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佐久間side
——近い。
そう思った瞬間には、もう逃げ遅れていた。
阿部ちゃんの顔が、ゆっくり近づいてくる。
冗談でも、からかいでもない速度。
「……え?」
声にするより先に、思考が止まった。
目が合う。
いや、正確には——逸らせない。
さっきまで弟みたいに見ていたはずの顔が、 妙に大人びて、真っ直ぐで。
次の瞬間、
柔らかいものが、唇に触れた。
「……っ」
驚きで息を吸うのも忘れていた。
軽く、確かめるみたいなキス。
なのに、頭の奥がじん、と痺れる。
離れた距離は、ほんの数センチ。
阿部ちゃんは、逃げない。
その目が——ずるいくらいに、真剣で。
(……いつから、そんな顔するようになったんだよ)
俺は年上だ。
ずっと、可愛がってきたつもりだった。
真面目で控えめで、でも少し毒舌で。
守ってやる側だと思ってた。
なのに今、
俺の方が完全に動けなくなってる。
「……嫌、だった?」
あざとい。
声のトーンも、聞き方も。
まるで答えを最初から分かってるみたいに。
(なんだよ、その顔……)
一瞬だけ見えた。
余裕のない、雄の目。
欲しいものを、ちゃんと欲しいと言う男の顔。
胸の奥が、ざわつく。
驚きと、戸惑いと——否定しきれない何か。
「……びっくり、はしたけど」
絞り出した声は、思ったより低かった。
阿部ちゃんは、ほっとしたように微笑う。
その距離の近さに、また心臓が跳ねる。
(……やばい)
そう思った時にはもう遅い。
頭のどこかで、確かに意識してしまっていた。
阿部亮平を、
“弟”じゃなく、ひとりの男として。