テラーノベル
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前線基地に到着したその日、天音は休む間もなく視察に入った。補給庫。
整備棟。
通信設備。
医療区画。
持参した端末に記録を取りながら、一つひとつ確認していく。
天音隊の隊員達は、その後ろを落ち着かない様子で見守っていた。
首相補佐官が同行しているからだ。
軍服こそ着ているが、どう見ても現場の人間ではない。
むしろ中央の人間だ。
しかもかなり上の。
誰も口には出さない。
だが何人かは察していた。
――あれはただの監督官じゃない。
そんな空気があった。
補佐官は何も言わない。
ただ静かに歩き、見ているだけだった。
それが余計に緊張を呼ぶ。
視察の途中、補佐官の目が天音の持つ金属ケースへ向いた。
「それは何だ」
歩きながらの何気ない問いだった。
天音は即答する。
「特殊弾頭です」
隊員達の視線が集まる。
補佐官は表情を変えない。
「用途は」
「信号弾として運用します」
「許可は」
「取得済みです」
「そうか」
それで話は終わった。
補佐官はそれ以上聞かない。
中身も確認しない。
天音も説明しない。
ただ隊員達だけが首を傾げていた。
特殊弾頭。
信号弾。
一体何なのか。
誰にも分からない。
視察は夕方まで続いた。
補給の不足。
車両の稼働率。
予備部品の在庫。
負傷者の報告。
どれも真面目な確認だった。
天音は本当に現状を見に来ている。
それが分かるほどに。
だから隊員達も少しずつ警戒を解いていった。
そして日が沈む頃。
補佐官は腕時計を見た。
「本日の視察は終了だな」
「はい」
天音が答える。
補佐官は頷いた。
「勤務時間外だ」
隊員達を見る。
「私は席を外す」
誰も反応できない。
補佐官は続けた。
「若い者同士で話した方が有意義だろう」
それだけ言うと書類をまとめた。
「明朝〇六〇〇より再開する」
「了解しました」
補佐官は軽く手を振る。
そして管理棟へ向かって歩いていった。
隊員達はしばらく黙っていた。
やがて誰かが小さく呟く。
「……帰った?」
「いや、仕事だろ」
「監督官ってもっと見張るもんじゃないのか」
「十分見張られてる気がする」
思わず笑いが漏れた。
緊張が少しだけ解ける。
だが誰も気付いていなかった。
管理棟二階の窓から補佐官が基地全体を見渡していることに。
席を外しただけだ。
監督をやめたわけではない。
会議室に戻ると空気はすっかり変わっていた。
雑談が始まり。
笑い声が混じる。
ようやく年齢相応の若者達の集まりになった。
その時だった。
天音が立ち上がる。
部屋の隅に置いていた金属ケースを持ち上げた。
隊員達が注目する。
「あの特殊弾頭か」
誰かが言う。
天音は頷いた。
「特殊弾頭です」
そして留め具を外す。
箱が開く。
中を覗き込んだ隊員達が固まった。
沈黙。
数秒。
「……何だこれ」
最初に出た言葉はそれだった。
細長い棒。
色のついた紙。
弾薬には見えない。
武器にも見えない。
ユウが一本持ち上げる。
「知らないな」
「俺も」
「見たことない」
意外なほど多くの手が上がった。
天音は目を瞬かせる。
少しだけ驚いている。
「ご存じないんですか」
「何なんだこれ」
「手持ち花火です」
また沈黙。
「花火?」
「はい」
知らない者の方が多かった。
祭りを知らない。
花火大会を知らない。
幼い頃から戦時体制の中で育った者もいる。
誰も責められない。
天音は一本取り出した。
ライターで先端に火を付ける。
ぱちっ。
小さな火花が弾けた。
金色の光が夜に散る。
「おお……」
誰かが声を漏らした。
それは兵器を見た時の声ではなかった。
純粋な驚きだった。
「綺麗だな」
その一言で空気が変わった。
「貸せ!」
「俺も!」
「待て待て押すな!」
気付けば全員が外へ出ていた。
基地の片隅。
星空の下。
次々と花火に火が灯る。
赤。
金。
白。
小さな光が夜空の下で踊る。
笑い声が響く。
歓声が上がる。
誰も戦争の話をしない。
任務の話もしない。
ただ目の前の光を見ていた。
その輪から少し離れた場所。
天音は静かに立っていた。
手には花火を持っていない。
皆の姿を見ている。
笑い合う姿を。
光に目を輝かせる姿を。
その横顔に、小さな微笑みが浮かんでいた。
ほんの僅かに。
誰にも気付かれないほどに。
まるでこの時間を分け合いたかったかのように。
この何気ない夜を。
この平和な光景を。
ただ皆と共有したかったかのように。
遠く管理棟の窓辺。
補佐官は無言でその様子を見ていた。
何が起きているのかは分からない。
だが隊員達は笑っている。
天音もそこにいる。
問題はない。
男は何も言わず窓から離れた。
再び書類へ向かう。
夜空の下では、小さな光が揺れ続けていた。
まるで星屑が地上へ降りてきたように。
コメント
2件
もう少しで40いいねです。 ゲストさんありがとうございます。 今日は天音の限られた時間を たっぷりとお楽しみください。
よかった……本当に、いい話でした。 戦時下の空気感、何かを察しながら黙って見守る補佐官、年の割に老けた目をしている若い隊員たち――設定が細部まで作り込まれていて、自然と世界に入り込めました。 何より、天音が金属ケースの中に入れていたのが“花火”だったというオチにやられました。武器でも通信機でもなく、知らない世代のために持ち込んだ“ただの花火”。あのシーンで一気に、彼女が本当に守りたかったものが見えた気がします。「この何気ない夜を共有したかった」――その一文だけで、第1話から積み上げてきた天音という人物像が、温かく深まった感覚がありました。 管理棟の窓から見ていた補佐官の静かな距離感も好きです。何も言わず、邪魔せず、ただ守る。 星詠さんは「見せる」のが本当にうまいですね。読んでいるこちらの心に、ちゃんと余白を残してくれる。