「何すんだよ!」
「それはこっちが言いたいことだから!ていうか、私の合鍵返してよ!あと、共同でお金積み立ててたやつあるでしょ?あのお金返して」
お互いの両親に挨拶に行くか行かないかくらいで、将来のためにお金を貯めようと二人で話し合った。
「どうせ結婚したあと家を買う時だって、ローンを組むのは俺なんだから、俺に渡してくれれば、一緒に積み立てるよ」
尊の言葉を信じ、月々僅かではあるが、彼に数万円渡していた。ボーナスが入った時は、多めに渡したこともある。
急に彼は無言になった。
「ないよ」
「ない……!?どこにやったの?使ったの?」
「実は……。盗まれちゃってさ」
「はぁ!?そんな嘘、信じるわけないじゃない!」
普段私はあまり怒ったことがない。
私の怒鳴り声に驚いたのか
「優亜ちゃんの家族が病気なんだ!だから、お金が必要なんだよ!」
思わぬ言葉に私は愕然とする。
優亜ちゃんって、この間浮気してた子だ。
「だから、少しでも金を用意しなきゃ。可哀想だろ。あの子、まだ若いし。俺が支えてあげないと」
これってよく聞く結婚詐欺まがいの話じゃないの?
一呼吸おき
「ねえ。じゃあ、その子の家族、どこに入院しているの?病気はなに?いつ入院したの?どんな治療が必要なの?他の家族は工面してくれないの?」
私は言葉で畳みかけた。
「そ……れは……。知らないよ。今、大変らしくて、連絡もあまり取れないんだ」
はあ、こんなバカな人だっただなんて。
「それ、嘘だよ。なんでわかんないの?バカみたい」
私の言葉に尊はいきなり逆上した。
「フラれたからって、俺を恨んでるんだろ?お前にあの子の何がわかるんだよ!!」
パシっと平手で彼に顔を殴られた。
痛いというよりは、なぜ殴られなきゃいけないのか、理由がわからず、一瞬驚いてしまったけれど。
「わかりました。あなたのお義母さんに全て話します。ご挨拶をかねて」
尊が両親には頭が上がらないことは知っている。
「私があなたに渡したお金については、相談させていただきます。あと、あなたの浮気によって別れたこと、その浮気相手が病気だと言っていることも全てお話します」
例えお金は戻って来なくても、このバカ息子のことは話しておきたい。
この人のせいで、辛い思いをする人が現れないように。
尊に改心してほしい、そう思ったのも事実だ。
「お前、今、なんて行った!?」
「出てって下さい。あなたの荷物は全て送ってあるし、プレゼントも今全て渡したので。二度とここへは来ないで下さい。ああ、早く合鍵返して?」
私の毅然とした態度が気に入らなかったのか
「お前みたいなブスが調子に乗るなよ!」
尊は私に掴みかかり、ベッドに押し倒した。
パシン!っともう一度殴られる。
ダメだ、逃げなきゃ……!
私は、馬乗りになっている尊の急所を思いっきり蹴り、なんとか逃れた。
せめて、スマホだけ持って……。
カバンを取り玄関へ逃げようとした。
「おいっ!待てよ!」
しかし、尊がうしろから追ってくる。
背中のシャツを掴まれたが、持っていたカバンで彼の顔を殴った。
カバンの中身が散乱したが、気にせず玄関へ向かって走る。
尊の声がうしろから聞こえてくる。
早く、人がいるところへ逃げなきゃ。
エレベーターを待っている余裕はなかったため、階段で一階まで降り、大きな道へ出ようとした。
慌てていたため、段差でつまずき、転倒する。
早く立たなきゃ……!
すぐに立ち上がり、住宅街の影となる部分まで逃げた。
「はぁっはぁっはぁ」
呼吸を整える。
尊の姿はない。
膝からは出血しているし、殴られた頬は痛い。
その場にうずくまる。
財布を持ってくることはできなかったが、幸い、スマホだけは持ってこれた。
どうしよう、警察を呼んだ方が……。
そう思ったが、呼んだあとのことを考えると、通報できずにいた。
お互いの両親には迷惑はかけるし、心配をさせる。会社もしばらく休むことになるかもしれない。
相談できる人……。
頭の中で考えたが、上京して五年。
本当に仲の良い友人は地元に残っているため、相談できる人が近くにいない。
華ちゃん……と思ったが、心配をかけたくない。
家に帰りたくない。
可能性は低いけれど、まだ尊がいたら。
怖い。こんなところにいたら、私自身が不審者だと思われてしまう。
誰か、助けて……。
そんな時、瑞希くんの顔が浮かんだ。
でも、瑞希くんはまだ仕事中だ。
「なにかあったら、連絡して?」そんな彼の優しい言葉が脳裏を過ぎる。
「ごめん、瑞希くん」
私はスマホをタップし、連絡先を確認した。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!