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※PM 22:06
ここ三日程、特に何事も無く過ぎていく日々。
狂座より特に消去依頼は通達されてはいないが、相変わらず世間では悲惨な事件報道が途絶える事は無い。
ここ如月家自宅では、本日も遅い夕食の時間だ。
幸人はニュース報道を観ながら、冷凍物のカルボナーラを啜っている。
その傍らで、ジュウベエが容器に顔を突っ込んで貪っているのが、金のスプーンである事は言うまでもない。
「ったく、毎日毎日胸糞悪い事件ばっかりだな……」
ジュウベエが液晶から映し出されていく報道を、顔を見上げながら溜め息を吐く。
いくら狂座が悪人を消去しても、それは決して途絶える事は無い、焼け石に水。
「今度は一家惨殺かよ。犯人は十七の餓鬼って……世も末だな」
新たに報道された事件。どうやらこの近辺で起こった事が、無機質な表情のニュースキャスターより伝えられていた。
そう、これはいつもの事。日常的に起こる事件。
「んっ!?」
「どうしたジュウベエ?」
二人共すっかり食事を平らげたその時、ジュウベエが何かに気付いたのか、全身の体毛を逆立ちさせていた。
猫は感受性が鋭い。
「幸人……依頼だ!」
だからこそ、今しがた狂座より依頼が通達された事を、その五感全てから連なる第六感で、何よりも早く感じ取っていたのだ。
幸人はパソコンの置いてある簡易机に向かい、椅子に腰掛けて電源を入れた。
狂座より消去依頼通達である。
液晶画面に映し出される、禍々しき一面の赤。クリックし内部へと進んでいく。
「ランク不明? どういうこった?」
幸人の左肩に飛び乗り、同じく画面を凝視するジュウベエが声を上げた。
其処には本来、仕事の総合難度を示すランクが明記されてないからだ。
依頼はまず各エリミネーターへ、ネットワークを通じて通達される。
そこで大まかな仕事のランクで判断して、仲介所の方へ赴き、依頼を本決めする事になっているのだ。
ランク不明は過去にそう例も無く、もしかしたら最上級難度、あるいは由々しき事態なのかも知れない。
「どうする幸人? ランク不明はただ事じゃねえ。これはオレの勘だがよ、嫌な予感しかしねえ……」
猫の勘は人間の比では無い。自然災害も事前に察知する程だ。
そんなジュウベエが嫌な予感しかしないのなら、その通りの依頼なのだろう。
だが幸人は特に臆する事無く、クローゼットへ向かい、中から黒衣を取り出しそれを羽織る。
「ランク不明だろうが何だろうが、依頼を請けるかは俺が決める」
行く気満々、と言うより何時も通りの幸人。
「やっぱりね……。じゃあさっさと終わらせようぜ」
止める気も無いし、止めても無駄だろう。
幸人の性格を誰よりも分かっているジュウベエは、その左肩に飛び乗り、共に仲介所へと向かう。
今にして思えば、ジュウベエの嫌な予感はある意味的中していた事を、今はまだ知るよしも無かった。
――旧校舎校長室内――
「お待ちしておりました。如月 幸人さん。今回は少々特殊な依頼なので誰も請けたがらず、貴方ならと思いまして……」
ここ闇の仲介所では、机に伏せた琉月が困惑の口調だ。何時もと様子が違う。
「御託はいい。ターゲットの説明を」
幸人は何時も通りに依頼内容を促す。彼にとっては特殊な依頼だろうが関係無い。
「いくら貴方でも、今回は少々厄介だと思いますよ」
琉月は幸人へ一枚の資料を手渡す。
「今回のターゲットは未成年か。確かに厄介だが、それ程の事か?」
同じく幸人の左肩から資料を眺めるジュウベエが呟いた。
狂座にとって、ターゲットに於ける未成年の有無は関係無い。
依頼が完全に受理されると、誰であろうが消去は確実に遂行される。
“一体どれ程の恨みが?”
