ダンジョンもの初投稿!(純粋な)
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「『人類の第二の誕生』は今から丁度十年前の三月四日の事だ。実際には突如として世界に魔力とスキル、ダンジョンの存在が現れただけだがな。当時は不足した資源、発達の余地を失いつつある技術が将来的な社会不安の種として深く人々の頭を悩ませていた。そこに『人類の第二の誕生』と呼ばれる所以がある。この魔力、スキル、ダンジョンについてはお前らのほうがよく知ってる通り、俺たちの生活に取り込まれて新たな技術体系が築かれている。人類の可能性は飛躍的に増加したわけだから第二の誕生と呼ばれたわけだ。分かったか…」
耳にタコができるほど聞いた説明に、いまさらそんな過去への考察の余地を失った事実を告げられたところで何の学びも得られないと生徒達は心の中で総意を示した。蛍光灯の眩しい教室の一角でその男は首を垂れて寝こけていた。時刻は午後二時、昼食を食べ終わった後の最初の授業に寝てしまう生徒は一定数いるもので教師に叱責されるところまでがテンプレートだ。
「おい!雨《あめ》」
「…なんですか先生」
「いくら聞き飽きた説明でも寝ていい理由にはならないぞ」
勘弁してほしい、私とて好きで寝ちゃいない。深夜間ダンジョン周回を時間内に済ませなければならず各所を走り回ってたのだから許してほしい。
「ダンジョン内警備は理由は言い訳にしようと思うなよ。シフト組むのは任意だと聞いてるからな」
「先生!そのシフトへの認識には誤解があります」
「ほう..なんだ」
「シフトは任意でも振り分けられる階層区域の広大さを考慮したら所定の時間内には終わらないので超特急で済ませて朝方帰宅したんです。それに、私と同じ危険度帯の警邏のパートがいないのが問題なんです」
「…哀れには思うが授業中に寝るんじゃないぞ」
私はそう言って教卓へ戻っていく厳しい男性教師の後ろ姿を眺めて内心毒づいた。“少なくともあの時間だけであんたらの月給は超える働きをしてるわ”と。クマのできた目元がしょぼしょぼするが注意された手前、堂々と寝ることすらできなくなった私はやけくそ気味にノートを書き込んでいった。
学校も終われば帰宅してベットインしたかったが、今日のノルマが残っている。睡眠を求める頭をなんとか実務にシフトさせる。ダンジョン外入り口に到着し魔力で作り出した装備を確認すると、一見して小型ブラックホールにしか見えないものの口に入る。
私は今人気のダンジョン配信なるものに興味はない。なぜなら戦闘の邪魔だからだ。撮影機器は丸い金属の浮遊物で撮影者の周囲を飛び回る。それが私のスキルに引っかかり続けるので意識せざるを得なくなり鬱陶しくてしないのだ。そんなダンジョン配信は通常私が潜る階層には降りてこないのだが今日は違うようだ。
「何やってんのあれ」
壁角から匍匐で双眼鏡を覗き、大きな石造りの薄暗い通路にこちらへ走ってくる人影を視認した。見たところ若い女性のようで肩付近にあの憎っくき丸い球体を連れ立って走ってきている。その後方には案の定巨大な虫型や浮遊する魚類のモンスターが押し寄せてきている。
「はあ、これもダンジョン警備員の宿命ですか」
雨の勤めているパートは勤務時間外でもダンジョン内で要救助者を発見した場合、なるべく早く救助することが義務付けられている。雨もそのことを承知しているようで立ち上がると、腰に下げたこげ茶の四角の木箱を開いた。スライド蓋になっているので走っていてもどこかに飛んでいくことはない優れものだ。長方形の桐箱から飛び出たのは無数の針。一つ一つは縫い針ほどの大きさしかない蒼の光を薄くまとったそれらは一度雨の周りを囲み、雨は角から通路に歩き出ると若い女性の後方に向けて手をかざした。
「え?」
「物差し」
雨の一言で水のように膨れ上がって波打っていた針の数々は大波を作り女性を器用に避けてモンスターに殺到して遂にその姿を覆い隠した。針のこすれる音とモンスターの悲痛な悲鳴が間延びして聞こえる中で女性は呆然として、いまだ腰に下げた桐箱から針を供給する雨を見つめていた。
「えっと、お礼言ったほうがいいですか?」
「やめてください、仕事です」
「それじゃあダンジョン警備員?でもここって九十層だったはず。とてもダンジョン庁所属の警備員の方が下りてこられるようなところではないですよね」
こちらへおずおずと近づいてきて話しかけてきた女性。顎に手を当てて考察する同年代らしき女子に私は嘆息してスライド蓋をもとに戻した。針の供給は止まるが、針自体はしっかりとした質量を持ったものなので消えることはない。
「どうでもいいのでカメラ止めてくれません?」
「あ、すいません」
ぶつぶつと何事かつぶやく彼女にそう言って撮影を止めさせる。ああ、めんどくさいことになりそうだ。上層ならまだしも下層中域の撮影をする人は少ない。その分需要もあると聞いた。つまり変に話題が沸くのだ。若く女性で実力もあり、声も透明感があって聞きやすい。加えて顔も整っており後ろに三つ編みで髪を一束にまとめている。
