「え~と、確かこの辺りに……あっ! ありました! ルカスさん、すぐに作りますね!!」
「ウルシュラ、早く。ルカスが恥ずかしい」
冒険者、そしてクランとして動くと決めたこの日。
装備を整えてから出発しましょう――と言って、ウルシュラは俺のシャツを脱がした。
そして今、俺の装備をこしらえ始めている。
園芸師ウルシュラの基本的な動きは植物採集や収穫といった農芸スキル持ち。だが、冒険者パーティーにいた時は何でも支援していたらしい。それがきっかけで装備品を作ったり、加工や料理など支援系として欠かせない存在だった。
そんなウルシュラが裁縫を駆使し作り上げたのが、
「出来ました!! レザーアーマーの一式です!」
自信作を作ったようで、ウルシュラは胸を叩いて満足気だ。
「……えぇ? 俺は魔術師なんだけど……その鎧を俺が着るの?」
薄着のシャツよりはましとはいえ、適正と違うのを着るのは抵抗がある。
「本当はフード付きのチュニックを作りたかったんですけど、素材が無くて……しかし、着れば着るほど愛着が湧きますから我慢してくださいね」
獣のなめし革で作られたレザーは、鋭い爪や剣先に対する防御としてはやや脆弱。しかし直接的な打撃や擦過《さっか》に対し防御力が高い。
「うーん。これを着て魔法を使うのは調子が狂いそうな気が……」
思わず首をかしげそうになったが、
「ルカスの格好、似合う」
ナビナが手を叩いて喜んでいるので納得することにした。
「それではルカスさん! まずは協力者を求めてセルド村に行きましょう~!」
「ルカス、腕を上げて気合い」
「え? 腕をこう……かな?」
俺が片腕を上げると、ナビナは小声で「おー」と発していた。様子を見る限りだいぶ俺に慣れてきたみたいだ。
ロッホを出た俺たちはゴブリンが棲息するサゾン高地を目指す。早朝の出発なので昼を過ぎた辺りまでには着くはずだ。途中で帝都門を通り過ぎることになるが……。
「それにしても楽しみですね~!」
「……クラン?」
「ですです! 初めは数人だけだったのが、どんどん増えて大きくなるんですよ! 冒険者パーティーに入るよりよっぽど楽しみですよ!」
各地の冒険者で組むグループ集団――クラン。いずれ本部とする意味も込めて、教会自体を《ロッホ・レグリース》と名付けた。
「でも、パーティーも少数なら問題は無いんじゃ……」
「そんなんじゃ嫌なんです!!」
ウルシュラは頬を膨らませ、真っ赤になって本気で怒っている。どうやら冒険者パーティーだけで動くことに相当なトラウマがあるようだ。
効率的に動いて忙《せわ》しない冒険者。根本的にウルシュラとは合わなかったということだろうな。
早くに出歩いただけあって、ナビナのお腹が空く頃には帝都門辺りまで来た。帝都門周辺は防衛に就く宮廷魔術師が数人で監視に立つ場所だ。西にあるロッホと違い、南には魔物の棲息や未開拓地があることが関係している。
「そういえばウルシュラ」
「はい、何でしょう?」
「あの辺りに宮廷魔術師がいたと思うんだけど、サゾン高地に行く時に止められなかった?」
冒険者や旅人と接点が無いとはいえ、《まともな》宮廷魔術師なら声をかけるはず。
「う~ん……? 何も言われなかった気がするようなしないような?」
「そっか」
少なくとも俺が防衛任務に就いた時、誰が通行するにしても声をかけていた。通行証などは必要ではなく、あくまで魔物に対する注意喚起のようなものだった。ウルシュラが通った時は見逃していたか、あるいは――さぼっていたかのどちらかだろう。
そして俺たちが帝都門を通行しようとしたその時。よりにもよって賢者の自称部下を名乗っていた連中が監視していた。しかもこちらに気づいているようで、ゆっくりと近づいてくる。
連中の顔は俺が兄に追放を言い渡された時、近くにいた面々のようだった。
その中の一人がさっそく声を張り上げる。
「おい、そこの冒険者パーティー! ちょっと待て!!」
突然声を張り上げ、俺たちの行く手を阻む。
さすがに派手めなレザー装備を着ている俺に気づいたか?
