テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
重い鉄扉を蹴破るようにして開けると
そこには椅子に縛り付けられ、もはや人間としての形を失いかけている久保田がいた。
かつて法と理屈を武器に他人を蹂躙していた
あの完璧なスリーピースのスーツは見る影もなく破れ、泥と乾きかけた血がこびりついている。
端正だった顔面は紫色の痣で膨れ上がり、片方の眼球は完全に塞がっていた。
「……たっ、助け…て……く、れ……」
久保田が、欠けた歯の隙間から漏れる空気の抜けたような声で、無様に命乞いをする。
その足元には、恐怖で失禁した跡が広がっていた。
俺はその前に立ち、感情を削ぎ落とした眼差しで見下ろした。
「久保田。俺は極道だ。法の裁きなんて生ぬるいもんは信じちゃいねえ。拓海が味わった孤独、底なしの恐怖……その百分の一でもいい、今ここで歯ァ食いしばって味わえ」
「待ってくれ! 全部……全部話す! 中臣代議士との癒着の証拠も、裏金の隠し場所も…!!」
俺は久保田の髪を乱暴に掴み、強制的に顔を上げさせた。
首の骨が鳴るような音がしたが、構うことはない。
「場所は何処だ。吐け」
「…くっ…『黒い犬』だ。拓海が、そう呼んでいた場所……」
その言葉を聞いた瞬間
俺の心臓が不規則に、そして激しく跳ねた。
『黒い犬』。
忘れるはずもない。
そこは、俺と拓海が初めて出会った場所の名前だ。
二十年前
土砂降りの雨が、すべてを洗い流そうとする路地裏。
段ボールの陰で、寒さと空腹に震えていた少年がいた。
親に捨てられ、社会に無視され、ただ死を待つ捨て犬のような目をした拓海を、俺が拾い上げた。
あの場所には、錆びついた古いコインロッカーが並んでいる。
あいつは、自分たちの原点であり、唯一の救いだったあの場所に、命懸けの「真実」を託したのか。
◆◇◆◇
「志摩、場所が分かったぞ」
勢いよく部屋に戻り、志摩に告げる。
だが、返ってきたのは吉報を喜ぶ声ではなかった。
志摩の表情は凍りついたように硬く、手元の端末を見つめる指が細かく震えている。
「一足遅かったか……。黒嵜、監視カメラのネットワークをハッキングされた。俺たちの潜伏先が完全に割れた」
志摩が言葉を吐き捨てた直後
静寂を切り裂くように、建物の外で激しいタイヤの摩擦音が連続して響いた。
一台や二台ではない。
巨大な獣が獲物を囲い込むような、重厚で威圧的なエンジン音が倉庫を包囲していく。
「松田か……。しぶとい野郎だ」
「いや、今度は榊原組の精鋭だけじゃない。おそらく中臣が差し向けた、裏の仕事専門の『公的な暗殺者』だ。軍隊並みの装備だぞ」
俺は久保田の襟元を離し、ゴミのように床に放り捨てた。
志摩から投げ渡された予備の銃を受け取り、弾倉の装填を確認する。
カチリ、という冷たい金属音が腹に響く。
まだ、あいつのガキの顔も見てねえ。
拓海が遺した新しい命に、一度も挨拶してねえんだ。
こんなゴミ溜めみたいな場所で、くたばるわけにはいかねえ。
「久保田、お前はここで黙って見てろ。お前のような奴らが築き上げた、綺麗事の『システム』が、どうやって壊れていくかをな」
俺はドアの隙間から、外に広がる夜闇を睨みつけた。
無数の赤いレーザーサイトが、網膜を焼くように不気味に倉庫内を這い回っている。
包囲網はすでに完成していた。
「志摩。死ぬ準備でも出来てるのか?」
俺が低く尋ねると、志摩は不敵な笑みを浮かべ、キーボードから手を離して銃を構えた。
「バカ言うな。俺もお前と同じだ。あいつらを刑務所にぶち込んで、この世の正義ってやつを証明するまでは、地獄の門番でも殴り倒して戻ってやるさ」
「違えねえ」
俺は短く笑い、最初の一発を闇に向けて放った。
鼓膜を突き破るような銃声。
それが、終わりへと向かう新たな地獄の幕開けだった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!