「今夜、香津美にもきちんと話すから――――」
聖壱さんにそう言われて、私はいつもの仕事に戻る。時々私に仕事を教えてくれる沖名さんにも挨拶をして、デスクの上に置かれた書類を確認する。
一枚一枚に目を通しながらも、聖壱さんの言っていた『身内のゴタゴタにお前を巻き込みたくなかった』という言葉が何度も繰り返された。
彼が私を守りたいと思ってくれてることは、とても嬉しい。だけど私はそんな風に守られてるばかりでなく、聖壱さんの力になりたい。
今夜、聖壱さんからどんな話を聞かされるのかが気になってしまう。ああ、早く今日の仕事が終わればいいのに。
仕事を終えて聖壱さんより先に帰ると、急いで着替えてから晩御飯の準備。
聖壱さんは食事や掃除などは使用人を雇ってやってもらおう、と私に言ってくれたのだけど私が断ったの。下手な私の料理でも美味しいと言って笑ってくれる聖壱さんを見たいから。
出来た食事をテーブルに並べて時計見ると、聖壱さんが帰ってくるまでもう少し時間がある。私は彼が帰ってくる前にお風呂を済ませておくことにした。
私がお風呂からあがって、しばらくするとインターフォンの鳴る音がした。私は聖壱さんが帰って来たのだと思い急いで玄関に向かう。
私はドアスコープで外を確認することもせず、聖壱さんが帰って来たのだと疑いもしないで玄関の扉を開けた。だけど、そこに立っていたのは――――
「柚瑠木さん……どうしてここに?」
聖壱さんとばかり思って開いたドアの向こうに立っていたのは、聖壱さんの幼馴染で仕事仲間の二階堂 柚瑠木さん。
「こんばんわ、香津美さん。今日は聖壱に呼ばれてここに来たんです」
彼は前会った時と変わらない無表情で私に挨拶をした。柚瑠木さんの氷のように冷たい瞳に見つめられるのは、少しだけ怖い。
「聖壱さんが……?」
柚瑠木さんの言葉を聞いて驚いた。どうして? 今日は私たち二人で大切な話をするんじゃなかったの? 何故聖壱さんが柚瑠木さんをここに呼んだのかが分からない。
「ええ。彼、貴女に全てを話すつもりなんですね……正直、僕は驚きました」
柚瑠木さんの言う全てというのは、きっと聖壱さんの身内のゴタゴタの事でしょうね。でもその事と柚瑠木さんと何か関係があるのかしら?
「驚くって……どうしてですか?」
私と聖壱さんは夫婦なのよ?夫が妻に隠していたことを話す事がそんなに驚くような事かしら? それも、こんなに冷静沈着そうな柚瑠木さんが?
「聖壱はこの結婚を、きちんと契約だと割り切れていると思っていました。少なくとも今までの彼はそういう男でしたから。だから僕達は――――」
「柚瑠木、香津美に余計なことまで話さなくていい」
「聖壱さん!」
いつの間にか柚瑠木さんのすぐ後ろに聖壱さんが立っていたの。さして驚いた様子も見せない柚瑠木さんの肩に手を置くと聖壱さんは言った。
「これからきちんと香津美に話すんだから、余計な事を言って混乱させるな」
「……そうですか。それよりおそかったですね、聖壱。人を呼び出しておいて自分は遅刻ですか?」
柚瑠木さんは腕時計を聖壱さんに見せてそう言った。ああ、柚瑠木さんって見た目通り時間に細かい人だったみたいね。
「遅刻ってたった四分だろ? いいから中に入れって、ここで話すと迷惑だ」
柚瑠木さんにはソファーに座ってもらい、私は全員分のお茶を入れて自分の席へ。聖壱さんは私たちの間の椅子に座っている。
「柚瑠木、月菜さんは連れて来なくてよかったのか?」
ああ、確か柚柚木さんの奥さんになる女性の事よね。その女性もこの話に何か関係があるのかしら? そう思ったけれど、柚瑠木さんは……
「いえ、僕は月菜さんには何も話すつもりはありませんから」
と、首を振るだけだった。私は柚瑠木さん達の事も気になるけれど、今は聖壱さんが話始めるのを待つことにした。
「じゃあ……そろそろ始めるぞ?」
そう言うと聖壱さんは椅子から立ち上がり、自分の身内の件についてゆっくりと話を始めた。
「まず香津美、お前は俺の親父がSAYAMAカンパニーの社長だという事は知っているよな?」
「馬鹿にしているの? 聖壱さんのこともご両親の事も、私は結婚前にちゃんと調べて覚えているわ」
当たり前の事を聞かないでもらいたいわね、いくら私でもそこまで夫にことに興味のない妻じゃないわ。でもそんな文句をいちいち言っていたら話が進まなくなりそうなので、ぐっと我慢したの。
「それならばいい。じゃあこれも知っているとは思うが、俺の会社とSAYAMAカンパニーはそれなりに大きな取引をしているんだ。もちろん俺が社長の息子だからと言って、特別扱いはしてもらってはいない」
確かにSAYAMAカンパニーの大口取引先に聖壱さんの会社の名前があったことは記憶している。でもそれ聖壱さんの身内の話とどう関係があるのかしら?
「それは聖壱さんの性格を知れば分かるわ。ただ貴方の事をよく知らない人がどう思うかは分からないけれど」
そう……私も聖壱さんの仕事ぶりを目にするまでは、彼のことをただの俺様なお坊ちゃんだと思っていたんですもの。
「そうだ。香津美の言う通り親父が社長を務めるSAYAMAカンパニーには、息子の俺やもう一つの大口取引先である二階堂財閥の御曹司、二階堂 柚瑠木の事をよく思っていない人間が一定数いるんだ」
「じゃあ、まさかその人たちの中に問題の身内の人が――――?」
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