン、と音がして彼がログインしたことを知らせる通知が表示される。俺は慌てて「エントランス」から、いつもの「ルーム」へと移動する操作をした。


「おつかれっ」


声をかけると、彼は薄青から薄桃色のグラデーションに染めた髪をなびかせながらこちらを振り返った。


「あっ、おつかれ〜」


「髪色、変えたんだ」


うん、と彼は嬉しそうに頷く。


「新シリーズにあってさ、かわいいよねこれ。早速ガチャ回したら運良く10連1回で手に入って」


「うん、かわいい。いいね」


涼ちゃんなら現実でも似合いそうだ、なんて思うけれど口に出すのはこらえる。まだ、セキが涼ちゃんなのだと確信したわけではないのだ。俺はこの疑念を確信に変えるべく、彼に問うてみる。


「セキは、今日忙しかったの?」


涼ちゃんは今日、バラエティの収録がひとりであったのだ。だから帰宅も遅いというわけだ。おそらく約束の時間に遅れたのも、収録が長引いたのだろう。


「あぁ、うん今日はね……なんていうのかな、特別な仕事があって。しかもちょっと長引いちゃったんだ、遅れてごめんね」


おもしろいくらい予想通りだ。どくん、どくん、と心臓が大きな音を立て始める。


「そうなんだね、お疲れ様……明日も早いの?」


彼はちょっと苦笑いをしながら頭を搔く動作をして


「うん。明日は結構早起き頑張んなきゃいけない感じ。でも今週全然会えなかったし、今日はどうしてもラビに会いたくて」


明日は3人で朝から撮影があるのだ。そして涼ちゃんの入りはメイクの関係もあって特に早い。やはりこれは偶然と済ませるにはあまりにもできすぎているという気がする。


「大変だね……僕も明日は早起きしなきゃなんだ。一緒にがんばろうね」


そう言って笑いかけると、彼も嬉しそうに笑った。そんな些細な反応ですら、涼ちゃんに共通した要素のように思えてくる。あぁ、どうしよう、確かめてしまおうか。俺は唾を飲み込んでから、ゆっくりと口を開く。


「あのさ、もしかしたらなんだけど……急に変なこと言ってると思われるかもしれないんだけど、もしかしたら僕たちってリアルでも知り合いだったりしないかな」


えっ、と言って彼のアバターは目を見開いてかたまる。画面の向こうで、彼が同じ表情をしているのが目に浮かぶ。すると、驚くべき言葉がセキの口から紡がれる。


「あの、あのね……僕もそうじゃないかと思ってたんだ」


今度、息を呑むのは俺の番だった。まさか、「彼」の方もそう思っていたなんて!やはり俺の勘違いなんかじゃなかったのだ。


「そっ、そしたらさ、明日答え合わせをしようよ」


俺は思わず彼の手をとって言う。


「明日……もし間違いなければ僕らは会う予定があるよね、その時に、君に直接正体を明かすから」


こくり、とセキは頷いた。


「待ってる」


俺たちはその日、同時にログアウトするその瞬間まで手を繋いだままでいた。「VWI」はその温度や感覚まで伝える機能はないはずなのに、通信が切れたあとも不思議とその手のひらに温もりが残っているような気がして、俺はしばらくその手のひらを見つめて、握ったり開いたりなんかしてみながらやがて眠りについた。


翌朝、俺は涼ちゃんに会うのが待ちきれなくって、目を覚まして早々に支度を終えて家を出た。控え室にいちばん乗りで到着し、落ち着かなさでそわそわしながら彼の到着を待つ。やがて、涼ちゃんと若井がちょうど同じタイミングで部屋に入ってきた。


「わ、元貴めずらし〜おはよ〜」


涼ちゃんはちょっと驚いたように目をみはる。若井も「元貴が一番乗りとかめずらし」と言って笑った。パイプ椅子に腰掛けながら、涼ちゃんは大きなあくびをひとつする。


「なに?寝不足?」


もしかしたら彼も落ち着かなくて眠れなかったのかもしれない。思わず緩みそうになる口元をなんとか引き締めながら聞くと


「ん〜……ちょっとね。昨日夜ふかししちゃってさぁ」


と彼はちょっと気まずそうに笑ってみせる。なんだ、昨日は「明日のために早く寝る!」とか言ってたくせに、結局自分も寝れなかったんじゃないか。そんな涼ちゃんをかわいらしいと思いつつも、若井がいる場では言い出せず、彼が席を外すタイミングを伺う。その時ちょうど、若井がマネージャーに呼ばれて席を立った。


あぁ、どうしよう。とうとう言い出す時が来てしまったのだ。緊張と期待から、俺の心臓は異常なほどうるさくその存在を主張する。


「ねぇ、涼ちゃん」


なぁに、と彼は優しく笑いながらこちらをみる。その首の傾げ方に、「彼」の面影がみえるようだった。


「昨日……のことなんだけど」


彼はきょとんとして俺をみた。


「昨日?」


どうもピンと来ていないらしい。このタイミングで言われるなんて思ってないのかも。


「答え合わせをしようって話したと思うんだ、その……」


「答え合わせ?なんのだっけ?」


怪訝そうに眉根を寄せる涼ちゃん。背筋にすぅっと冷たいものが走る。嫌な予感が俺の頭をもたげた。いや、でもそんなはずは無い。だって「彼」だって俺の言葉に同意したのだ。


