「最近、祐杏裙って笑都弔話してるよなー」
そんな声が昼休みに廊下から聞こえた。
誰かが興味半分で話してるのが分かった。
祐杏は無言でパンを齧る。
気にしてないふりは得意だった。
笑都は、今日も無言で机にノートを広げていた。
誰とも話さず、静かに、まるでそこにいないみたいに。
けど、それが彼女の普通なんだと祐杏はもう分かっていた。
「…数学、ノート見せて」
唐突なその一言に、祐杏は目を丸くした。
笑都が、頼ってきた。
それだけで、なぜか心が少しだけ跳ねた。
「ん、いいけど…字、汚いぞ」
「いいよ、読めれば」
笑都は微かに笑って、ノートを受け取った。
それが、なんだかものすごく自然だった。
祐杏は気づいていた。
笑都は、たぶん誰かに心を開くのが怖い。
そして、もうひとつ。
あの目の奥に、何かを隠してる。
「ねえ、祐杏裙って、さ」
昼下がりの図書室。
静かなページをめくる音の中、笑都がぽつりと呟いた。
「何か…隠してるよね?」
祐杏の手が止まる。
一瞬、呼吸が止まったような気がした。
「なんで、そう思うんだよ」
「なんとなく。目が…遠く見えるときがあるから」
祐杏は言葉に詰まった。
その通りだった。
彼女の前では、いつもどこか演じてる。
「じゃあ、笑都彡はどうなんだよ」
今度は祐杏が問い返す。
笑都の顔に、ほんの一瞬だけ影が差す。
「わたしも…似たようなもん。言えないこと、ある」
二人の間に、沈黙が流れた。
でもその沈黙は、ただの「気まずさ」じゃなかった。
どこか「分かり合った」ような、そんな沈黙だった。
***
その週の金曜日。
放課後の帰り道、祐杏は思い切って聞いた。
「…なあ、今度どっか行かね?」
笑都は驚いたように振り向いた。
目をぱちぱちと瞬いて、少しだけ口元を緩めた。
「どこに?」
「行きたいとこ、ないの?」
「じゃあ…水族館」
「意外」
「なんで」
「もっと静かなとこ好みそうだし」
笑都は小さく笑った。
けれどその笑いの奥にも、まだ何かを押し殺すような影があった。
「…じゃあ、日曜な」
「うん」
それだけで、祐杏の心は少しだけ軽くなった。
誰かと“未来の約束”をしたのは、久しぶりだったから。
だけど、その日の夜。
祐杏は病院のベッドの上にいた。
激しい頭痛と吐き気。
自分の身体が、少しずつ壊れていくのを実感する。
「…あと何日、生きられるんだろな」
冷たい天井を見つめながら、祐杏は思った。
笑都と過ごす日々が、どんどん楽しくなっていく。
それが何よりも怖かった。
「嘘ついてんの、俺の方かもしんねぇな」
自分が、もうすぐいなくなるってこと。
それを笑都に言えないまま、祐杏はそっと目を閉じた。
𝙉𝙚𝙭𝙩 ︎ ⇝♡10
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