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朝の教室。窓から光が差し込む。
机に座っていると、
少しざわつきがあった。
「……あれ?」
後ろの席、
空席がいくつかある。
誰かが入ってくる。
歩き方で、分かる。
――違う、見覚えがある気がする。
⸻
担任が名前を呼ぶ。
「今日から転校生です。
橋爪ユウくん、よろしく。」
教室の空気が、
一瞬止まった気がした。
……ユウ。
心臓が、
少しだけ跳ねる。
思い出す。
なんだか、遠くで泣いた声。
怒った声。
俺が手を伸ばした声。
でも、具体的なことは、
まだ思い出せない。
⸻
ユウが席につく。
顔を上げると、目が合う。
「あ……こんにちは」
自然に、声が出た。
ユウも、少し驚いた表情をして、
でも笑う。
……ああ、知っている顔だ。
⸻
放課後。
校庭で部活をしていると、
ふと、視界の端に
小さな影が見えた。
細くて、軽くて、
笑ったような声がした気がした。
――ナナ?
名前はまだ出せない。
でも、どこかで見た気がする。
⸻
ユウと話す。
少しずつ思い出す。
「……前、会ったよな?」
なんとなく、口から出た言葉。
ユウは、首をかしげる。
でも、目の奥に、微かな認識の色。
俺の胸の奥が、
ギリギリと痛む。
⸻
ナナの影が、
またちらつく。
声は、まだ聞こえない。
でも、笑った気がした。
手を振った気がした。
忘れかけていた何かが、
ほんの一瞬、
戻ってきた。
⸻
俺は、自分を押さえる。
まだ全部は思い出したくない。
戻ったら、
また地獄が始まるから。
でも、確かに、
世界のどこかに
“あの記憶”はある。
ユウが来てから、
世界は少しずつ歪み始めた。
最初は些細なことだった。
時間割が、前に見た配置と違う。
黒板の落書きが、前はなかった言葉になっている。
それなのに――
俺の身体だけが、
「知っている」反応をする。
胸がざわつく。
頭の奥が、きしむ。
⸻
ユウと並んで歩いている時、
突然、足が止まった。
「……なあ」
声が、震えた。
「俺たち、前にもこうやって歩いてなかったか?」
ユウは驚いた顔をして、
でもすぐに笑った。
ユウ「偶然だろ。
転校初日だぞ、今日」
――違う。
“初日”じゃない。
俺はこの光景を、
何度も見ている。
その確信だけが、
急に浮かび上がった。
⸻
夜。
ベッドの中。
目を閉じると、
断片が流れ込んでくる。
チャイム。
エラー表示。
紫色の花。
繰り返される朝。
……そうだ。
俺は、
戻っている。
一度じゃない。
何度も、何度も。
「……タイムスリップ……?」
声に出した瞬間、
背中に冷たい汗が流れた。
否定したかった。
でも、否定できない。
⸻
次の日。
教室を見渡す。
机の数を、数える。
……一つ、足りない。
誰だ?
誰が、いない?
考えた瞬間、
頭がズキンと痛んだ。
⸻
名前が、出てこない。
でも――
“誰か”がいた。
窓際じゃない。
前の席でもない。
俺の隣だった気がする。
声。
呼ばれ方。
視線。
……あ。
その瞬間、
世界から色が一つ消えたような感覚がした。
⸻
いない。
あの子が、いない。
最初から、
存在しなかったみたいに。
⸻
俺は立ち上がる。
「……先生」
喉が、ひどく乾いている。
「このクラス、
前にもう一人、いませんでしたか」
教室が、静まり返る。
先生は、怪訝そうに眉をひそめた。
「何を言ってるんだ?
最初からこの人数だろ」
――嘘だ。
俺は、
確かに知っている。
⸻
名前は、まだ思い出せない。
でも、
あの子が消えた理由だけは、
嫌というほど分かっていた。
⸻
俺が、
戻りすぎたからだ。
何度も、何度も、
やり直したから。
⸻
心臓が、
ゆっくりと沈んでいく。
「……ああ」
やっと、理解した。
⸻
俺は、
時間を越えているんじゃない。
人を削りながら、戻っている。
⸻
そして、
次に消えるのは――
誰だ?
ユウか。
それとも――
まだ名前を思い出せない、
あの子か。