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僕は今、公園にいる。時刻は22時。いち高校生が出歩いていい時間ではない。
しかし、来るしかなかった。これは絶対に行かなければならないことだと感じた。何故そのように感じたのかは分からない。だが、僕宛に届いたあのメッセージを見て、不思議とそう思えたんだ。
「それにしても、このメッセージ、本当になんなんだよ」
僕は『奇妙なメッセージ』だと言った。でも、その内容は別にそこまでおかしなものではない。僕が奇妙だと思った原因。 それは、差出人の部分が空っぽだったことだ。
「差出人が表示されないだなんて、こんなことあり得るのか? いや、あり得ないだろ。実際、今までこんなことはなかったし、そもそもこのメッセージの機能はそんな仕様ではなかったはず」
そう、それが奇妙なのだ。通常であれば、メッセージには差出人の名前なり電話番号が必ず表示される。だけど、その部分が空っぽ。言うなれば、名無し。
メッセージの内容はこうだった。
『今日の22時に、森林公園まで来てください』
そう記されていた。だから来た、この公園に。幸い、ここは僕の家からさほど離れてはいなかったし。
もちろんメッセージを無視することもできた。あまりにも怪しげなのだから、むしろそうする方が自然であるとも言える。
だけれど、不思議と恐怖心を感じなかった。警戒心すらも。そういう意味では、奇妙なのはメッセージだけではなく、僕自身もそうだということだ。
そして、公園に設置されていた大時計。それが22時を示した直後だった。
「あー! 良かったー! ちゃんと来てくれたんだ!」
僕の背後から聞こえたその声。明らかに女の子の声だ。しかも、聞き覚えがある。だけれど、振り返って声の主を見た瞬間、全ての思考を持っていかれた。それこそ根こそぎに。
僕の背後に立つ、人物。その女の子の容姿が、あまりにも可愛すぎたのだ。可愛すぎる程に可愛すぎた。
「んー? どうしたの? すっごくビックリした顔をしちゃってるよ? あ、もしかして驚かせちゃった? ごめんねー、急に呼び出した上に驚かせちゃってー」
その女の子は前髪を眉の上で切りそろえたボブヘアー。いわゆる『前髪パッツン』な髪型だった。そして、街灯が彼女の顔をハッキリと映し出していた。
まるで、彼女のために用意されたスポットライトのように。
「ねえねえ、そんなに固まってないでさ。あっちのベンチにでも行かない?」
そう言う彼女だったけれど、そりゃ固まるって。本当に可愛すぎるんだよ、キミ――僕の中ではパッツンさんと呼ぶことにする――が。どう可愛いのか、それを上手く形容できない程に。僕の語彙力が足りないというのもある。でも、全てのパーツが美しく整っていて、魅力に満ち溢れていた。
間違いない。これは絶対に女性恐怖症が発動するな。
「はいはい、動けないなら無理やり連れてっちゃうんだからねー」
「ちょ! ちょっと待ってください!」
そんな僕の言葉を無視して、彼女は僕の手をギュッと握りしめ、そのままベンチまで引っ張っていった。街灯から外れても、パッツンさんは月の光に照らされることで、その美貌をより幻想的に映し出されていた。
これ、ヤバいな。女性恐怖症とか関係なく、手を握られてからずっと心臓がバクバクしている。
ん? 心臓がバクバク? おかしいぞ、それ。それって単に緊張しているからではないのか? つまり、女性恐怖症が発動していないということになる。
確かに少しずつではあるけど、僕の女性恐怖症は幾分か軽くなてきてはいる。でも、完全に克服したわけではないんだ。なのに、どうして。
「うん、じゃあ座ろうか、但木くん」
「え? な、なんで僕の名前を……。あ、あの、アナタの名前を教えてもらってもいいですか? ちょっと頭の中が混乱しちゃってて」
「まあいいじゃんいいじゃん、名前なんて。でも最後にはちゃんと教えてあげるからさ。とりあえず、今はパッツンさんって呼んでいいよー」
「わ、分かりました。パッツンさ――」
ちょっと待て。この人に直接『パッツンさん』なんて言ったっけ? いや、言っていない。なのにどうして、彼女がその呼び方を知っているんだ? これではまるで、僕の心を読んだみたいじゃないか。
「それにしてもさ。確か、但木くんって女性恐怖症じゃなかったっけ? 私には普通に話してるように見えるんだけど。もしかして克服したの?」
「い、いえ、まだ克服はしていない、はずなんですけど……」
そう、克服はしていない、でもどうしてだろう。僕は今、パッツンさんに対して恐怖心を抱いていない。全くと言っていい程に感じていない。むしろ、安心しているくらいだ。あまりに不可思議すぎて自分のことがどんどん分からなくなってきた。
とりあえず、僕は今の状況――心境を、パッツンさんにそのまま伝えた。
「そうなんだー。へー、驚き。そんなこともあるんだねぇー」
「そう、ですね……。ところで、あの、パッツンさん。どうして僕の連絡先を知っていたんですか? あと、差出人の名前がなかったんです。それが不思議で」
「連絡先なんてすぐに分かるよん。誰かに教えてもらえばいいだけだもん。差出人が表示されてなかったのはバグなんじゃない? 知らないけどねー、あははっ」
誰かに教えてもらえばいい? 友野か? いや、それは絶対にありえない。アイツは人の個人情報を勝手に教えたりはしない。じゃあ、一体誰が……。
でも、僕はそこで一旦、差出人やら誰が教えたのかについての思考をストップさせた。それよりも、今はまず状況の整理と把握をすることに専念しよう。
「……それで、パッツンさん。何のために僕をここに呼んだんですか? 何かしらの用事だとか理由があったからだと思うんですけど」
「うん、そうだよね。普通はそう考えるよね。でもね但木くん、特にそこまで重要な理由があったわけじゃないの。今日はご挨拶というか、ちょっとしたジャブかな」
「ちょっとした、ジャブ?」
「そうそう。きっとこれから、但木くんとは長い付き合いになりそうだからね。まずはしっかりとご挨拶をと思って。今日は来てくれてありがとうね、但木くん」
言って、パッツンさんはペコリと僕に頭を下げた。
訊きたいことがまだ山程ある。僕が今、特に一番知りたいのは、彼女が今言った『長い付き合いになりそう』という言葉の意味だ。
しかし、僕がそのことについて質問しようとした時、パッツンさんはゆっくりとベンチから腰を上げた。そして「これからよろしくお願いします」と、また一礼。僕に背を向けて帰ろうとした。
再び、街灯がパッツンさんの姿を浮き上がらせる。
「ちょ、ちょっと待ってください! あの! 僕、今の状況を全く分かってないんです! それに、最後に名前を教えてくれるって言ったじゃないですか! 約束が違いますよ!」
「あはは! いやー、すっかり忘れてたよ。ごめんね但木くん」
くるりと僕に向かって振り返る。そして、にまりと笑顔を作った。この時、僕は妙な違和感を覚えた。記憶の残滓が、僕の頭の中で何かを思い出させようとしている。
しかし、その残滓が一瞬で消えた。消し飛んでしまった。あまりにも驚き、あまりにも驚愕してしまったから。
彼女が口にした、その『名前』を聞いて。
「私の名前はね、心野。心野雫だよーん」