ランワス🪐🕶
花吐き病
急な吐き気に襲われトイレに駆け込む。
当たり前のように胃の中の物が出てくると思っていた。だからこそ、自身が吐き出したものを目にしてにわかには信じがたかった。
花だったのだ。黄色くて綺麗な花。そういえば、どこかで聞いたことがある。花を吐く病気があるということを。確か病気の名前は『嘔吐中枢花被性疾患』俗に言う『花吐き病』というものだ。
花を吐き続け、衰弱していきやがて死に至る病気。
治す方法はただ1つ。片思いの相手と両思いになることだけ。
片思いの相手はおそらくランスだ。恋と言うには少しドロドロしすぎていて、執着と言った方がしっくりくるような気持ちだが、生憎ワースにはそれしか心当たりがなかった。
ランスに思いを伝えればもしかしたら死ななくて済むかもしれない。
だが、答えはひとつだった。
「伝えるわけねぇだろ。」
ランスは自分には釣り合わない存在。それに、到底彼が自分のことを好きになるなんて思えないのだ。この気持ちは墓場までもっていく。ワースに残された道はそれだけだった。
花吐き病を患ってからというものの嫌という程ランスのことが目に留まるようになった。快晴の空のように綺麗な青、耳元で揺れる土星、微笑んだ横顔。見る度に花を吐いた。ミモザ、バラ、コチョウラン、パンジー……色とりどりの花がこぼれ落ちるたびに自己嫌悪に駆られる。
たちの悪いことにその花たちは全て、ワースの気持ちを代弁しているかのようだった。
秘密の愛、あなたを愛しています、あなたを愛します、あなたのことで頭がいっぱい……。
思わず目を背けたくなるような花言葉ばかりだ。
叶うはずがないのにこんな花ばかり吐き出してしまうのは、諦めきれないからなのだろうか。
そう思うとなんだかばかばかしくておもわず自嘲する。
病が進行しているのか、最近体調がよくなく勉強する気になれない。何をするでもなくふらふらと中庭を歩いているとランスに声をかけられた。
「顔色が悪いが大丈夫か?」
「……問題ねぇよ。」
「嘘をつかなくてもいい。そんな状態で歩いている心配だ。」
ランスの気遣うような言葉に胸がきゅっと締め付けられる。
とたんに、抑えきれない吐き気が込み上げてきた。頭の中で警鐘音がなる。花が出てきそうになり、慌てて口を抑えてしゃがみこむ。
「気持ち悪いのか?」
ランスがしゃがみこんで背中をさすってくれるが、返事を返す余裕もなく頭を縦にふる。
いやだ、バレたくない。そんなワースの思いとは裏腹に花は容赦なく吐き出された。
「……花?」
ランスの言葉にさぁっと一気に血の気が引く。ランスにバレてしまった。
まわらない頭で言い訳を考えようにも何も出てこない。考えれば考えるほど頭が真っ白になっていく。
そんなワースを後目に今まで黙っていたランスが口を開いた。
「花吐き病か」
「っ、だから、なんだって言うんだよ!!」
自暴自棄になり思わず叫ぶ。
花吐き病のことが周りにバレてしまうことが嫌だった。
でも、それ以上にランスに自分の気持ちを知られてしまうことがいちばん怖かった。
少しの沈黙の後ランスが口を開く。
「……相手は誰だ。」
ランスに気持ちを知られてしまうなら、このまま死んでしまいたかった。だが、バレてしまったならもういい。
「お前だよ。」
「……は?」
「聞いたんだったら責任取れよ。」
我ながら暴論だということはわかっている。だが、止められなかった。
「俺と付き合え。」
受け入れられるはずのない提案。気まずい沈黙が流れる。
「冗談だ本気にす……」
「わかった。付き合おう。」
俺の言葉を遮るように言う。
「……まじかよ。」
「なんだ、貴様が言ったのだろう?これからよろしくな。」
その日からワースとランスは『恋人』という関係になった。
花吐き病を治すため。それだけの関係のはずなのに明らかに距離が近い。
突然甘い言葉を口にしたり、さりげなく肩に触れてきたり、ランスに気がないことはわかっているが勘違いしそうになる。
そんな状況とは裏腹に治らず、むしろ進行していく花吐き病はワースにこの状況は偽りだということを示唆する。それがどうしようもなく辛かった。
「また吐いたのか?」
「……あぁ。」
「なかなか治らないな。体調も前より悪くなっている気がする。何が原因なんだ。」
心配そうな表情で見つめられ居心地が悪くなる。ワースは視線を逸らし短く返事をする。
「……さぁな」
心配そうに自分を見つめるランスの目がどうしても直視出来ない。理由なんて、ランスの気持ちが親愛以上の何ものでもないからだってわかりきっている。
でもそれを伝えたらこの関係は終わってしまうから。
「そのうち治るからそんなに気にすんなよ。」
近いうちに病気が悪化して死んでしまうだろう。せめてそれまではこの偽りの関係に身を沈めていたい。
続きはちゃんと書きます。
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