いきなり笑われ事情が呑み込めないピアーニャが、ムームーとパフィを軽くシバいている最中に、騒動がすっかり落ち着き、ミューゼも停止状態から解放された。
「で、なんであたし縛られてるの? なんかスカートの中が変なんだけど……」
「むん!」
ミューゼの前には、アリエッタが腕を組んで仁王立ちになっている。もちろんその姿は、ヨダレを垂らすパフィが離れた所からデレデレと堪能しているが、アリエッタは気にしていない。
そして、ミューゼを縛る蔓は、アリエッタが横の空中に描いた小さなミューゼの絵から伸びている。ミューゼが停止している間に縛り上げ、ミューゼの時間を再生したと同時に動けなくしたのだ。
いきなり動けなくなったミューゼは驚いたが、それよりもスカートの中に詰め込まれた、大きな小麦粉生地の違和感が凄く、落ち着かない。
「うぅ……なんかグニグニする……」
「スカートがめくれてたから防護してあげたのよ。感謝してほしいのよ」
「ありがたいけど、もっと何か方法無かったの?」
「みゅーぜ! めっ!」
「は、はいぃ!」
自分が絵を隠してしまった事で怒られている事は理解しているので、大人しくアリエッタに従っている。正直こういうのも悪くないと思いながら。
なにしろ、可愛らしい怒り顔でずっと睨んでくるのだ。ずっと直視するとニヤけそうになるが、目を離すと徐々にアリエッタが泣きそうになるので、ひたすら目を見つめるしかない。むしろ、顔に嬉しさがにじみ出るのを我慢する方が、苦行になってしまっている。
一方怒っているアリエッタだが、真剣な顔をしながら困っていた。
(……説教で使う言葉、いっこも分からん。どうしよう)
言葉が無理なら態度で示すしかない。それで先程から睨むだけになっているのだ。
一応体罰的な事は考えたが、そこは恥ずかしがり屋でミューゼの事が好きなアリエッタ。何故か恐れ多いと思い、実行に踏み出せないでいた。
「歴史に名を残す、永劫の戦となるであろうな」
「いっそ頭ペチンで終わらせてくれれば楽なのにねー」
ラッチもムームーも、アリエッタの性格とミューゼとの関係は聞かされている。だからこそ、この状況が当分続くという事は予想出来た。
という訳で、一旦ラッチを見届け人として残し、パフィとムームーは何やら会議しているピアーニャの方に向かう事にした。
困り顔のピアーニャの前に、植物の蔓になったドルナのヨークスフィルン人がいる。敵対関係ではなく、攻撃性も無いので、討伐する必要は無い。だからこそ、情報収集の一環として、少人数での会議を開き、事情を聞いているのだ。
クリエルテスでは、ミューゼのうっかりでドルナが消えてしまったが、今回は実体もあるので、同じ事にはならないだろう。逆に、ドルナの身の振り方に頭を悩ませていた。
「……とはいっても、ヨークスフィルンにかえったところで、そのカラダじゃなぁ……しかもユメだし」
「彼女がいつのヨークスフィルン人の夢かも分っかんねーし、そもそも体が既に別物だかんな。出来れば行かねー方が良いだろーな」
(コイツ、イセイカンケイがだらしなくなければ、ほんとうにユウノウなんだがなぁ……)
いつ全身刺されてもおかしくないと称されるラドに呆れつつ、同意するピアーニャ。
本来海中で生きる人種だが、夢となって蔓の体を手に入れたせいか、陸上での活動に一切の支障も無い。逆に陸上の蔓では、長時間海中にいる事が出来ない可能性もある。
「だったら、ラドが貰ってあげればいいのよ」
「は!?」
ここで、やってきたパフィからの素敵な提案。ラドが全力で驚いている。
これは更生のチャンスと、ピアーニャも乗っかる事にした。
