テラーノベル
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「・・・」言葉も出ない。手も出ない。足も出ない。残念。
「心配するな襲ったりしない」反応しないで。
「そう言う心配じゃないっ」本当に襲うなよっ責任持てんっ。
「朝早いんだろ。早く寝たら」
「いちいちむかつくっ…もう勝手にして下さいっ」
「うぬ、そうする」
男は一揃えしかない布団をエロスに貸して自分は寝袋に潜り込んだ。寝相の悪いエロスに悩殺されて悶々と眠れない朝を迎えた真っ黒な天井が妄想の映写幕になって一向に寝付けなかった。
「おはよ…名前まだ聞いてなかった」
覗き込むエロスの顔に男はぎくんと跳ね起きた。思わず男も返事をした。両手でそこを押さえては誤摩化す外ない。
「ぼ僕は桜井です」なんて図々しい…絶対彼女にしたくないやつだ。
「ご飯食べる?」朝陽がすっかりエロスの背を囲んで眩しい。
「って勝手に人の台所で」・・・作ってくれたんだ。
「美味いよ」
目の前に出されたのは野菜スープ。見た目は判然と悪い。咽を通るか心配な程刺戟に満ちている。たぷたぷ…スプーンですくって桜井は恐る恐る口に運んだ。
「ん…美味い」意外な美味に驚きを覚えた。結局桜井は飽くまで何度もおかわりをした。一人暮らしには心に沁みる味わいだった。
「今日はどっか行くの」
「9時からオーディションがあるんです」
「ミスコンみたいなのかな。昔やったなぁ…それでベラの嫉妬をかったんだ。実際は馬車レースもあって大変だった」
「馬車レース?」ギリシャ神話みたいな事を言うやつだな。
「ところで何のバトルなの」
「歌です。そのぉ歌手になれたらいいなっていうか…」
「歌?歌えるのぉ…ふーん…意外」
「むかっな何だよっまだ何も聴いてないのにっ」
「このギター弾けるの?」
「ああっ」そうだよっ。弾けなくて有るのか。
「弾けよ。聴いてやる」
「・・・」こいつ絶対かわゆくないっ。じゃないっ。可愛い…。
桜井はエロスに何を言っても無駄だと諦めたか胡座をかいてギターをケースから取り出した。
緩んだ弦を軽く確かめた。常日頃しっかりメンテナンスされているようでそれ限り調弦は必要としなかった。
煩わしい遠く近いドップラーの音に暫し耳を塞いで雑然い部屋に眼を塞いで心を静かに眺めて弦に爪を立てた。桜井が歌いだすと四辺は深閑として空気が透明になった。
がさつな風貌とは裏腹にその声は空に届きそうな程高く澄んでエロスの心を震わせた。エロスは遠くを眺めるように瞼を閉じて最後まで静かに聴いていた。
嵐の夜に
嵐の夜に君は闘っていた
弱いもう一人の自分と向き合って
思い通りにいかない事ばかりでも
君は諦めなかった
飛行機雲が大きな空を渡るように
烈しい風に立ち向かって
真っ直ぐな白い雲を
澄んだ青空に刻み付けるように
僕は精一杯のことをしたのだと言えるように
嵐の夜に僕は闘っていた
弱いもう独りの自分と向き合って
思い通りにいかない事ばかりでも
僕は諦めなかった
「あの、どうですか?」少し自信なげに桜井が訪ねた。
「・・・」しーん、暫し沈黙するエロス。
「何とか言ってください」自尊心が傷つきそうだ。
「うぬっ…何を…眠ってた」冗談。冗談。冗談。
「調子狂うな」ぐさり。
「ごめん。好きだよこの歌」
「ほんと」朝から気分がいいな。自尊心も回復。礼を言おう。
「あっ時間がないっ急がないとっ」幸先いいぞっ。うきうき。
「行ってらっしゃい」がんばれよ。本当にな。本当に。
「い行って来ます」桜井は大急ぎで駅に向った。
腕時計を気にして余所見した瞬間…。
「ずぼっ」見事に嵌った。
運悪く桜井は工事中のマンホールの穴に落下。まるで漫画のような結末である。当然オーディションには間に合わず。夕刻、足にギプスを巻いて松葉杖で帰路に着いた。
「ただいま」しーん…鍵の開いたドアの内、静まり返る部屋。
「あいつ出てったのか…掃除してくれたんだ」
桜井は楽譜を握りしめて溜め息をついた。心は萎えて力も入らない。俄か呼鈴がピンポン。
