教室の隅、窓際の席。祐杏(ゆあん)はいつもそこに座っていた。
風が強い日にはカーテンが揺れて、昼休みの陽が肌に心地よく当たる。
それだけがこの場所の取り柄だった。
放課後、チャイムが鳴っても祐杏は席を立たない。
友達と騒ぐこともなく、部活に行くわけでもない。
教室の隅に座ったまま、カーテンの揺れを眺めていた。
「死ぬんだってさ、俺」
ぽつりと呟いた声は、誰にも届かない。
告げられたのは一週間前。
精密検査の結果、病名は伏せられたまま、ただ医師の言葉はひとつだった。
「余命、約1ヶ月です」
突然すぎて、笑えてきた。
何かの冗談かと思ったが、母の泣き崩れる姿でそれが現実だと悟った。
けれど、祐杏は泣かなかった。
感情のどこかが、壊れてしまったようだった。
「どうせ死ぬなら、誰にも言わないでおこう。悲しませるだけだし」
それが祐杏の出した、最初で最後の決意だった。
***
「転校生紹介します」
朝のホームルーム、担任の淡々とした声が響く。
祐杏は顔を上げる。
黒板の前に立っていたのは、橙髪の女の子だった。
綺麗な髪。
大人びた雰囲気。
だけどその目だけが、妙に寂しげだった。
「白咲 笑都(しらさき えと)です。よろしくお願いします」
淡々とした声。
誰かが「美人だな」って囁いた。
たしかに整った顔立ち。
けれど、それよりも祐杏の目を引いたのは、その「孤独」だった。
どこか、自分と同じ匂いがした。
「笑都彡は祐杏裙の隣の席ね」
担任の言葉に、教室がざわついた。
祐杏は思わず、眉をひそめた。
「…俺の隣…?」
ガタ、と椅子が動く音。
笑都が静かに座る。
何も言わず、ただ前を向いたまま。
それでも、彼女の体からは何か冷たい空気が漂っていた。
祐杏は窓の外を見た。
冬が近づいている空。
青いくせに、やけに冷たい風が教室に吹き込んでいた。
***
その日の昼休み。
誰かが笑都に話しかけようとして、すぐにやめた。
彼女が笑わないから。
彼女が目を見ないから。
でも、祐杏はなんとなく声をかけた。
「…弁当、食べないの?」
笑都は少しだけ目を動かして、祐杏を見る。
その目はまるで鏡みたいで、祐杏の奥の奥まで覗き込まれるようだった。
「食べないわけじゃない。お腹が空かないだけ」
祐杏は少しだけ驚いた。
予想していたよりも、ちゃんと返ってきた。
「ふーん」
それ以上、言葉を続けようとは思わなかった。
無理に話すのも、苦手だったから。
でも、笑都の方が続きを話した。
「あなたは?」
「俺? …俺も似たようなもん」
「そう。じゃあ、おあいこね」
一瞬だけ、笑都が笑ったように見えた。
儚い、幻のような微笑み。
それが、祐杏の胸に小さな波紋を落とした。
***
放課後。
校門を出たところで、笑都が祐杏を呼び止めた。
「ねえ、祐杏くん」
「…名前、いつの間に」
「名簿見た」
「なんで?」
「話しかけてきたから。お礼」
「お礼なんかいらない」
「そう。でも、嬉しかったから」
夕暮れの中で、彼女の横顔が淡く赤く染まっていた。
でもその目の奥には、やっぱり「何か」が隠れていた。
祐杏は、自分の心がなぜこんなにも動いているのか分からなかった。
「また…明日も話しかけてくれる?」
その一言が、心に刺さった。
それは、祐杏が「生きたい」と思った瞬間だった。
「…たぶん、気が向いたら」
「ふふ、じゃあ期待してる」
その日、祐杏は初めて、余命のことを少しだけ忘れていた。
𝙉𝙚𝙭𝙩 ︎ ⇝♡1
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