「それもそうだな。ラド、シアワセにしてやれ」
「ちょ待てよ。確かに女の子には優しくするけどよ。一生幸せにというのは別問題じゃね? それにどうすりゃいいんだよ、イロイロと」
ヨークスフィルン人とワグナージュ人では、そもそも生態が違い過ぎる。しかも植物の体というイレギュラー的な存在である。
「そこはほら、コンジョウでのりこえろ」
「無理じゃん!!」
壁が大きいとかいうレベルの問題ではない。ピアーニャも分かってて言ってるので、対応がテキトーである。
しかし、アリエッタと幸せになりたいパフィは、他人事ではない…となんとなく思っている。出身リージョンが違うのは、それなりに問題が伴うのだ。実際はリージョンどころか次元すら違うのだが。
「貴女はどうしたいのよ? あの人と一緒にいたいのよ?」
ドルナに優しく語り掛けるパフィ。モジモジする彼女に、さらに「後悔しないようにするのよ」とか「少しずつお互いを知って行けばいいのよ」とか言って、前向きになるように仕向けている。自分の理の為に、2人を身近な前例という人柱にするつもりなのだ。
「オマエ、セイカクわるいな……」
「ですね……」
その真意を察したピアーニャとムームーが呆れている。
なおも続くパフィの説得よりも、ピアーニャは別に気になっている事をラドに聞いてみる事にした。
「なぁ、あのヨークスフィルンじんがオンナだって、どうやってわかったんだ?」
ヨークスフィルン人の性別は、他のリージョンの人には見分けがつかない。ドルナ本体が出た時も、女だと判断したのはラドのみである。
「そんなの見りゃ分かるっしょ。全然ちげーし。なぁ?」
「そ、そうなんだ? わたしには分からないけど」
いきなり笑顔で話を振られ、しどろもどろになるムームー。
ピアーニャは、もう一度ドルナを見てみる。蔓の体で緑色だが、上半身のヒレに下半身の触手、頭の三角帽子と、形状は完璧にヨークスフィルン人なので、本物を思い出しながら違いを探そうとしている。
「……さっぱりわからん」
「ラドはそういう所が無駄に凄いんですよ」
一緒に話に参加していたセゥアトデュレインが、ラドの評価を口にする。
チャラくて女の敵で男からも害悪扱いされているが、どんな生き物でも女(雌)は完璧に見分け、手を出した後にお互い納得の上で別れるという。最近は雌花と雄花まで見極め始めているとか。
「雌て……」
「セッソウないな! いろいろトクシュすぎるし、それもうべつのノウリョクだろ」
2人はなんとなく怖くなり、雌花と雄花を見分けて何をするのかは聞かない事にした。
「ああ、そうそう。性別の無い生き物なら──」
「いわんでいいっ!」
どごぉっ
なおもラドの性癖を暴露しようとするセゥアトデュレインだったが、ピアーニャによってぶっ飛ばされてしまった。
「ははは、レインのやつは丁寧に見せかけて口が超軽ーからな。いっつもいらねー事言っては殴られてんだぜー」
「おいバルドル。このコンビはなんなんだっ」
「知らねぇっすよ! 副総長がどこからか集めた面子じゃないっすか!」
「おのれロンデル……」
流石にピアーニャが全シーカーを把握しているわけではない。どこの支部にどんなシーカーがいるのかなど、支部ごとの組合長が把握するだけで精一杯なのだ。ロンデルも「新発見のリージョン調査の人員募集」と、それなり以上の有能な人材を募っただけに過ぎない。
集ったシーカーの多くが変態だった事も驚きだが、どうしてそういう人材に限って有能なのかと、ピアーニャは悩み始めていた。
(もっとマトモでユウノウなジンザイはおらんのかっ。カミのイタズラってやつなのか?)