ドアを開けるとエロスが立っている。
「服返しに来た」それはわかってるけど…裸足なのが不思議なやつ。
「その格好…値札が付いてるけど買ったんですか」
「うぬ…これも返す」エロスは何の悪びれた気色もなく満面の笑顔で空虚の豚の貯金箱を差し出した。
「あっぼぼ僕の貯金箱っどうやって開けたんだっ」
「助かった。ありがと、にまっ」エロスは笑顔で鍵を見せた。
「じゃなくってっ」その鍵…確かずっと以前に無くした筈なのに。
「どう似合ってる?」くるくる回って見せた。
「確かに…かわゆい」薄手のワンピースが朝日に透けて眩かった。
「よく言われる」
「・・・」固まる桜井。やっぱり僕は好きになれない。日本人にはこんな自信過剰の女はいない、大和撫子たるものやはり楚々として奥ゆかしい女性を僕は求めるのだ、そんな事を頭で巡らしていると、エロスは桜井の思考など何もかも見透かした目をして口をぽかんと空いて呆れ果てた。
実際、他人の心など読めるものか、桜井は何もかも顔に出るタイプだったのだ。
「ところで落ちたろ残念だったな」その様子を見たら誰でも判る。
「がっくんっ」桜井は忘れかけていた絶望を思い出して追加して撃ちひしがれる。期待が外れた時は誰しもそうなるように光を失う。
「最後のチャンスだったのに。嗚呼っ僕の人生は終わりだぁっ昨夜は眠れなくて寝不足だったんだそれで不注意で…」言い訳か。
「自分の所為?」それは悪かった。エロスは素直に思った。
「おお墜ちたのは僕自身の不注意だけど…骨折までするなんて」
「マンホールに堕ちてたね」
「見てたのかっ」普通は助けるだろっ。
友達なら羽交い締めにしていじめてやるのに…。憎めないのが憎たらしいやつっ。
「急いでたからごめん発信器がベラの信号をキャッチしたんだけどまた取り逃がした。今度こそコロセルと思ったのに」
「コロす?発信器?」なんて物騒な。スパイかこいつ…。
「うぬ…別に」沈黙。
「い言いかけて黙るな…殺すって君暗殺でもするんですか」
「言ってもわかんないだろ」
「いちいちむかつく奴ですね」なんか不安になるな。
「あいつは人間じゃない。虫なんだ」
「なんだ虫か。殺虫剤でも借りますか」
「人間の姿してるから効かない」
「余計不安になります」おお願いだから殺人だけはやめてくれ。
「その不安要素がベラなんだ。地球は元々天国だったのに…ドッグが不良品こさえるまではね。地球の粘度で作ったんだけど」
「不良品って?」粘土ってね、彫刻家か何かですか。
エロスは無言で桜井を真っ直ぐ指差した。
「人間って言いたいのかっ」一応理解できますが・・・。
「ううぬ男だよ」
「き君何者だっ神様みたいなこといわないでください」本当に呆。
「男以外のものは全て完璧だのに…不良品が地球を壊して地獄にしてるんだろ」
そ言えば古代琉球の伝説によると♂はソーキブニーが一本足りないって聞いたな、その所為か?部品不足なのか?
「・・・」反論出来ない。反論できない。反論できない。
「今だって世界の何処かで戦争だろ大抵戦争を起こすのは♂だ」
「蟻や動物の世界でも争いはある弱肉強食も生態系の範疇です」
「でも虫や動物は無意味な殺戮や自然破壊はしないだろ」
「でも事の始まりってのは♀です。争いの起源てのはミスコンだったと思いますが…ほらギリシャ神話にある。女の嫉妬が諸悪の根源ではなかったですか」桜井は意外博識がある。
「それも元々♂が♀に容貌を求めるからだ。やっぱり♂が悪い」
「それもそうかも知れませんが」本当にそう思う。
桜井はふと、「玄関先で立ち話も何だから中に入りますか?」声をかけた。
「うぬっ」その言葉を待っていたかの様にかって知ったる我が家とエロスは部屋に上がり込んだ。招き入れてくれてありがとう。
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さこ吉
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