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三日間の沈黙
メッセージは、来ていた。
三通。三人からのメッセージ。
気づいたのは、
仕事が終わり、
ロッカーでスマートフォンを見たときだった。
通知に並ぶ名前。
本来なら、まだ知らないはずの名前。
その中のひとりが、菜月だった。
一瞬、
指が止まる。
開きたい。
でも、開けない。
このアプリでは、
男はすぐに言葉を返せない。
返信には、
金が必要だった。
馬鹿みたいな仕組みだと思う。
言葉に値段がつくなんて。
それでも、
それが現実だった。
帰りの車内。
信号待ちの赤色に捕まるたび、
画面を開いては閉じる。
メッセージの全文は、
まだ見ていない。
見てしまったら、
引き返せない気がしたから。
他のやり取りなら、
ここで終わっていた。
課金してまで、
返す理由なんてない。
そう思うのに、
なぜか、
そのままにできなかった。
一日目。
工場の音に、
いつもより救われた。
考えなくていい。
手を動かしていれば、
時間は勝手に過ぎていく。
それでも、
休憩中に、
無意識にスマートフォンを見る。
菜月からの通知は、
増えていない。
他のふたりも同じだった。
それが、
少しだけ気になった。
二日目。
アルバイトを終え、
夜のコンビニに立ち寄る。
缶コーヒーとタバコを手に取り、
ふと、値段を見る。
千円弱。
この金額で、
言葉を返せる。
そう思った瞬間、
胸の奥が、
妙にざわついた。
たったそれだけで、
何かが始まるかもしれない。
その考えが、
少し怖かった。
三日目。
菜月からのメッセージを、
ようやく開いた。
短い文章だった。
飾りもなく、
探るような言葉もない。
ただ、
静かだった。
それが、
妙に胸に残った。
急かされていない。
試されてもいない。
それなのに、
この沈黙が、
自分の意思で続いていたことが、
はっきりした。
返さない、という選択。
返す、という選択。
どちらも、
僕が選べる。
だからこそ、
重かった。
課金画面を、
しばらく見つめる。
これを払えば、
僕は彼女に、
言葉を返せる。
言葉を返すということは、
関わるということだ。
踏み込む、ということだ。
守っているふりをしてきたものを、
少しだけ、
手放すということだ。
それでも。
僕は、
支払いを済ませた。
理由は、
まだ言葉にならない。
ただ、
このまま何も返さないのは、
僕じゃない気がした。
スマートフォンを握りしめ、
深く息を吐く。
たぶん、
ほんの少しだけ、
笑っていたと思う。
何かが始まる。
そんな気がして。
でも、
まだ何も始まっていない。
それでも、
もう戻れない場所が、
確かに一つ、
増えた気がした。