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コメント
5件
やっぱ、書き方かっこいい、、、! しかも絵付きですか、、、さすがです、、、
「正しさの手前で、観測のあいだに」
第1話 「歪んだ鈴の余韻」
鈴の音は正しい。
少なくとも、僕はそう信じてきたーー
鬼機関練馬区司令部隊にて
朝の定例報告を読み上げる隊員の声を聞きながら、僕ーー鈴峰 飴乃は、手元の端末に表示された文字を眺めていた。
「………以上が、昨日の練馬区の境界付近での接触報告です。」
内容は、いつも通りだ。
小規模な交戦、
軽微な負傷、
撤退判断も妥当。
ーーなのに。
僕は、報告書の最後の一行から目を離せずにいた。
ーー「戦闘時間:3分46秒」
「……………白目さん。」
隣に立つ副隊長の白目さんが、静かにこちらを見る。
「………なに、飴乃。」
「この任務さぁ………小規模だからといって、3分で終わりますかね…?開始から撤退まで、4分は越えてませんでした?」
雪宮 白目な何も動じない。
自分の端末を取り出し、即座に別の記録と照合する。
「現場隊員の体感報告では………約5分。
だけどーー 」
白目さんは、一泊置いてから続けた。
「公式記録では、3分46秒で《統一》されてる。」
「《統一》?」
その言葉が、妙に引っかかった。
偶然の誤差じゃない。
修正でもない。
最初から、そうだったみたいな口ぶりだ。
「他の任務の報告もありましたよね…?
もう1件、見せてください。」
白目は頷き、無言でデータを表示する。
練馬区偵察部隊、常世 宵と糸洲 凪の報告。
そこにも、違和感があった。
「戦闘痕を確認。しかし、敵影は確認できず。」
「あれ、宵ってこんな曖昧な報告…出すっけ? 」
「いや、宵は『見たもの』を誇張しなければ、削りもしない奴だからな。」
僕と考えは同じ。
宵は、生意気で、厄介で、何より問題児と聞く。
確かにそんなふざけた奴だが、宵は嘘は絶対につかない。
僕は一息ついて、自分の端末を閉じ、椅子に深く腰を下ろした。
ーー何かが、合わない。
僕の血触解放の能力は、『鈴』。
危険、異変、判断すべき『ズレ』があれば、能力と関係しているからなのか、頭の何処かで鈴が鳴る。
なのに今は、静かすぎた。
「ねぇ、白目さん。
……この違和感、他の区とかにも出てるの?」
「…………どうやら、そうらしいな。」
白目さんは一瞬だけ視線を落とし、そう答えた。
「神奈川・中区。
天賢 透空と河神 祈李の任務記録にも同様らしい時間誤差があるな。 」
「透空と祈李……あ!あの空属性の鬼神の子がいる……2人組のことね!」
白目さんを見つめながら。
「空鬼本人は何て言ってるの?」
「『覚えてない。』そう。
ただしーー」
白目さんは、ほんのわずかに眉をひそめた。
「『知らないはずの景色を知っている気がする。』だってさ。」
僕は、思わずだらんと背もたれに体を預けた。
これは事故じゃない。
敵の仕業とも、判定できない。
だが一つだけ、はっきりしている。
ーー世界が、同じ出来事を、
違う形で記録し始めている。
「白目さん、全区に通達を。 」
僕は立ち上がり、司令室に一つだけある窓から、外を見た。
「内容は………
『記録を疑え。ただし、仲間は疑うな。』で。」
白目は、少し口元を緩ませ、
すぐにいつもの冷静な顔に戻らせた。
「………飴乃の考えに賛成。」
鈴はまだ鳴らない。
けれどーー
この静けさは、
嵐の前の無音に、よく似ていた。
第1話 「歪んだ鈴の余韻」 〜完〜