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#ワンナイトラブ
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初頭効果。
心理学で言う 『人は見た目が何割』だとか 『第一印象は一瞬で決まる』だとか。 大学の就活セミナーにやって来た講師はそんな事を長々と語っていた。
昔から、人の目を気にして生きてきた。その上で 私には必要のない言葉だと、慢心していた。
それが私の油断。
「泣きながら起きちゃった」
自分でもそれが信じられなくて、思わず声に出した。 スマホのアラーム音がけたたましく鳴り響く。
滲んだ世界、揺れる天井。 拘束されて窮屈で、身体は異様に動かしにくい。
………どこだっけ、ここ。
カーテンの隙間から差し込む光は細々としているのに、溶かすように隅々までを滑らかに照らしている。
見知らぬ部屋、見覚えがある旅行用のバッグ、寝袋に包まれた私。
すっごい嫌なことがあったのに、なんだか幸せな夢を見た気がする。
苦いブラックコーヒー飲んだつもりが甘いホットチョコレートだった、舌と脳が誤作動を起こしてビックリするけど嬉しい誤算。そんな夢。
うっとりと目を閉じようとして、スヌーズと化したアラーム音は蜜に浸ろうとする脳を醒ましてくれた。
…………そうだ、常葉くん!!
「っ!?」
強引に体を動かしたのでゴン、と額をフローリングに打ち付けるも、なんとか袋から脱出する。
「あ、あの!!」
カウンターキッチンのスツールに腰かけるその姿を見た瞬間、どうしてか胸の奥の閊えがすっと落ちる。
夢じゃ……なかった。
「どうしたんですか?」
「い、いえ……なにも」
ちら、と、既に起床後時間が経過しているだろうその姿を確認すると目覚めたばかりの心臓は一瞬で大騒ぎをする。
すごい、常葉くんは朝から常葉くんだよ。
どのスーツが好きか選手権で、ダントツで人気だっていうグレーのスーツ姿の常葉くんだよ。本当恐ろしいくらい似合ってるよ。
少し伸びたチョコレート色のパーマヘアーを片方だけ耳にかけているから、甘い目元のさきにちょん、と存在感を示す涙黒子が良く見えて、それが凄く色っぽくて、イケメン耐性の弱い私には朝から刺激が強過ぎる。
二日酔いも凄いけどなんだか晴れやかな気持ちになるって、この人は顔面だけで世界を平和に出来るんじゃないかな。
「すごい音してましたよ」
見蕩れる私とは正反対に、マグカップ片手にタブレット端末を操作する常葉くんは、興味無さそうな無機質な声だ。
「あぁ、えっと、床におでこぶつけて」
「どうしてそうなるんですか。運動神経鈍いとか?」
「いえ、陸上してましたので体力には自信があります」
「あぁ、分かった。足は速いのに球技が苦手なタイプか」
朝からすでに冴え渡る彼は、私の能力をサラりと言い当てる。しかし、反論は良い香りで打ち消された。
カウンターに置かれたバスケットには、クロワッサンがあった。どこまでもお洒落な人だこと。
「……食べます?」
「良いんですか!?」
「どうぞ。コーヒーもご自由に」
「コーヒー苦手なんで、平気です」
「あー、ミルクティーならカプセルが残ってたような」
「ミルクティーは、飲みたいかもです……」
常葉くんはそう言うと探すついでに食器の場所とコーヒーメーカーの使い方も教えてくれた。
朝から顔面拝ませて貰えるだけで眼福なのに、朝食まで貰えるとは思ってもいなかった。
捨てる神あれば拾う神ありってやつだ。
「拝むのやめてくれませんか?そろそろ気持ち悪い」
「すみません、無意識でした」
「それ余計にタチ悪いんで」
「実家以外で久しぶりに素で居れるんで、かなり羽根伸びてるかもです」
三つあるスツールのうちの一つに腰掛け、クロワッサンの気持ちのいい食感とミルクティーの優しい甘さを堪能する。