テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#一次創作
ruruha
257
ruruha
848
323
扉を入って東の暗い廊下を歩いていると、闇に溶け込んでいく気分になった。
閉塞感のある廊下が続く。
奥の部屋に入ると、もう馴染みとなった少年が迎え入れた。
「よう、姉ちゃん」
「フレディ……」
その時フレディが見せた曖昧な笑顔には気づいていたが、とりあえず自分の用件を優先させる。
「ねえ、フレディ。私のお母さん、見なかった?」
「姉ちゃんの?」
ちょっと目を丸くした後に、すぐ首を振った。
「さあ?昨日から『人間』には会ってないけど……ここに来てるの?」
「分からないけど。でも多分……」
「…………」
眉間に皺を寄せると、ふと思い出したのかウエストバッグを弄る。
「……これ。見覚えあったりする?」
「!」
彼が見せてくれたのは、お母さんのイヤリングだった。
「お母さんのよ!間違いないわ、お気に入りでいつもしてるもの!!」
「さっき回廊の入り口で拾った」
「!!……じゃ、じゃあ……やっぱりここに!!」
あの悲鳴は夢じゃなかったんだ。
それでやっぱりお母さんは!
「……どんな人?」
狼狽える私と対照的に、フレディは冷静だった。
言いながら、手帳を取り出す。
「えっ……」
「姉ちゃんのお母さん」
「あ、うん、ええとね……」
頭の中にお母さんを思い浮かべながら、特徴を挙げていった。
「ブロンド、目は青、身長170前後、中肉中背……ね」
彼はすらすらとメモを取る。
「で、美人で仕事ができて優しいと」
「…………」
ひょっとしたら後半の情報は要らなかったのかもしれない。
すっとぼけたフレディの顔を見て、ちょっとだけそう思った。
「OK、俺も優先で捜してみるよ。人間を」
「あ、ありがとう!」
お礼を言ったものの、『人間』という限定が引っかかる。
もしお母さんが、『人間』でなくなっていたら?
そしたらフレディは……。
ぎゅっと目を瞑る。
考えない、考えない。
今は信じて捜すだけ……。
「それで……姉ちゃん」
改まった声に顔を上げると、深刻な目とぶつかった。
「俺からも話があるんだけど」
束の間に、息を止めて見つめ合う。
「……”影”をなんとかしろ」
私は、握り拳をぎゅうと自分の胸に押し当てた。
強いグレーの瞳は、まっすぐに私を見つめている。
……私には受け止められない強さ。
目を逸らして、床に視線を落とした。
「無理だよ……私には無理……」
「姉ちゃんは冥使のーーそれも央魔のヒナだ。聞いただろ、あいつから。できるはずだ」
「そんなの!私が吸血鬼だなんて、そんなはずないじゃない!」
聞いたわ。
アーウィンも私をヒトじゃないって言った。
でもどうして?
私には頭があって、足があって、手があって、鼻と口が一つずつに目が二つ。
ねえ、あなたと何が違うの?
人間と何が違うっていうの?
「姉ちゃん、嫌いな人いる?」
「えっ?……い、いないけど……」
唐突な質問に面食らった。
戸惑う私にお構いなしに、ちょっと意地悪げに笑う。
「でもあの兄ちゃん……えっと、アーウィンだっけ?……は嫌いになったんじゃない?ずっと騙してたなんてひどいよね?」
「そんな嫌いだなんて……」
どうしたんだろう。なんでいきなりそんな話?
「なんで?あいつ人間じゃないんだよ?化け物なんだよ?」
「そう言われても……」
ただただ困ってしまう。
だってアーウィンはアーウィンで……。
嫌いかどうかなんて、考えたこともない。
「あんたもあんただ」
急にフレディの声が冷たくなった。
私のこと、あんたって言った……。
「あいつの容姿が少しも変わらないことには、気づいてたはずだ。どうして疑わなかった?どうして不思議に思わなかった?」
「だ、だって……別に……そんなの……」
「寝てるところも飯を食ってるところも、見たことないんじゃない?おかしいって思うだろ、普通。なんでそんなことも気づかないわけ?」
「だってっ……!」
畳み掛けられるように責められて、ブワッと涙が溢れる。
だけど、言われてみればその通りだ。
家にいる時間、ほとんどの時間アーウィンと過ごした。
常に側にいたわけじゃないが、いつでも呼べば応えてくれる距離にいた。
今思い返せば、奇妙なことがいくつかある。
それなのに、私は不思議に思ったことがない。
尋ねてみたことがない。
疑ったことがない。
そう。あの部屋に入るまで、ただ一度も。
「…………」
ダメ。言い返したいのに、何も出てこない。
屁理屈さえ出てこない。涙しか出ない……。
「ほらね」
「……え?」
急に明るい声が聞こえて、顔を上げた。
その拍子にポロッと涙が溢れる。
歪んだ視界の向こうで、フレディがちょっと困った顔をしていた。
続いた声はいつものように優しい。
「それが央魔のヒナの特徴。本来一人の人間が構成するはずの自我が、二つに分かれているからね。感情の思考のどこかに『抜け』が出るって言われてる」
抜け……。
「まあ、元々の性格もあると思うけど……姉ちゃんは疑うとか考えるとか苦手みたいね。馬鹿みたいに素直だって言われない?」
不意にリズの声が耳に蘇った。
もう、レナは素直なんだから!
「最初から会った時から、予想はしてた」
ふっと息をつく。
「自分じゃ気づいてないと思うけど、姉ちゃんの脈人間にしては遅いんだ」
そう。
最初会った時、なぜかフレディは私の脈を取った。
そして、痛ましそうな目で見ていた。
「このところ、昼には意識がないんじゃない?食事もとってないはずだ。多分、もう体が固形物を受け付けないようになってきてるんだと思う」
「!」
最後にお日様を見たのはいつ?
最後にパンを食べたのはいつ?
こんなにも私の体は変化していたのに、ひとかけらの疑問さえ抱かずに暮らしてきた。
「姉ちゃんはヒナだ」
それは宣言だ。
「……だ、だけど……」
ようやく反論する。
「でも、やっぱり無理よ!だって、どうしたらいいの?何にもわからないのに、どうすればいいの!!」
「俺たちは普通、ヒナと干渉しない。そういう決まりだから。だけど姉ちゃんは事情が違う」
彼はため息をついて、鉄格子に背中を預けた。
小さな男の子のため息は、聞いていて少し切なくなる。
コメント
1件
うわ、これは重い展開だね……。フレディがあんなにストレートに「ヒナ」の特徴を突きつけてくるなんて。レナが気づかなかった日常の違和感を全部指摘されて、涙が止まらなくなる場面、すごく胸にきたよ。特に「脈が人間にしては遅い」「昼に意識がない」って具体的な変化を挙げられると、もう逃げ場がなくなっていく感じがリアルで……。でもフレディ、結局優しいんだよね。あの最後の切ないため息が全部物語ってる気がする。