「小柳ロウ……?」
隣の席になった男子の名前を聞いたとき、周囲の反応が妙にざわついた。
無口で、誰ともつるまない。近寄りがたい雰囲気から「一匹狼」と言われている存在。
私はそんな彼に対して、自然と距離を取っていた。
それでも日々の授業は続き、いつしか気まずさも薄れていった。
──そんなある日。
「……あれ、教科書忘れた……」
授業開始直前、鞄を探っても目的の本が見当たらない。
周りの友達に頼もうかと迷ったその時、隣の小柳が視界に入った。
話しかけるのは怖いけれど、今はそれどころじゃない。
勇気を振り絞って、彼に声をかけた。
「あ、あの……教科書、一緒に見せてもらってもいい?」
小柳は一瞬こちらを見た後、無言で教科書を半分こちらに寄せた。
予想外にスムーズな対応に驚きつつも、私は小さく礼を言った。
「……ありがとう」
授業が進む中で、時折彼のノートに目が留まる。
細かい字でびっしりと書かれたメモは、まるで教科書の補足のようだった。
──この人、本当は真面目で優しいのかもしれない。
そう思った瞬間、心の中の恐怖は少しずつ消えていった。
それからというもの、私は小柳のことが気になり始めた。
怖いと思っていた彼が、実はどんな人なのか知りたくなった。
授業中のメモの取り方、休み時間の過ごし方、彼が読んでいる本のタイトル。
気になることはすべて調べたくなる性格の私は、自然と彼に話しかける機会を増やしていった。
「ねえ、その本、面白い?」
「うん、まあまあ」
最初は短い返事ばかりだった小柳も、次第に口数が増えていった。
彼が好きな音楽や、休日にしていること。
少しずつ、彼のことがわかるようになってきた。
「お前、意外としつこいんだな」
「だって、小柳くんのこと、もっと知りたいんだもん」
その言葉に、小柳は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに小さく笑った。
「……まあ、別にいいけどさ」
その 笑顔を見た瞬間、私の胸が少しだけ温かくなった気がした。
放課後の教室で、小柳と二人きりになることも増えた。
黙々と宿題をこなす彼の隣で、私も静かにノートを取る。
そんな時間が、今では心地よく感じられる。
「ねえ、小柳くんってさ、本当に一匹狼なの?」
「……どうだろうな。自分ではそんなつもりないけど」
彼は窓の外を見ながら、ぽつりと呟いた。
「ただ、あんまり人といるのが得意じゃないだけ」
「でも、私とはこうして一緒にいるよね?」
その言葉に、小柳は少し考えた後、静かに頷いた。
「お前は……なんか、平気なんだよ」
それは、彼が私を受け入れてくれた証のように感じた。
「じゃあ、これからも一緒にいてもいい?」
「……勝手にしろよ」
その不器用な言葉が、私には何よりも嬉しかった。
少しずつ、でも確実に。
私は小柳ロウという一匹狼の心に、足跡を刻んでいるのだと実感する。
これからも、もっと彼のことを知りたい。
そう思いながら、今日もまた、隣の席に座るのだった。
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