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4.心の傷
「レイプって……女子中学生を?なんでそんなことを?」
「わかりません。その時黒川くんが何を思ったのか、なぜその子にしたのか。全くわからないんです」
話を聞けば、その時被害にあったのは天野美香。当時は中学2年生で、塾の帰り道だったらしい。
いつもは親の車で通っているが、あいにくその日は親の仕事が長引いてしまっており、一人で帰路についていた。
そのタイミングを、黒川くんに狙われた。それが蓑原先生から告げられた、彼の最初の許されない行為だった。
「そのせいで彼女は外へ出るのが怖くなり、大好きだった学校へも行けなくなってしまいました。そして、そのまま自ら命を……」
その場の空気が重くなるのを感じる。でも、一番つらいのは、紛れもない蓑原先生だ。忘れたくても忘れられない。そんな昔の話を、こうしてはなしてくれたのだから。
マリアは表情を一切変えず、何かを考えながら空を見ている。花音は口に手を当てながら、絶句している。
「なるほど、つらい中話してくれてありがとう。今回の問題は、必ず私たちの手で何とかするわ。二度と被害者を出さないためにも」
「お、おねがいします……」
蓑原先生は深々とお辞儀をし、部屋から去っていった。
「今回のいじめで、春先くんが第二の被害者になることを防ぐ。そういうことですよね?」
「えぇ。それに、今ので分かったこともたくさんあったわ。それじゃあ、次は生徒に話を聞きに行きましょう。godくんに、今二人が空き教室にいるって情報を入手したからここからは分かれて捜査しましょう」
「了解しました」
「テメェ、ムカつくんだよ!ずっと俺のこと無視しやがって!」
そんな声が、廊下に響く。近くを通る人々はその声の元をチラッとは見るが、だれも止めようとはしない。
二人は少しだけ様子を見ようと、隙間から教室の中を覗いてみる。
見ると、茶髪でピアスの入った子が、真面目そうな顔立ちと眼鏡をした子に怒鳴りつけているのが見えた。
「なんで僕が君にかまわなきゃいけないの?僕、嫌いなんだよね。君みたいに親だよりで、自分は何しても無敵ですみたいなことしている人」
「はぁ?喧嘩売ってんのか!?ってか、そもそもお前が悪いんだろ!?」
少しでも触れてしまえば溢れてしまうような、そんな四字熟語がどこかにあったような気がする。
これ以上様子をうかがっていれば、春先くんに被害が行ってしまう可能性が大いにあるだろう。
ガラッと教室の扉を開け、襟元をつかんでいる黒川くんと、つかまれている春先くんを引きはがした。
「お前らなんだよ?学校のやつじゃないよな?というか邪魔するな……」
「はいはい、君はこっちの方へ行きましょうね~」
「はぁ!?離せって!おい、聞いてんのかぁぁあああ!!」
花音に腕を引っ張られて__引きずられてのほうが正しいかもしれない、少し離れた空き教室へ足を運んで行った。
今、ここにいるのはマリアと春先くんだけだ。
「……誰ですか?黒川くんと同じことを言うのは嫌ですけど、学校のひとではないですよね?」
「ふぅん。春先くんは黒川くんのこと、嫌ってるのね」
「どうして自分をいじめてくる人を、好きにならなくてはならないのですか」
頭脳派で冷静なタイプなのだろう。子供たちのことを優先で考える蓑原先生とも、自分が正しいと思ってまっすぐ進む黒川くんとも、考え方も何もかもが違う。
近くにあった椅子を二つ取り出し、向かい合うようにして配置する。春先くんは、何かを察したのか、自分の近くに置かれた椅子のほうに座った。
残された方に、マリアも座る。そこから、それぞれの生徒からの話が聞かされた。
5.繋がれる
「僕は誰にもこのことを言っていません。ということは、第三者があなた達に言ったということですよね?誰なんですか。はっきり言って、やめてほしいんですけど」
眼鏡の奥にある瞳からは、冷ややかな視線が感じられた。普通ならばいじめをやめてほしい、と思うのは当然の心理である。
__というのは所詮、人間の憶測と決めつけにすぎないが。
「私は北条マリア、探偵よ。今回はあなたたちのクラスメイトから依頼を承ったの。いじめをやめさせてほしいって」
「そうですか。では、こう伝えてください。迷惑だから、そういうのはやめてほしいと」
「……貴方は本当に賢いのね。そして、周りの人を巻き込まないように、自らを犠牲にするという優しさもある。ふふっ、そういう子、私は好きよ?」
ピクッと、微かに春先くんの肩が揺れた気がした。
それを見逃すまいと、相手に喋らせない勢いで畳みかけてくる。
「な、なにを」
「別にいいわ。私は無理やり情報を引き出すようなことはしたくないし、黙秘するのもあなたの権利。でも、それが正しい判断とは、限らない。たまにはわがままになるのも、1つの手だと私は思うのだけど、あなたはどうかしら?」
「……別に。僕は何も思っていません。黒川くんからいじめにあっていても、それをもみ消されても。どうせ、反対しても自分がこの社会から消されるだけなんですから。ですが、どうしても腑に落ちないことが、1つだけあるんです。それを解決してくれるのであれば、あなたからの質問に答えてあげますよ」
「わかったわ。それで、春先くんの腑に落ちないことってなに?」
春先くんは、まるで意を決したようにつけていた眼鏡をはずした。
そこから出てきたのは、先ほどとは全く違う__まるでフィルムをかけたかのような顔立ちをしている、一人の青年だった。
「黒川くんは、何度も僕に”お前のせいで”と言っておりました。その言葉を聞いて、今回のいじめはただのいじめではないと思うんです。僕は黒川くんに恨まれるようなことはしていません。だからと言って、気まぐれに、適当に人で遊ぶような人ではないことも、また事実。どうして彼が、僕を目の敵にしたのか__それを解明してほしいんです」
この言葉に、マリアはハッとした表情で春先くんの顔を見る。
そして、ニヤリと笑みをこぼす。いきなりの変貌に、春先くんも困惑しているように見える。
「……春先くん。ちょっと、呼び出してほしい人物がいるんだけど」
「えっ?でも、今の僕には」
「大丈夫よ。絶対に、応じてくれるはずだから」
確証はどこにもない。でも、絶対的な自信を持つ。
彼女はそんな人だ。それが、一人の人間としての、北条マリアだ。
「わかりました。すぐに呼んできますので、ここでお待ちください」
「よろしくね。あとは、コウにお願いして調べてもらうだけね。本当はこんなことしたくないけど……仕方ないわ。必要なことなんだから」
そういって、凄腕ハッカーの工藤コウに電話をかける。内容は、もう決まっていた。
「あっ、もしもし。今回も調べてほしい内容があるの。謝礼はいつもの倍よ。今送った文面から、この人物を特定して現在の家族構成を送ってほしいの。そして、その人物が黒川隼人と関係があったのかも。えっ?こんなことをするのは珍しい?まぁ、そうね。ポリシーを破ることにはなるけれど、今回は仕方がないことだから。えぇ、それじゃあ30分以内に頼むわね」
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