テラーノベル
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激しい雨が、渋谷のスクランブル交差点を白く煙らせていた
「最悪……っ」
高校2年生の星野ひまりは、ちぎれかけたビニール傘を握りしめ、濡れた前髪をかきあげた。学校では地味で目立たず、いつも教室の隅で読書をしているような、いわゆる「モブ」の女子高生。それがひまりだった。今日だって、クラスの目立つグループの女子から買い出しを押し付けられ、こんな豪雨の中を歩かされている。
(どうして私ばっかり、いつもこんな目に遭うんだろう……)
自分の意見を言えず、いつもヘラヘラと笑って誤魔化してしまう自分が大嫌いだった。変わりたい。でも、どうやって?そんな時、目の前の大型ビルの1階から、華やかな音楽と、熱気混じりの人だかりが溢れているのが見えた。
『大手芸能事務所・シャイニングプロモーション主催 次世代ガールズグループ・オーディション「NEXT GEAR」当日消印有効・飛び込み参加可能!』
きらびやかな看板が、雨の中で眩しく輝いている。吸い寄せられるように、ひまりはビルのロビーへと足を踏み入れた。ロビーには、ひまりと同年代の、信じられないほど可愛い女の子たちが溢れかえっていた。誰もが完璧なメイクを施し、引き締まった体型がわかるレッスン着を着ている。対するひまりは、濡れた制服に、泥の跳ねたローファー。
「……場違い、だよね」
恥ずかしくなって引き返そうとした、その時だった。
「おい、そこの君!」
鋭い声に呼び止められた。振り返ると、インカムをつけたスーツ姿の女性スタッフが、厳しい目でひまりを睨みつけていた。「もう最終グループの受付締め切るわよ! 番号札これ、早く3次審査室に入って!」「え? あ、あの、私は――」
「言い訳はいいから動く!」
背中を強く押され、ひまりは断る間もなく、巨大なスタジオへと押し込まれてしまった。スタジオの奥には、長机に座った5人の審査員たちが並んでいる。その中央に座る男の、冷徹な眼光と目が合った。業界で知らない者はいない、鬼才プロデューサーの黒崎だ。
「……それが最後の志願者か。ずいぶん汚い格好だな」
黒崎の言葉に、他の審査員たちから失笑が漏れる。ひまりの心臓が、早鐘のように鳴り響いた。頭が真っ白になる。
「名前とエントリーナンバーは?」
「ほ、星野ひまり、です……。番号は、405番、です」
声が震える。今すぐ逃げ出したい。けれど、黒崎はひまりの「足元」をじっと見つめていた。
「星野。君のローファー、ずいぶんボロボロだな。何をしていた?」
「学校の、用事で……買い出しに……」 「そうか。ダンスの経験は?」
「ない、です。全く……」
審査員の一人が、手元の資料にバツ印をつけるのが見えた。「帰っていいよ」という言葉が、誰の口から飛び出すか、ひまりは身構えた。しかし、黒崎はフッと口元を吊り上げた。
「経験ゼロ、衣装は濡れた制服。だが……面白いな。その怯えきった瞳の奥に、強い『劣等感』と『執着』が見える」
黒崎は立ち上がり、スタジオのスピーカーを指差した。
「星野ひまり。今から流す音楽に合わせて、自由に動いてみろ。上手く踊ろうとするな。君の中にある、その泥臭い感情をぶつけてみろ」
重低音のビートが、スタジオの床を揺らした。激しく、情熱的なアップテンポの曲。(どうしよう、踊り方なんて分からない……!)
でも、ひまりの頭の中に、さっきまでの雨の冷たさや、学校での理不尽な扱い、自分を笑った審査員たちの顔がフラッシュバックした。
――このまま、何も残せずに終わるの?
「……嫌だ!」
ひまりは叫ぶように呟くと、濡れたローファーで床を強く蹴った。ダンスとは呼べない、泥臭いステップ。しかし、長い髪を振り乱し、必死に四肢を伸ばしてリズムに食らいつくその姿には、部屋にいる誰もが目を離せない「異様な迫力」があった。制服のスカートがひるがえり、飛び散る雨の滴が、スタジオの照明を反射してキラキラと輝く。ただ必死に、自分を変えたいという衝動だけで、ひまりは踊りきった。曲が終わる。ひまりは激しく肩を上下させながら、床に膝をついた。スタジオは、水を打ったように静まり返っていた。黒崎はしばらく無言でひまりを見つめていたが、やがて手元のマイクのスイッチを入れた。 「合格だ。星野ひまり、君は1次審査を通過した」ひまりの、長い戦いが幕を開けた瞬間だった。
コメント
3件
わあ、第1話からすごい熱量のエピソードでしたね…! 雨の渋谷、濡れた制服、飛び込みオーディションという非現実的な状況なのに、ひまりの「自分を変えたい」という気持ちが痛いほど伝わってきて、一気に引き込まれました。特に黒崎が「経験ゼロ」のひまりの泥臭い執着を見抜くシーン、ゾクッとしました。ダンス未経験で必死に食らいつく姿に、これからどう化けるのかワクワク。続きが気になります!