「やだな、涼ちゃんからかわないでよ」


俺の声は情けなく震えた。


「昨日、約束したよね?VWIでさ……」


「VWI……?」


涼ちゃんはいよいよ困ったようにこちらをみている。


「VWIってあれだよね、最近流行りのVRチャットの……」


何かの嘘だ、と思いたいのに、涼ちゃんは俺が最も口にしてほしくない言葉を紡ぐ。


「俺、あれやったことないけど」


うそだ、と呟いた声はほとんど音にならなかった。


「嘘だよね?だって昨日の夜、話したでしょ。ラビってさ、俺なんだよ、もう長いこと……しょっちゅう話してたじゃない」


涼ちゃんの怪訝そうな表情に別の色が加わる。それは、恐怖だ。何か恐ろしいものをみるような目で彼は俺をみる。


「何言ってるの元貴……その、VWIで話してた相手が俺だって名乗ったの?まさかそれ信じたの?」


違う、と俺は首を振った。「彼」が涼ちゃんだと名乗った訳では無い。「彼」が涼ちゃんなら、俺の「相談話」の中で重なってきたであろう偶然に何らかの反応を示したこともない。でも確かに「彼」は「涼ちゃん」だったのだ。

……そう、俺の中では。


「本当に違うの?」


嫌だ、信じたくない。そんな思いが俺の中で渦巻いて、泣きそうな声で彼を縋り付くようなまなざしで見つめてしまう。


「元貴、落ち着いて」


「だって、先週出張に出てたじゃんか、忙しい日もぴたりと合ってて。それにかわいいものが好きで、話し方とかしぐさとかも……そうだ、それにセキセイインコも好きだって。俺の相談にも乗ってくれて、あれ涼ちゃんのことだったんだよ、気づいてた?」


彼の瞳には今やはっきりと色濃く「恐怖」が満ちている。俺はそこに必死にあのブルーグレーの面影を探した。


「それが涼ちゃんなわけないよ」


いつの間にか控え室の入口に立っていた若井がちょっと不機嫌そうに声を上げた。


「若井っ」


何故か慌てたように立ち上がる涼ちゃん。でもその制止を待たずして、若井は冷たい声で告げた。


「昨日の夜、涼ちゃんは俺といたんだ。V……なんちゃらなんかしてない。俺が証人だよ」


俺は目の前が真っ白になった。





ふたりがなぜ昨日の夜一緒にいたのか?答えは単純明快で、ふたりが恋人関係にあるからだった。若井と涼ちゃんはもう付き合って半年になるという。でも若井は俺も涼ちゃんのことが好きだと気づいていたから、そのことを涼ちゃんに伝えて、しばらくは二人の仲を隠しておこうということにしていたらしかった。


「言ってくれたらよかったのに」


そう吐き捨てた俺の言葉は、なんだか不貞腐れていて、泣き出す寸前みたいに震えていて、ほしいおもちゃをねだって買ってもらえなかった時の子供みたいだった。


「若井は、元貴のことを心配してたんだよ。だから……」


俺をなだめる様に、優しい口調で涼ちゃんは若井をかばう言葉を口にする。


「でも元貴、最近様子が変だったろ。だからそろそろちゃんと話そうかって涼架……涼ちゃんとも相談はしてたんだ」


俺はうるさい、と目の前の椅子を思いっきり蹴ってやろうかと思ったが、そんなことをして何になるんだ、と直前で冷静になってやめた。


「あっ、そう。気遣ってくれてありがと。なんかごめんね?」


結局そう言って気にしていない風に笑ってみせたけれど、俺はうまく「装えた」気がしなかった。二人の気づかわしげな表情が、その答えだっただろう。


「セキ」は涼ちゃんではなかった。じゃあ「彼」は誰だったのか。そんなことはもうどうでもよくなってしまっていた。「彼」が涼ちゃんではなかったと分かったその瞬間から、「彼」は俺にとって得体の知れない恐ろしい存在となった。勝手に涼ちゃんだと思い込んで築き上げていた「親近感」が崩れ去った今、それは忌避感と恐怖へと変わったのだった。そんな自分の単純さと自分勝手な傲慢さがどれだけ愚かしいものか分かっているつもりだったけれど、人は結局、身勝手な生き物なのだ。俺はそうやって自分を諦めた。


「VWI」にもまったくログインするのやめた。

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コメント

14

ユーザー

えっえっ!!まさかの展開! だからイタリアンは「3人で」?他にも伏線あったのかな、うわーー私も読み返してこよう!

ユーザー

どひゃー!!!となりました! 私も♥️くんと同じで、💛ちゃんだと信じてて🫣💦 しかも、💙💛が付き合っていたとは! まだ頭の中が整理できないので、もっかい始めから読み返します🤔 いつもハラハラドキドキ、素敵なお話ありがとうございます✨

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