テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
初めて薬を飲んだ朝と同じ様に、スキップでもしだしそうな調子で歩く。オーバードーズか、確かに薬を飲みすぎている自覚はあるが他に手段も見つからない。別の種類のものも変えたしこれで大丈夫だろう。
これでダメなら、どうしよう。別の種類も飲んで、それもダメで吐いて、量を減らせば眠れないし、量を増やすと吐いてしまう。薬を止める…?
ダメだ、それでは眠れない、薬無しじゃ眠れるわけがない。なら、もう一度あの苦痛を味わうのか?別のものを服用する前に1度使わずに寝てみよう。1度だけ、そう、それで眠れたら万々歳だろう。
布団の中に入り目を閉じる。いつもと決定的に違うのは何も飲まずに布団に入っているということ。少し前まではそれが普通だったというのに、今は違和感まで感じる始末だ。
しばらく動かずに何も考えないよう努めていたが、眠気が襲ってくるどころか遠のいていく様な気配すら感じていた。寝なければ、寝なければいけないのに。
焦りだけが蓄積していき、頭が重くなってくる。背筋にゾッと違和感が走った。落ち着かない、落ち着かない、布団をガシリと掴んでは離し、掴んでは離しを無駄に数十回程繰り返す。
目の焦点が合わなくなっているのが自分でも分かってしまった。飲みたい、薬を飲みたい。欲望のままに布団から抜け出し、水も含まず錠剤をそのまま口へ投げ込んだ。
前までは水が無ければダメだったのに、そんな事を考える暇もなく含んだせいで、錠剤が喉に引っかかり堪らず咳込む。
苦味が広がっていき吐き出すことも出来ず、涙が瞳から溢れ出てきた。身体的な苦痛に、涙は止まらなくなってしまうのに、精神的な幸福がそれを上回っている。
───ああ、もう俺は駄目になってしまったらしい。
悟ってしまった事実からは必死に目を瞑った。
──────────────────
「総悟お前、最近痩せたか?」
あの夜から止めることを諦め、服薬を続けた数週間後、クソ土方から声をかけられた。体重計などには頻繁にのらないタイプの人間なので事実は知らないが、何かに身体が削り取られているかの様に、自身の体のそこかしこが細くなっていた実感は確かにある。だが素直に言葉を返すのも癪なので
「そんなジロジロ見ないでくだせェ変態」
そう言い返してみた。
その日は何事にも集中できないまま夜が訪れた、このままではマズイという自覚は持っている。稽古中も頭の片隅に真っ白な錠剤が過ぎる時だって少なくない。今以上に服用の回数が増えていけば新選組に迷惑だってかけてしまうだろう。それだけは避けなければいけない、わかっているはずなのに…屯所の中、自分の部屋へと続く渡りを歩き進めながら考えていた。すると何やら自室の中から物を漁るような音が聞こえてくる。
中に誰かいる、そう確信した。物音は小さく、だが確実に沖田の耳へ入ってくる。背筋が冷えた、もしかしたら見つけられたのかもしれない、自分の今1番必要なものが。
勢い良くドアを開ける、自分の心臓の音がやけに大きく響いた。その先にいたのは、嫌な予感のその通り、錠剤の袋を持った土方であった。想定外だったのは山崎も共にいたことくらいか。
いくら沖田がタチの悪い悪戯をしても何だかんだ流していた、いつもの土方とは違う、鋭い眼光に睨まれ、蛇に睨まれた蛙の様に身体を縮こませてしまう。山崎が伏せ目がちにこちらへ目線を移し、土方の横へと歩いてきた。
「沖田隊長すみません、以前から少し探らせていただいてました。副長に言われてやっていたのですが、流石にこれは見過ごせなくて…」
山崎の言葉に舌打ちが漏れるが、山崎は怯む様子を見せずこちらを見つめ返してくる。いつもの様にはいきませんよ、言外にそう言われたような気がした。
「総悟、これは何だ」
分かっているだろうに、わざわざ言わせてくる土方に嫌気がさすがここで無視するほど沖田も子供ではない。
「見て分からないんですか?薬ですよ、睡眠薬」
「それは分かってんだよ、この量は何だって言ってんだ!一日に何錠飲んだ、危ないのはお前だってわかってんだろう、処方日とゴミ箱にある量が釣り合ってねえんだよ!お前、何でこんな…」
捲し立てる様に怒鳴る土方の腕を山崎が慌てて掴む、俺は土方のあまりの剣幕に反抗する術もなくただ立ち尽くすことしか出来なかった。
「副長!沖田さんも怖がっちゃうと言えるものも言えないですし…」
土方は山崎にそう言われると、冷静さを取り戻したのか口を閉ざす。張り詰めた、重苦しい空気が流れる中、俺は涙を堪える事に必死だった。恐怖、屈辱、焦燥、様々な感情が沸き起こり頭の中がパンクする。この場所から逃げ出したい。だが行動に移す事も出来ず、沖田は隊服の裾を掴み、視線を下に逸らす事しかできない子供になってしまっていた。
「あーその、すまねぇ…そんな思い詰めてる事があるなんて気づけなくて、すまなかった。何かあっても俺たちがお前を見捨てるなんて事はねーし、そのだな、」
土方がボソボソと居た堪れなそうな様子で言葉を吐き出す。真剣な事を言っているのだろうが、俺の脳は感情を整理するので一杯で土方の言葉の内容を正しく理解出来なかった。
