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「ごめんなさい、お待たせしちゃって!」
「大丈夫だよ。俺もさっき来たばかりだし」
いつもの待ち合わせ場所に急いで駆け寄ったら、大好きな彼、相田克巳(あいだ かつみ)さんが、柔らかい笑顔で出迎えてくれた。
疲れた躰に染み渡る眩しすぎる笑顔だな、じーんとしちゃう。
「あのね帰ろうとしたら、いつものお得意さんから電話があって、延々と長話されちゃった。本当にごめんなさい、克巳さん」
仕事ならしょうがないよと言いながら、いつものように腕を差し出してきたので、喜んで右腕を抱き寄せて、自分の腕をぎゅっと絡めた。
――付き合ってまだ、二ヶ月とちょっとの私たち――
取引先に勤めている克巳さんとは、電話でお仕事の話をするだけの関係だったけれど。
『……あの突然なんですが、好きな食べ物は何ですか?』
仕事の話を終える間際に、緊張感を漂わせた声色で突然訊ねられたことに、すっごくビックリしちゃった。
『えっとえっと、ミカンが好きです!』
『あ、スミマセン。好きな料理って聞けば良かったですね、ははは』
『え――!? そのスミマセン! 何かビックリしちゃって、変な返事をしてしまって』
電話口で焦る私に、嬉しいですよと言った克巳さん。
『もしよろしければ、お逢いすることはできませんか? 夜景の綺麗なレストランで、一緒に食事でもどうでしょう。勿論、デザートにミカンをつけてみますけど』
『ええっ!? 相田さんいきなり、どうしちゃったんですか?』
『実は前から、いいなと思っていたんですよ。元気に明るく対応してくれるから、いつも気持ちよく仕事ができていましたし。それはアナタのおかげなんですよ、鈴木さん』
『だって相田さんとは、一度も逢ったことがないのに……実物を見たら、きっとガッカリするかもしれませんよ』
声のトーンが、自然と落ちてしまう。逢ったことがない女を、よく食事に誘えるよなぁ。
『それは俺も同じです。ガッカリしないでくださいね』
こうしてお互い、ドキドキしながら初対面をした。
「はじめまして、相田克巳です。年齢は31歳。趣味はドライブで特技は――何だろうな、ハハッ。鈴木さんってやっぱり想像以上に、かわいらしい感じの方で嬉しいです。さぁ行きましょうか」
私を見た、第一声の克巳さんの言葉。
『おまえって、超ガサツだよな。かわいらしさがひとつもない』
そんな酷いことを言われ、前のカレシに振られていたので、素直に嬉しかった。勿論、初対面だから頑張ってしまった自分もいるけれど、そこのとこをひっくるめて、認めてくれたのは嬉しい。しかも克巳さんって想像通り、余裕のある大人の男の人って感じだった。
背が高くて細身で、スーツがビシッと決まっていて。さらさらでクセのない黒髪と、ちょっとだけ細めの瞳に、すっと通った鼻筋――
「あ……、もしかして、ガッガリさせてしまいましたか?」
細い瞳を更に細め、優しい眼差しで私の顔をじっと見つめる。それだけで、無性にドキドキしてしまった。
「ちっ、違います。あのすっごく格好いいのに彼女がいないのが、逆に不思議だなぁっと思ってしまって」
「そんな、格好いいなんて。見掛け倒しの、悪いヤツかもしれませんよ。前の彼女には、優しすぎてイライラすると言われてしまって……案外、頼りないのかもしれません」
寂しそうに苦笑いする克巳さんに、何てバカなことを言ってしまったんだと、激しく後悔した。
「相田さんは、頼りない人じゃないです! 私が仕事でミスしたときも、すぐにフォローして、しっかり支えてくれたじゃないですか。私、優しい男の人が大好きです!」
勢いに任せて言い放ってから、口元を押える。まるで、愛の告白状態だよ――
「ありがとう鈴木さん。何だか無駄に、自信がついてしまったかも。ますますアナタが、手放せなくなりました」
そう言って私の手を握りしめ、柔らかく微笑んだ克巳さんに、胸がきゅんとしちゃった。
そして今――隣にいる克巳さんの笑顔を見て、何となくだけど当時のことを思い出してしまった。幸せって、どこから沸いてくるか、わらないものなだなぁって。
「来月の理子さんの誕生日、プレゼントは何がいいかなって、実は悩んでいるんだ。会社では、ピアスつけていても大丈夫?」
「はい。華美なモノでなければ、大丈夫です」
本当は指輪がいいなんて、ワガママは言えないよね。
「理子さんはショートカットで耳をいつも出しているから、ピアスがとても似合うだろうなと思ってね。それじゃあ、華美じゃないものから選んでみるよ。楽しみにしてて」
「はい、楽しみにしてますね」
克巳さんに向かって満面の笑みで返事をしたというのに、ちょっとだけ顔色を曇らせる。どうしたんだろう?
