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翌日。 晴れて迎えた本祭りの当日は、先にひかえた一週間という長丁場を感じさせないほどパワフルなものだった。
たくさんの花々をあしらった大きな山車(だし)が町中を練り歩き、玄人はだしの音楽隊が通りを颯爽と行進する。
町いちばんの美女を乗せたフロート車が人々の関心を誘い、個性豊かな着ぐるみの行列が子どもたちを大いに沸かせた。
そんな賑わいの中へ身を投じた一行も、本日はいたって気楽なものである。
感興のおもむくままにご当地を巡り、買い物をしたりパレードを眺めたりと、イベント初日の活気を肌で感じながら、これを心ゆくまで楽しんだ。
リースについては言うまでもなく。 何かと頑(かたく)なな虎石の表情にも、とくに不服の気(け)は見て取れなかった。
明けて、大会当日。
宿の食堂でそろって朝食を済ませた頃、役場の遣いを名乗る男性がやって来た。
この仕事はもう長いのか、年若いながらもそれらしい揉み手が妙に板についている。
会場まで案内してくれるとの事だが、出場すると明言した覚えのない葛葉はわずかに口を曲げた。
一方で、宮仕えの苦労を知る虎石は、意外にもこれにおとなしく従った。
「こちらには、長くご逗留を?」
「えぇ。 できれば、お祭りの期間中は」
道すがら、先方が積極的に話題を提示してくれたお陰で、余計な緊張を覚えずに済んだ。
神経質とは無縁の葛葉であるが、観衆の前で演目をこなす度量というのはまた別口だろう。
もっとも、実妹と違って格段の人見知りという訳ではない。
「それはいいですね。 これからお店も増えていきますよ? 一段と」
「まだ増える! 今よりもっと!?」
「えぇ。 どうぞ楽しんでってください」
リースの歓声を一身に浴びた男性は、得意げに表情をゆるめた。
祭りも二日目に入り、街中はますます賑わしく沸き立っている。
「けどよ……」
それらを横目に流した虎石が、内緒話など持ちかけるように 声をひそめて言った。
「その大会、実際どうなんだい?」
「はぁ……、と言うと?」
「だから、御遣」
万全を期して秘匿したはずの物事が、何かの拍子に明るみに出るのは世の常だ。
いかに箝口令(かんこうれい)を敷こうとも、ひとたび弾みを得ようものなら際限なく口の端にのぼる。
「例の話、絶対どっかから洩れてるよね?」
各地の大会を荒らしてまわる腕っこきの御遣が、今回はこの町の この大会に出場する。
それを承知で我こそはと名乗りを上げる命知らずが、果たして何名までいることか。
「それはご心配なく。 手配は万全ですので」
「ほぉ、手配……」
先方の自信に満ちた態度に、何やら不穏なものを感じた。
しかし深追いする間もなく、饒舌な彼は差し障りのない話題を次々と繰り広げた。
これを途中で挫(くじ)いても良かったのだけど、葛葉には目下の気掛かりがある。
「なぁなぁ虎石っさん、マジで出るつもり?」
「しつけえなてめえは」
一昨日から、こうしたやり取りはもう何度目になるか。
たしかに、実のおかんじゃあるまいし、あまりしつこく言うのも如何(いかが)なものかと思う。
それに、恐らく彼の決意は口出しでどうこうなるようなものでも無い。
ここまで来れば、最終確認の意味合いが強かった。
「それに、たぶんそいつは組織とは関係ねえよ」
虎石の口から思わぬ言葉が出た。
寝耳に水の心持ちで聞き直す。
「それは、ソロってこと?」
「ソロ……、まぁそうなるな」
「そういう事はよくあるの? 連中は組織的なあれじゃ」
「みんながみんな組織に下ってるワケじゃねえよ」
これは新情報だ。 かの爺さまは“ある一念のもとに──”と表したが、その一念とやらが無くとも不思議な力を得ることはできるのか。
いよいよ連中の在りかたに興味が湧いたが、今は目先の一件に集中しよう。
「ぶっ潰してやんぜ、今度こそ。 ゴーホー的にな?」
こちらを見ずに唱えた虎石が、手のひらに拳をギュッと押し当てる仕草をして、盛んな意気をにじませた。
しかし、それはあの折りの類まれな殺気とは似ても似つかず。 言うなれば公平な競技精神に似合わしいものだった。
自然と買い言葉も軽妙になる。
「お? いいね、またぞろヒィヒィ言わしてやるよ」
心持ちとしては、当面の気掛かりがひとつ解消されたような具合だが、もちろん安心するには早い。
ともあれ、考えても仕様のないことは、手放しで捨て置くくらいがちょうど良い。
綿密に企てて事に臨むのもいいが、行きあたりばったりで挑む事柄のほうが、何かと利を得やすいのは世の常だ。
そうする内、前方に居並ぶ家々の向こうに、巨大なアリーナの陸屋根が、入道雲のように見え始めた。
「え……、あれ? あれです?」
「はい。 あちらが会場となります」
近付くにつれて全容を現したそれは、まさしく圧巻の一言に尽きるものだった。
木材を多用した外観は、まるで由緒の明るい大社の社殿かと見紛うばかりに荘厳で、その図抜けたスケールは天まで届く巨大樹の幹を彷彿とさせた。
「ここ? 本当に、ここですか?」
「はい。 こちらで」
「や、本当に?」
「しつけぇよテメーは」
「いや、だってさぁ……?」
会場の周辺には、当日券を求める群衆が列をなし、内部から怒号のような喧騒がゴウゴウと及んでくる。
「それでは、お二方はこちらに」
案内役を終えた男性が、近場のスタッフにバトンを渡した。
こちらは黄色いジャンパーを身につけた若者であるが、その顔面がどことなく引き攣(つ)っているように見える。
「アダムズ様はこちらに。 観覧席のほうへご案内いたします」
「はーい! 二人とも頑張ってね! 応援してるよ!」
色よい声援を残し、リースがすたすたと駆けてゆく。
できるものなら自分も後に続きたい。 そんな風に腰を弱める葛葉だが、町長の頼みを引き受けた手前、ここで投げ出すのも気が悪い。
何より、やはり御遣の件が気に掛かる。
それにしても
「虎石っさん、気ぃつけなよ?」
「あん? あぁ……」
遠目にも感じたが、いざ現地に着いてみるとやけに人の数が多い。
広々としたエントランスはいまだに大勢のギャラリーを吸い込み続けており、内部も各所に黒山の人だかりができていた。
違和感と言えば、辺りにいるスタッフの様子もどこか変だ。
客の整理をしたり物販の準備をしたり、各自の持ち場にあたる彼らだが、事あるごとにチラチラとさりげない視線を寄越(よこ)してくる。
まるで怖いものを見るような、あるいは物珍しいものに触れるような。
「ん、なに?」
肩先をちょんちょんとやる虎石に応じ、隣を見る。
あきれ顔の彼が指差す方向に目をやって、思わず葛葉は頓狂な声を上げた。
あの町長やりやがった。
“御遣VS御遣”
そんな愚にもつかないキャッチフレーズをあしらった広告が、あちこちに憚(はばか)りなく貼り出されていた。