「自傷行為を放置する事は出来ねェから薬は一先ず預かる、長期間の休みを設けるからお前はゆっくり休んでくれ、お願いだ」
薬は預かる、長期間の休み、?何故、自分はやはりいらない人間になってしまったのか。不眠症の自分は組織にとってはもういらない存在になったのだろうか。
「今はゆっくり休んでください、隊長はきっと無理し過ぎちゃったんですよ」
山崎が眉を下げ、そう言った。何を言っているんだと思った。俺に休んでいる暇などない。ただでさえこのままではマズイのだから俺は頑張らねばならないのだ。無理などしていない、ただ不眠症になって薬が必要になっただけだ、コイツらが何を言っているのか分からない。怖い。
気づいたら部屋から抜け出し走っていた。靴を履き忘れた事に気づいたのは随分先だった。雪の薄く積もった道路は当然冷たく、足は悴み始めていた。「逃げる」という選択肢が最近大きくなってきたように思う、弱い人間になってきたように思う。姉上が亡くなったのは丁度1か月前だろうか。思えば不眠症もそれからのものだったかもしれない。
「はあ、はあ…」
数十分程走ったところで座り込んだ。沖田とて全力疾走すれば当然疲れる。自分の体が重石を付けたように重く感じる。それに伴って瞼まで重くなってきた。久しぶりの薬なしの睡眠がコレか…やるせない表情で、俺は目を閉じた。
──────────────────
「ちょっと、おまわりさんがそんな所で何してるの」
場に合わない能天気な声につられて目が覚めた。どうやら昨日は路地裏で寝落ちてしまっていたらしい、体に泥がまとわりつきどうにも気持ちが悪い。声をかけた人物を見上げてみると、太陽を隠すように癖の着いた銀髪が風になびいていた。
「ありゃ、旦那じゃねーですかィ、旦那こそこんな所でなにを?」
「買い出しだよ、食材が無いからって家追い出されて歩いてたら、昼間まで寝ぼけてる汚ねーガキがいたもんだから銀さん驚いちゃったね」
汚ねーガキなんてワードに反論しようとするも、裸足で泥まみれになった自分の足が視界に入ってしまい、どうにも口を開けなくなった。
「旦那ァ、ちょっくら1泊させてくれやせんかね、依頼金は弾みますぜ」
「理由も聞かされず泊まらす訳にはいけないよ」
少し眉を歪ませてしまったが、背に腹はかえられない。今の状態のまま、土方に見つかることだけは避けたかった。
「了解でさァ、依頼金は後払いになりやすが」
「ガキだからって銀さん容赦しないからね、たっぷり頂くよ」
移動の間は他愛のない話を続けた。思い返せば最近は何気ない会話が無く、頭の中は白一色だったかもしれない。万事屋へ入る前、あの厄介なチャイナ娘が頭をよぎり旦那に聞いたところ、丁度今日は留守にしていたらしい。アイツに会えば根掘り葉掘り聞かれる事になっていただろう。それを聞き俺は胸を撫で下ろした。
旦那の変わらない態度に毒気を抜かれ、俺は流されるまま風呂へと入れられた。暖かいお湯で泥を洗い落とす。汚れと共に、一時的に肩の荷も落ちていったように感じた。問題は何一つ解決していないにも関わらず。
風呂から出るとドライヤーを持った旦那が待っていた。どうやら髪まで乾かしてくれるらしい。いつもと打って変わって好待遇な様子に驚いたが、断る理由もないためお言葉に甘えさせてもらった。
「で、沖田くんは何であんな所でぶっ倒れてたわけ?」
ドライヤーが終わると同時に、旦那は後ろから本題を投げかけてきた。出来るだけ表情を変えないよう意識しながら、自分は口を開いた。
「いつからか、眠れなくなりやして、俗に言う不眠症ってやつでさァ。それで睡眠薬を使いましてねィ、けどどうにも繰り返し使っていると耐性って奴がついちまうんでさァ」
思っていたよりもスルリと流れるように言葉は出てきた。旦那は口を開かず、俺の次の言葉を黙って待っていてくれた。
「吐いても吐いても、いつの間にか止めれなくなっちまいまして、気づいたらそこら中やせ細っちまって、隠し通せるなんて思ってはいやせんでしたけど、ようやく、土方にバレちまったんでさァ」
後ろにいる旦那の表情はこちらからは見えないが、きっとこの人は真剣に聞いてくれているのだろう。いつもはチャランポランだが、この人にはそんな安心感があった。
「この量はなんだ、何錠飲んだんだーって、挙句の果てには自傷行為を見過ごす訳にはいかないから薬は預かる、しばらく休めって。眠れなくて規定の量破って止めれなくなるなんて馬鹿な話ですよね」
改めて言ってみると自分の至らなさに驚かされる。新撰組の一番隊隊長が何をやっているんだ、ドSであるはずなのに、自分を罵りたくなった。
「ただ、腫れ物扱いされて、薬奪われて、お前は哀れな、未熟な人間だって言われている様な気がしやして、どうにもあの空間が嫌だったんですよ」
「それで裸足で逃げてきたわけ?」
「…へい」
旦那がここにきてようやく口を開いた。ガキだと言われるだろうか、馬鹿者だと言われるだろうか、なんと言われてもきっと自分は否定しないだろう。誰よりも自分が一番馬鹿者だと思っているから。