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第二話「2人の放課後」
放課後。
チャイムが鳴ると同時に、教室は一気にざわつき始めた。
「ねぇ佳、今日ほんとに行くんだよね?」
机に肘をついて、山本美憂が顔を覗き込んでくる。
「……ああ」
高橋佳は、少し遅れて頷いた。
(やべぇな……)
正直、体は朝よりもしんどい。
頭もぼんやりしてるし、胸の奥がずっと重い。
でも——
(やめる理由にはなんねぇ)
「どこ行く?」
「適当に歩いて決めるか」
「えー、ノープランじゃん」
「たまにはいいだろ」
「まぁ……佳とならいっか」
さらっと言われて、心臓が一瞬だけ跳ねる。
(……ほんと、ずるいよな)
こういうところ。
無意識で言ってるのが、一番きつい。
⸻
二人は並んで校門を出た。
夕方の空は、少しオレンジがかっている。
「ねぇ、あそこ寄ろうよ」
美憂が指差したのは、小さなクレープ屋。
「甘いの食いてぇのか」
「食べたい。てか佳が奢りね」
「なんでだよ」
「誘ったの佳でしょ?」
「……はぁ、わかったよ」
「やった!」
子供みたいに喜ぶ。
その無邪気さに、思わず口元が緩む。
⸻
「はい、あーん」
「は?」
クレープを受け取ってすぐ、美憂が当然のように差し出してきた。
「一口くらいいいじゃん」
「自分で食え」
「ケチ」
「ケチでいい」
「……じゃあいいもん」
ぷいっとそっぽを向いて、一口かじる。
頬が少し膨らむ。
(……かわいいな)
そう思った瞬間、自分で苦笑する。
(今さらかよ)
どれだけ一緒にいたと思ってるんだ。
それなのに——
(なんで今日に限って、こんなに全部……)
愛おしく見えるんだ。
⸻
「ねぇ佳」
「ん?」
「今日さ、なんか優しくない?」
「は?」
「なんていうか……いつもより」
「気のせいだろ」
「そうかなぁ」
じっと見つめてくる。
視線が逃げ場を失う。
「……なんだよ」
「別にー」
くすっと笑う。
その笑顔を見て——
胸の奥が、チクリと痛む。
(バレてんのか……?)
一瞬、不安がよぎる。
でも——
「まぁいいや」
美憂はあっさりと言った。
「佳、今日ちょっと元気ないだけだよね」
「……まぁな」
「そっか」
それ以上、踏み込んでこない。
ただ隣を歩きながら、軽く伸びをする。
「じゃあ今日は私がいっぱい楽しくする日だね」
「なんだそれ」
「いいじゃん」
にこっと笑う。
「佳がちょっと変でも、まぁいっかって思えるくらいには、今楽しいし」
「……そうかよ」
「うん」
迷いのない声。
その言葉に——
胸が締め付けられる。
(……ほんと、いいやつだな)
だからこそ。
(言えねぇんだよ)
⸻
そのあとも、二人は適当に店を見たり、くだらないことで笑ったり。
何も特別なことはしていないのに——
時間だけが、やけに濃く感じる。
「ねぇ、あれやろうよ」
「プリクラ?」
「そう!」
「恥ずいんだけど」
「いいからいいから!」
半ば強引に引っ張られる。
狭い機械の中。
距離が、やけに近い。
「はい、もっと寄って」
「これ以上無理だろ」
「無理じゃない!」
ぐいっと腕を引かれる。
肩が触れる。
体温が伝わる。
息が、かかる距離。
(……やめろよ)
(こんなの……)
余計に離れられなくなるだろ。
「はい、撮るよー!」
パシャ。
フラッシュが光る。
その一瞬——
佳は、少しだけ笑っていた。
本当に、自然に。
⸻
帰り道。
空はすっかり暗くなっていた。
「今日はありがと」
美憂がぽつりと言う。
「急にどうした」
「いや、普通に楽しかったから」
「……そっか」
「うん」
少し間が空く。
静かな夜道。
足音だけが響く。
「佳」
「ん?」
「また行こうね」
その一言が、やけに重く聞こえた。
(……ああ)
(“また”か)
未来の話。
本当なら、当たり前にあるはずの。
でも——
(俺には、どれだけ残ってる?)
一瞬、言葉に詰まる。
それでも——
「……ああ」
ちゃんと、頷いた。
「また行こう」
嘘じゃない。
行ける限り、何度でも。
そのために——
(時間、使い切る)
⸻
家の前。
「じゃ、お風呂先いいよ」
「なんでだよ」
「なんとなく」
「意味わかんね」
「いいからいいの」
くすっと笑う。
そのまま中に入っていく。
一人残された佳は、夜空を見上げた。
「……はぁ」
深く息を吐く。
(今日、バレてないよな)
(大丈夫だよな)
でも——
心のどこかで、わかっている。
(時間の問題だ)
どれだけ隠しても、
どれだけ普通に振る舞っても。
この体は、確実に壊れていく。
それでも——
(まだだ)
(まだ終わらせねぇ)
拳を握る。
(もう少しだけ)
(こいつと一緒にいさせてくれ)
⸻
一方その頃。
部屋に入った美憂は、ベッドに倒れ込んでいた。
「……はぁー」
天井を見つめながら、小さく呟く。
「今日の佳、ちょっと変だったなぁ」
少しだけ、引っかかる。
でも——
「……まぁいっか」
すぐに、笑みがこぼれる。
「楽しかったし」
頬を緩めながら、スマホを開く。
さっきのプリクラ。
二人で笑っている写真。
「……ほんと、バカみたい」
そう言いながらも、その画像をそっと保存した。
「また行こーね、佳」
誰に聞かせるでもなく、そう呟く。
その言葉が——
どれだけ残酷かも知らずに。
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