私が知らない人気配信者なのだろう。先ほど走ってきている時も球体に向かって余裕はなかったが話しかけていた。それを承知で私も姿を見せたわけだが合理的な理由はある。球体に向かって身ぶり手ぶりを加えて弁明する彼女はおもむろに球体を背にからった大きなリュックに詰めると私に向き直った。その間も針は通路を埋め尽くしていた。
「えっと…自己紹介します。私は瑞野優《みずのゆう》と言って、ダンジョン配信をやってます。あなたの名前を聞いていいですか?」
「私は小野崎雨《おのざきあめ》。今日は非番ですがダンジョン警備員をやっている者です。今回は下層で大量のモンスターに追われるあなたを発見して要救助者として対応に当たらせていただきました。私の認識に間違いはありませんか?」
ブンブンと胸の前で大仰な手ぶりでそれを否定する瑞野さんに私は一応の確認も含めて状況確認をした。
「滅相もない。ホールに落ちたときは一巻の終わりかと思いましたけど本当に助かりました。あの…それで、恩人の小野崎さんには非常に申し上げにくいのですが」
「分かっています。というか辞めません、このかたっくるしい言葉遣い」
「それもそうですね。じゃあ私はこの口調でしゃべるね」
「私もこっちのほうが断然やりやすい。同年代だからね、仕事じゃなければこっちがいい。それで、動画に私が映ってたんですね」
真剣な口調で話しかけると瑞野さんも姿勢を正してこちらを見つめ、こくりと頷いた。周囲は針の勢いが止まり、時折モンスターのうめき声が聞こえる程度だ。
「慰謝料は『いりません』…そうですか。では何かお礼を『断固拒否します』いえ、でも」
「私の報酬は、時間外業務の一環として残業代が出るので問題ありません」
私は私より背が低い瑞野さんを真顔で見下ろしてそう言うと、通路を歩いて行く。仕事関連の話ならどうしても敬語になってしまう。矯正しないと。…瑞野さんも私と同じみたいだったな。
針に圧力を加えてモンスター共ごと針の壁で押し進めていく。所々赤黒い血が壁や地面、天井まで鮮度よくべったりとついていた。作業はまだまだ始まったばかり、今日のノルマはいつ終わるだろうか。憂鬱になりながらも私は作業を進めていった。
side 瑞野優
暗闇へと消えてしまった小野崎と名乗る青年の後ろ姿を思い出しながら階層を上っていく。顎に手を当てて考える。
下層に潜る探索者は少ない。それは一重に生存率が非常に低くなる故。モンスターの危険度も上がれば下層からの帰還中に襲撃されることもある。様々な要素が重なり挑戦へのハードルが天井知らずな下層に潜るものはハイランナーと呼ばれる。中層中域から上層には基本的にダンジョン警備員がいるが、下層に常在する警備員はいない。長時間の生存が困難、そもそもそんなハイランナーがいない。人材不足であり、何よりも下層のモンスターの素材を売ればわざわざパートで下層に潜る必要もない。
私も下層に入るのは今回が初めてだったけど、モンスターの強さも中層とは桁違いに脅威だった。なんなのよ、物音ひとつで通路の先から弾丸みたいな速さで迫ってくる鳥類とか、地面から急に飛び出して天井壁見境なく壊していく魚とか明らかにレギュレーション違反の特記モンスターでしょ!
考えてても興奮するくらいには衝撃的かつ理不尽な体験に瑞野は顔を真っ赤に腹が立って仕方ないが、思考は平静に進む。行動と思考が乖離するのも探索者としての才能なのかもしれない。
小野崎雨、どこにでもいるような地味で垢抜けなさそうな青年だった。明らかに普段着と思われる黒の長ズボンと半袖シャツで腰に掌サイズの桐箱を下げた男。なのに私が手も足も出なかったモンスター達を圧潰するほどの針を操る人間。私だってわかる、あいつらが単なる物理で抑え込める程あの下層は甘くない。寧ろ物理など効かないも同然だった。
モンスターに現代兵器の銃器や核兵器は効かない。魔力により強化された武器などしか対抗して損傷を与えられないのだ。銃器でも傷自体はつけることができるが数秒で再生してしまう。つまり、有効ではない。魔力による攻撃でも上層から中層、下層のように階層が深くなるたびに効きにくくなる。ナイフ一本、魔力も一の攻撃でも上層なら致命打を与えられるが下層のモンスターには皮の一枚さえ傷つけるのは不可能である。
物理を超越してからの下層って聞いてたけど実際そうだった。視聴者に下層探索者の方がいたから適所適所に行動できたけど、下層の入り口を一時間ぐらい進んで最初に一見鹿にしか見えない奴をやりで突き刺そうとしたら柄ごと一瞬で粉砕されたから焦った。そこから出るわ出るわ、立ち回りをミスすればコマ切りにされてもおかしくない程のモンスター達に追いかけられた。
よく生き残ったと今でもその時の神がかった自分の反射行動に涙を流して感謝する。傍から見れば一人で泣き歩く不審者だが薄暗い通路の中では孤独で誰にも見られることはない。瑞野は唐突に立ち止まるとそれにしても、と呟いた。
下層探索者《ハイランナー》は化け物の集まり、そして異常者が多い。もしも雨にも異常性があるなら見てみたい、と縁起でもないことを口にする瑞野は自身の配信に映った雨の影響を失念していた。
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