文句を言いたくなって、チラリと仁王立ちを続けている女神の娘を見るが、願いも祈りも言葉も『オトナのイゲン』も通じない可愛い女神の存在に、ため息しか出なかった。
丁度その時、パフィとドルナが話を終え、ラドの元へとやってきた。
「ラド先輩♪ 頑張るのよ」
「何を!?」
親指を立てるパフィに対するツッコミを合図に、ドルナの触手がラドに絡みついた。そのまま複数の触手を伸ばし、枝や葉にひっかけながら、高い所へと登って行ってしまった。
「えっちょっまっ、おおおおい! これどーゆー事おおおおおぉぉぉぉぉぉ!?」
『………………』
このドルナは害は無いと思っていたので、ピアーニャ達は突然の凶行に驚いて、何も出来なかった。
その隣で、パフィが満足そうに頷いている。
「何言ったの、パフィ……」
「既成事実の為に実力行使を勧めたのよ」
「こえぇよ!」
「おまえな……」
一瞬パフィを叱るべきかと考えたピアーニャだったが、女の敵と称されるような人物なら、これで何かあってマトモになるかもしれないと考え直し、放置する事にした。
バルドルも人材管理の苦労は知っているので、何か言おうとして、止めた。
「なんかつかれたな。パフィ、めしー」
「はいはいなのよ。そろそろアリエッタの気分も晴れるかもしれないのよ。総長とムームーは様子見て呼んできてほしいのよ」
「うん、分かった」
「むぅ……」
アリエッタにあまり近づきたくないピアーニャだが、断る理由も無く、しぶしぶ了承した。
食事の準備をすると聞いて、キュロゼーラ達がパフィにまとわりついて行く。パフィは色々諦めたようで、丁度足元にやってきたほうれん草型キュロゼーラを掴み、屋根が壊れて棘に囲まれた小屋の中へと入って行った。
「さて、ムームー」
「はい」
「ラドがきづいているようだが?」
「やっぱりですか……まぁ下半身やノリと違って中身は真面目らしいんで、相方のレインさんに知られなければ大丈夫でしょうけど」
「そうか。ホカにしっているのは?」
「総長と副総長と姉さん、それとフラウリージェの皆さんですね。他の知り合いは別人だと思ってますよ」
「……やっぱり、クロウしてるな」
「………………ぐすっ」
「?」
後ろにいる事を忘れられているバルドルが首を傾げているが、ピアーニャ達はそのまま2人にしか分からない会話をしながら、アリエッタの方へ向かうのだった。
あれから少し経つが、アリエッタは無言のまま仁王立ちで、ミューゼの前に立っている。何をしたらちゃんとミューゼを叱れるのか、全く思いつかないのだ。
(どうしたら……うぅ……)
「あ~……」
どうしようもなくなって、とうとうミューゼの前で涙を流し始めてしまった。
ここで縛られているミューゼが、声をかける事にした。
「アリエッタ、おいで」
「う……みゅーぜぇ……」
アリエッタは素直に近づいて行く。
「ごめんね、アリエッタ」
「うぅ……みゅーぜぇ、めっ、めっ」
「うんうん。本当にごめんね」
謝られた後は、ミューゼをぽこぽこと叩き続ける。結局感情に任せて手を出す事になってしまい、その事でも悔しさを感じて、さらに泣き声が大きくなっていった。
そんな2人を、ラッチが気まずそうに眺めていた。
「えーっと、これどうしたらいいの……」
結局この後ピアーニャがやってきて、妹分の存在に気付いたアリエッタが慌てて泣き止み、ミューゼの拘束を解いてこの場は収まった。
しかし、この時誰も、他のシーカー達の視線に気づいていなかった。
「はぁはぁ……たまんねぇ……」
「見たかよあのミューゼちゃんの笑顔」
「聖女かよ」
縛られながらも気が済むまで幼女に殴らせる、慈愛に満ちた美少女の顔。それを離れた場所から見ていた他のシーカー達は、新たな扉を開こうとしていたのである。
もちろんこの後、他のシーカーに覗いていた事を告げ口され、バルドルに蹴り落とされるのだった。
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