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ーーあの壮絶な死闘から三日が過ぎた日の事。
“ユキはまだ目を覚まさない……”
アミは長老の屋敷の居間で、眠り続けるユキの頬を撫で続けている。
「ユキ……」
アザミとの死闘で重傷を負った彼の治療は、困難を極めた。身体中に及ぶ無数の裂傷、至る所の骨折。特に腹部の傷は致命的であった。
生きているのが不思議な位の重症であったが、夜摩一族秘伝の傷薬と、アミを含む皆の懸命の看護の甲斐あってユキは一命こそ取り留めたが、未だに意識が戻る事は無かった。
あとは彼自身の“生きたい”という気持ち。
今は生きる屍と同じ事。
アミは殆ど一睡もせず、ユキの傍らに寄り添い続けている。
『早く戻ってきて、ユキ……』
二人だけの居間で、アミは誰にも聞こえる事無く、眠り続けるユキに問い掛ける様に囁いた。
*
ーー私はそっと、ユキの白く小さな手を握る。
あれ程暖かかったユキの手は、まるで氷の様に冷たい。
傷付いて、傷付き過ぎて……。
それでもユキは闘い続けた。
私は何て無力なんだろう……。
ユキの力になる事も出来ない。
ううん、私のせいでユキはこんなにまで傷付いてしまった……。
もう泣き尽くして枯れたと思った涙が、また溢れ出してくる。
一番辛い思いをしたのはユキなのに……。
ごめんね……。
私に出来る事はユキの傍に居続ける事だけ。
こんな事しか出来ないけど。せめてユキが戻ってくるその時まで……。
ずっと傍に居るからね……ユキーー
***
ーー暗い……。
目が醒めたら、辺りは何処までも広がる深淵の闇。
私は死んだのか?
ならば此処は地獄……。
これは私には当然の末路。
何も無い、暗闇だけが広がるこの世界こそ、本当の地獄と呼ぶに相応しいのかもしれない。
立ち上がり、少し歩いてみる。
本当に何も無い。在るのは闇だけ……。
人は死ぬと、天国か地獄に行くと謂われているけど、本当はただ無に還るだけなのかもしれない。
少しだけ不安になる。だけど後悔はしない。
これが私への報いなのだから。
???
何だろう?
何も無い暗闇の中、遠くにうっすらと白い小さな光が見える。
此処はまだ地獄じゃ無いのか?
その光の在る場所まで行ってみようと思う。
鼓動が少し早くなる。
その光が在る先がどんな場所だろうが、きっと何かしらの答があるはずだからーー
※※※※※※※※※※※※※※※※
「……此処は?」
ユキは光の先に在るその場所に足を踏み入れ、その光景に思わず目を見張った。
そこは深く、白い霧に覆われた世界。彼の眼前には壮大な川が流れている。
その川には一際目立つ金銀七宝で作られた橋が架けられており、その下の岸辺には一隻の渡船が停留していた。
「金銀七宝で作られた橋に渡船……」
ユキはその光景に思考を巡らせ、そして理解する。
“では此処は、伝えられている三途の川?”
三途の川とは、此岸(現世)と彼岸(あの世)を分ける境目に在るとされる川。
伝えられていたその光景の事実を確認したユキは、やはり自分が死んだ事を認識する。
しかし彼は不思議な位、冷静に状況を把握する。
「ならばあの渡船に乗って、地獄へ行かねばならない筈ですが……」
ユキは辺りを見回すがーー
「文献で伝えられている、懸衣翁・奪衣婆という老夫婦の姿が見当たりませんね」
十王の配下に位置づけられる懸衣翁・奪衣婆の二人が、死者を渡船に乗せる係員の役目を背負っているが、その姿が何処にも見えないという事は、伝えられている事と実際は多少食い違う事実だという事。
「そもそも六文銭も持ってませんし……」
彼はこの状況に置かれても、その様な事を呟くのだった。
「アナタの思っている通り、此処は三途の川です」
思考しながら立ち竦むユキに、何処からともなく声が聞こえてきた。
ユキは我に返り、その声がした方向へと振り向く。
「ア……アナタは!!」
深い霧から姿を現した人物のその姿に、ユキの瞳は驚愕を以って開かれた。
その人物は美しい迄に整った顔立ちに深い銀色の瞳、さらさらと靡く白銀髪。白い着流しを身に纏い、雪の様な白い肌をしたそれは、ユキをまるでそのまま大人にした様な。
「アナタは……そんな馬鹿な!!」
自分の目の前に立つ人物の姿に、さすがにユキも動揺を隠せない。
“そんな筈は無い!”
常に冷静沈着なユキが驚愕し、狼狽えるのも無理はない。有り得ない人物が目の前に居るのだから。
三年前に死亡したとされる“四死刀”が一人。
ユキの師であり、その前の名の持ち主。
ユキと同じ特異能“無氷”を持つ特異点。
その人物は“四死刀”星霜剣のユキヤその人であった。
「相変わらず冷静な判断力ですが、この程度の事で心揺らぐとはまだまだですね。でも慌てふためくアナタを見れて得した気分です、フフフ」
かつての四死刀ユキヤはそう言い、クスリと笑みを見せる。
「相変わらずですね……」
そう、これは紛れもなく師ユキヤで在る事。人を小馬鹿にする処とか、何一つ変わっていない事。
ユキの性格や口調は、やはり師による影響が大きい。
それに此処はあの世なのだから、死んだ者が居たとしても何も不思議では無い事。
「お久しぶりですユキヤ……いえ師匠」
現世では無いが、師弟であった二人の久々の邂逅。冷静さを取り戻したユキは、かつての師へ頭を下げ、深々と敬礼する。
「アナタが素直に頭を下げるとは珍しい。どんな心境の変化でしょう? フフフ。どちらでも構いませんよ。それに、その名は今やアナタのものなんですから」
対峙する二人のユキヤ。大きいユキヤに小さいユキ。
写し鏡とは違うその奇妙な対比は、不思議な雰囲気を醸し出していた。