それともエルフのナビナに?
しかし俺が出るよりも先にウルシュラが前に立ち、
「宮廷魔術師さんたちがいきなり何事ですか!」
何とも頼もしい。自分で冒険者ギルドを立ち上げるだけのことはある。それに俺が宮廷魔術師だったことを話す時と、まるで態度が違う。帝都を追い出されたのがよほど悔しかったみたいだ。
「弱そうな男とエルフの子どもを連れて、どこへ行くつもりだ?」
「南です! 冒険者パーティーなんですからどこにだって行きますよ!」
ここは俺が下手に出るとすぐにバレそうだな。新米らしく大人しくしておこう。
「あんたはともかく、後ろの男は新米冒険者だろう? それに、エルフの子どもが行動をともにしているのはどういうことだ?」
宮廷魔術師の一人が首を傾け、俺とナビナをちらりと見ている。装備が違うだけで案外気付かれないものだな。それにエルフ、それも少女が一人でいるのを疑っているようだ。帝国では見ることが無い種族だから仕方ないが。
「大丈夫です!! 後ろにいる彼は宮廷の魔術師さんですから!」
まずいな。この流れで俺の名前を出せば、後々面倒なことになるのは確実だ。ウルシュラの言葉に連中が疑わしい目で俺を見ている。
「そこの男はレザー装備の駆け出し冒険者だろう? 悪いが、そんな装備をした宮廷魔術師など存在しない。退任者だとしてもだ」
「同じ宮廷魔術師なのに、顔を見ただけで分からないって言うんですか!」
「そいつの名は……?」
「この人はルカスさんです!」
堂々と紹介するようにして、ウルシュラの手が俺に向けられた。やっぱり言ってしまったか。
「――ルカス?」
男の一人が俺の顔を見てようやく気づいた。
「はっ、ルカス・アルムグレーンか!! もっとも、今はただのルカスだったか? なぁ、追放者さんよぉ?」
この男に続いて他の連中が騒ぎ出す。ウルシュラは何のことか分からず、戸惑い気味だ。
「……そうだ。俺はルカスだ。それも冒険者のな」
「冒険者? ははははっ!! 落ちぶれたもんだな。だがそういうことなら、ナンバー3であるオレがリュクルゴス様に報告しておかないとなぁ!」
ナンバー3?
宮廷魔術師の実力ではなくどういう意味だっただろうか。態度だけは兄に寄せてきているが。
「帝国と俺はもう関係無いはずだ。賢者になぜ報告する必要がある?」
「リュクルゴス様が気にされていたからに決まっている。呪いの宝石を手にうろうろされては滅びの原因となりかねないとな。そういうわけだ。ルカス、お前を拘束する!」
帝都門での監視が厳しくなったのは俺を見つける為か。こうなれば仕方が無い。せめてウルシュラとナビナだけでも逃がさなければ。
「ウルシュラ。君はナビナを連れてここを去れ! 今すぐに!」
「――そんな!? ルカスさんはどうするんですか? 一体どうして……」
「早く!!」
そう思っていたが、ナビナに連中が近づいている。このままでは全員捕まってしまう。
一瞬でもいい。ここにいる宮廷魔術師の連中を城に送り返せれば、そうすれば――
そう思いながら俺に迫る男を睨みつける。すると、ウルシュラがいきなり驚きの声を上げた。
「あれえ!?」
一体何に驚いたんだ?
「き、消えた……? ルカスさん、目の前にいた人がいなくなりましたよ!? どこに行っちゃったんでしょう?」
「……えっ?」
俺を拘束しようとしていた男だったが、そいつが突然俺の目の前からいなくなっていた。
だが、
「離して!! いやぁっ! ルカス、ルカス!!」
俺たちの戸惑いをよそに、他の連中がナビナの腕を掴んでいる。どうなるか分からないが同じ感じで、四、五人いる連中に対して睨む。
「――! 消えた……?」
どうなったのか分からないものの、俺が睨んだ連中は全てこの場から消えたようだ。魔力は一切使っていないのに。
「ルカス! ルカスの目、光り輝いてる」
「目? まさか冴眼の力……?」
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