「付き合ってすぐに、指輪は重いかなと思ったんだ。もう少ししたら、プレゼントするから」
「えっ!?」
どうして指輪が欲しいって、わってしまったんだろう?
「理子さん、どことなく物欲しそうな顔をしていたから、そうなのかなぁと思ったんだけど。違ってた?」
「ええっ!? そんなに顔に出てました? 私ったら、ごめんなさい……」
「いやいや、そういう奥ゆかしいトコも、結構かわいいなぁと思ったんだ。安心して」
俯いた私の頭を、優しく撫でなでする。その手がやけに温かくて、自然と癒されてしまった。
「指輪は、一緒に買いに行こうか」
「はいっ!」
その言葉に思いきって顔をあげ、笑顔で返事をしたときだった。
「リコちゃん、み~つけた!」
まるで、かくれんぼをしているようなかけ声が、唐突に後ろから聞こえてきた。何だろうと思い振り返ると、肩まで伸ばした漆黒の髪を揺らしながら、色の濃いサングラスをかけた男性が、私たちを見ていた。
(こんな人、知らない――でも間違いなく、私の名前を口にしていたよね)
「やっぱカレシ持ちか。魅力的なリコちゃんなら、当然だろうなって思った」
口元に艶っぽい笑みを浮かべ、すっとサングラスを外し、整った顔立ちが露になる。白シャツにジーンズというラフな格好なのに、その場に立っているだけで、目が惹き付けられてしまう存在感。
――どこかで見たような気がする――
「アナタいったい、誰ですか?」
こんなイケメンの知り合い、私の記憶にないワケがない。一度見たら、きっと覚えているはず。
超絶失礼だろうなぁと思いつつ訊ねた私に、見知らぬ男性は魅惑的な瞳を細めて微笑みかけた。
「はじめましてじゃないんだけどね。そーだな、リコちゃんの許婚って言っておこうか」
呆然としている私の左手を強引に掴み、手首に痛みの走るキスをいきなりしてきた、長髪のイケメン。
「ちょっ、何するの!?」
びっくりして手を引っ込め、キスされた手首を確認してみる。そこにはくっきりと、痕が残っていた。
「キスする場所に、深い意味があるのを知ってる? 唇は愛情、首筋は執着、そして手首は何だと思う? カレシさん」
自分の手首をぷらぷらさせながら、克巳さんに向かって質問をする。
「すみません。そういった雑学的知識は、自分はさっぱりなもので」
「答えは欲望だよ。いずれアナタから、リコちゃんを奪っちゃうからさ」
「何を、勝手なこと言ってるの!? 私は克巳さんと別れるつもりはないし、見ず知らずの礼儀のない人と、付き合うワケがないじゃない」
怒りまくってる私を見て、さも可笑しいと言わんばかりに、長い髪を揺らしてクスクス笑い出した。
「その見ず知らずの礼儀のない人から、大事な彼女の手首にキスマークを堂々と付けられて、ぼんやりしてるカレシって、いったい何だろうって、俺は思うけどね」
「……なっ!?」
「せいぜい、しっかり者のリコちゃんに慰めてもらえよ優男」
現れたとき同様にサングラスをかけて、私たちふたりの間を割くように颯爽と通り過ぎて行った、長髪のイケメン。
「克巳さんごめんなさい。何かいきなりの展開で、隙を見せてしまった私が悪いの」
「いや……彼の言う通りだよ。俺がしっかりしていなかったのが悪かったと思う。今度彼が来たら、きちんと話し合うから安心して」
言いながら私を、ぎゅっと抱きしめてくれた克巳さん。大好きな彼に抱きしめられているのに、不安がどうしても拭えなかった。心の奥底では正直、何かが起こるような気がしてならない。