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川崎美浦と川井優奈が友達になって、少し時間が経った頃。
まだ毎日が新鮮で、どこへ行くにも緊張していた美浦だったけれど、優奈と一緒にいる時間は、心の奥があたたかくなる感覚をくれた。
そんなある日、放課後の帰り道。
春の風に髪をなびかせながら、優奈がふいに言った。
「ねえ、美浦ちゃん。旅行、行かない?」
「……え?」
「ゴールデンウィーク、家族と行かないって言ってたよね? 私も家、特に予定ないの。だから、二人でどこか行けたら楽しいかなって」
その言葉に、美浦の胸がふわっと浮き上がるような気持ちになった。
一緒に旅行なんて、想像もしていなかった。
「……行きたい。行ってみたい、優奈ちゃんと」
笑顔で頷く優奈を見て、美浦も自然と笑顔になっていた。
旅行先は、海の見える町に決まった。
お互いに地図やガイドブックを持ち寄って、どこを歩こう、何を食べよう、と作戦会議をした日々もまた楽しかった。
迎えた旅行当日。
朝早くの電車に乗り込み、窓の外を流れる景色をふたりで夢中になって眺めた。
「見て、川だよ!」「あ、カモメ!」
何気ない一言に、思わず笑ってしまったり、笑わせてしまったり。
到着した町は、想像以上に静かで、空が広かった。
駅の近くで焼きたてのパンを買って食べ、海までの道を歩く。
砂浜に出た瞬間、潮の香りがふたりを包んだ。
「海……!」
「ほんとに来たんだね、私たち」
美浦は、波の音を聞きながらそっと目を閉じた。
手をつないで歩いた浜辺。
写真もたくさん撮った。優奈がふざけてポーズを決め、美浦がくすっと笑う。
スマホの中には、小さな宝物が増えていった。
夜は、地元の旅館に宿泊した。
窓を開けると潮風がそっと吹き込み、布団の上で並んで話す夜は、まるで夢の中のようだった。
「ねえ、美浦ちゃん」
「うん?」
「私ね、けっこうひとりの時間も好きだったの。でも、美浦ちゃんと一緒にいると……その時間がもっと好きになる」
その言葉が、美浦の心にじんわり染みた。
自分は誰かと過ごすことが、こんなに嬉しいと思える人間だったんだ、と初めて気づかされた。
帰りの電車では、ふたりとも疲れて少し眠ってしまった。
でも、美浦の心には終始ずっと、ぽかぽかした陽だまりのような感情があった。
この数日間は、ただの旅行じゃない。
ずっと一人でいた自分が、「誰かと過ごす」ことの意味を知った日々だった。
それは、美浦の中で、
「一生忘れない思い出」として静かに刻まれていった
つづく