書類に貼られた顔写真には、少年のあどけない笑顔が映し出されていた。
写真からは社交性豊かそうな表情。しかし何処か違和感がある。
そう、まるで造り物。
「今回のターゲット、檜山 広明十七歳。明記の通り未成年です。中学卒業後、高校に進学せず、恐喝や窃盗の類いで生活している、まあ典型的な反社会性の屑ですね」
これは意外だった。人は見掛けによらないという事を再確認。
違和感はこれだったのだ。
琉月はターゲットの説明していく。だが果たしてそれだけで、消去基準を満たしているとは到底思えない。
更正の余地は充分だろう。
「先日、一家惨殺事件が起きた事を知っていますか?」
だが、そんな余地すら無いであろう、ある出来事があった事が彼女の口から語れられ始めた。
「確かニュースでやってたな。って事はこの餓鬼がその犯人ってか?」
つい先程ニュースで報道された事件を、ジュウベエも思い返す。
なんという因果。詳しくは見ていなかったので詳細は朧気だが、まさか今回の依頼が関係しているとは思ってはいなかった。
「どうやら御存じの様ですね。この檜山という少年が、この惨殺事件の実行者であるという事です」
琉月は事件の詳細を語り始める。そして消去に至る、更正の余地も無いその最大の理由を。
「全ての裏は既に取っています。事件の詳細と依頼内容をお伝えする前に、まずターゲットは生粋の“サイコパス”であるという事です」
琉月の語るその聞き慣れぬ呼称に、二人は一瞬目を見開いた。
“サイコパス”
またを精神病質。反社会的人格の一種を意味する心理学用語であり、サイコパスとはその通称の事。
誰しもが、どんな極悪人にも多少は良心を持ち合わせていると思っている事だろう。
しかし世の中には、そんな考えが全く通用しない人間が存在する。
良心や善意を持たない者『サイコパス』
悪人を無慈悲に裁く狂座、エリミネーターと呼ばれる者達も、ある意味それに該当するのだろう。
だが彼等はサイコパスとは根本が違う。
各々が確固たる信念を持って、この道にあたっている。
“サイコパスは最初から存在しない”
生粋のサイコパスは、良心や善意を生まれながらに持ち合わせていないのだ。
だから他人に共感する事も無いし、そもそも物事に躊躇いが無い。
サイコパスは病気の一種だが、治る治らない以前に最初から存在しないのだから、善悪を感じる事が出来ない。
即ち更正の可能性、零である。
この檜山という未成年のターゲットがサイコパスであり、決して救いようの無い屑だと言う事は分かった。
一家惨殺なら、その恨みは想像を絶する事だろう。
だが、ここでふと疑問。
今回の依頼に於ける、ランク不明の意味は?
相手が未成年で法の元に保護されているとはいえ、熟練のエリミネーターにとっては如何なる場所だろうが、消去遂行は造作も無い事。
「今回はターゲットの消去難度が、この依頼の特異性では無いのですよ」
そう。ターゲットが未成年程度で、ランク不明等考えられない。
消去対象が未成年は、過去に何度も例があった。
ならば考えられる事は恐らく一つ。
「こちらが今回のクライアントです」
クライアントに於ける特異性。
“一家惨殺なら依頼したのは誰?”
彼女はその疑問を氷解すべくか、幸人へもう一枚の資料を手渡した。
「……なっ!?」
流石の幸人も受け渡された資料を一目しただけで、思わず驚愕の声を洩らしていた。
如何なる時も依頼に於いて冷静さを崩す事の無かった彼が、今回ばかりはである。
「オイオイ……これ冗談じゃねぇのか?」
同じく隣で資料を垣間見たジュウベエも、信じられないといった具合だ。
しかし狂座の依頼に偽り、ましてや冗談等無い。
「流石に私も目を疑いました。この様な事態、過去にも例が無かったもので……」
琉月も冗談で依頼を仲介しないだろう。彼女の戸惑う様な口調が、それを物語っている。
ランク不明も頷ける。と言うより、これは果たして依頼成立可能なのかも疑わしい。
何故ならクライアントの顔写真には、舌を出したあどけない表情の犬の姿が映っていたからだ。
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