「何のために、ライバー、やってんの」
不意に向けられた言葉に、何も言えず硬直する。
「え、?はは…何言ってんの、俺は……」
精一杯茶化したつもりだった。
いつもの調子で話を流してくれると思った。
でも、違った。
「きみが生きてるのは、本当に現実、なの?」
バレた、と思った。
俺が現実逃避をしていることを。
でも、それも違った。
彼女はわらった。
そして言った。
「わたしも現実でいきたかったなぁ」
俺はバーチャルライバー、CGの映像で配信をしている。
決して無職な訳では無い。多分。
いつもリスナーたちのコメントが、高評価が、反応が、俺の支えで、同時に重りでもあった。
純粋に応援してくれているリスナーにこんなことを思うのは本当に失礼だと思うが、事実なのだから仕方がない。
彼らが、あれをして欲しい、あれが見たい、という度、彼らを満足させられるのかと不安になり、彼らからの賞賛を受けてもなお、それが本心なのか疑ってしまうようになった。
正直、苦しかった。
辞めてしまいたくて、所属している事務所に辞表を出した。
勿論スタッフは悲しみ、惜しんだ。
それは俺がいなくなる悲しみと言うよりは、俺の分の収益と人気を失う悲しみだろうから問題は無かった。
はずだった。
最後の配信をすることになった。
リスナーは悲しんだが、皆ネガティブなチャットはしなかった。
それが彼らなりの優しさなのだと分かっているからこそ、心苦しかった。
そんな時、異様なチャットが飛び交い始めた。
『何のためにライバーやってたの』
いつもなら、何言ってんの、とか、成り行きだよ、とか、返せたはずなのに、言葉が出なかった。
「彼女」の言っていたことだったからだ。
『バーチャルに逃げるため?』
ゾクッと背筋が凍る。
現実逃避のため、だなんて言えない。言えないんだ。
数十秒、硬直した。
全く声を発さずに固まった俺に、ラグか?大丈夫?というチャットが流れた。
さらりと、あたかも当たり前かのように言葉がでた。
「なんで、そっちが現実で、こっちがバーチャル…仮想世界なんだ、?
なんで、俺は此処で生きなければならない?
なあ、俺が現実逃避したって言いたいんだろ、でも、仕様がないじゃないか。
俺にははじめから、バーチャルしか無かったんだよ……!」
はっ、と我に返り、チャット欄を凝視した。
『何言ってんだ』、『どうした?』、『被害妄想乙w』どうせそんなものだと思っていたのに。
『なんで、』『行かないでって言いたいよ』『私たちだってきみと生きたかった』『分かってる?』
『なんで、そっちが君の現実なの?』
彼女はまた言った。
「きみはようやく気付いたんだね、きみの現実に。これから、きみはきみの現実で生きるんだよ。ねぇ?きみの«ナカノヒト»はきみにとってのバーチャルで生きなければいけないけど、きみは現実で生きられるんだ。わかる?」
分からなかった。分からなかったけど、これからどうすればいいのか、ほんとうに意味が分からないくらいよく分かった。
「ありがとう、ばいばい」
「ねぇ!きみ、名前、は?」
彼女は今度はふふ、と微笑んで言った。
「ないしょ。」
「今度こそばいばい、黛くん。」