テラーノベル
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この間のバレンタインデイに、数日遅れで詩乃からチョコをもらった。俺が冗談交じりに催促した結果だ。
花火大会の夜の会話で俺に好きな人がいることを知った詩乃が、チョコを俺に渡すのはやめておこうと変な気を回したことを知ったのは、バレンタインデイから二、三日過ぎた頃だ。
俺の好きな相手というのは詩乃のことだし、詩乃からしたら単なる義理であっても、俺にとっては本命からのチョコだ。それを彼女からもらえるこのイベントを、俺は毎年秘かに楽しみにしていた。だから、義理チョコなんだから何も問題はないし、その人はまだ彼女でもなんでもないのだから、と力説した。
すると最終的に詩乃は迷いつつも納得し、その結果、俺は今年も彼女の手作りチョコを得ることに成功したのだった。
そしてホワイトデーからだいぶ遅れてしまった今日は、詩乃が好きだと言っていたパティスリーのマカロンを手に藤川家に向かっていた。本当は詩乃を外に誘い、彼女がほしいと思うものを買ってあげたかった。数日前にどきどきしながらそのことを彼女に伝えたが、即座に断られた。
「義理チョコなんだから、そこまでしなくていいよ」
そう言われては、なおも強く誘うこともできず、それならお返しには詩乃の好きなスイーツを買って来てやるからと約束したのだった。
行くことは事前に連絡してあったから、インターホンを押して間もなく詩乃本人が出てきた。俺は早速紙袋を彼女に手渡す。
詩乃は紙袋のロゴを見て、ぱっと目を輝かせた。
「わぁっ、ありがと。ホントにこれ、買ってくれたんだ。お店、混んでなかった?」
「まぁな。少しだけ並んだ」
「やっぱり?わざわざごめんね。ところで碧斗、時間は大丈夫?このマカロンで、お茶、飲んでかない?」
心惹かれる誘いだが、俺は首を横に振った。
「残念だけど、帰るよ。母さんから用事頼まれたんだ。帰ってくる時、スーパーに寄って買い物してきてくれだってさ」
「そうなんだ。じゃあ、仕方ないね。また今度ゆっくり寄ってってね」
「あぁ、ありがとう」
笑顔の詩乃に笑い返し、玄関のドアの方に体を向けようとした時、リビングに向かって廊下を横切る柚乃の姿が目に入った。いつもの彼女なら、俺が来ていることが分かるとすぐにやって来るはずなのに、こちらに足を向ける気配がまったくない。その様子を訝しく思いながら、俺は彼女に声をかける。
「おう、柚乃!久しぶりだな。元気だったか?」
柚乃ははっとした様子で足を止め、ぎこちなく笑う。
「久しぶり。元気よ」
柚乃はその場で短く返事をした後、目を伏せたままリビングに入って行ってしまった。
違和感だらけの柚乃の様子が気にかかり、俺は詩乃に訊ねる。
「柚乃のやつ、体調でも悪いのか?いつもなら、なんだかんだと俺に絡んでくるのに、今日は元気がないよな」
詩乃は曖昧に笑う。
「体調は、別に何ともないとは思うけど……」
詩乃の様子もどこかおかしい。俺はもしやと思った。伊達に長年二人の幼なじみをやっているわけではない。
「喧嘩でもしたのか?」
詩乃の視線が左右に揺れ、俺は確信した。
「珍しいな。二人が喧嘩するなんて」
しかし詩乃は俺には答えず、ただ力なく笑い、わざとらしさを感じるほどの明るい口調で言う。
「じゃあ、碧斗、これはありがたく頂くね」
「あ、あぁ」
暗に、この話には触れてほしくないと言われているような気がした。だから色々と聞きたい気持ちを抑えて、俺は藤川家を後にした。
二人の仲互いの原因が気になった。互いに固い表情をし、顔を合わせようとしない二人を見るのは、俺が知る限り、初めてのことだ。
喧嘩の理由次第では俺が間に入ろうか、でも、余計にこじれたりしたら困るし、などど思い悩みながら歩を進めていたが、軽やかな足音が追って来ていることに気がついた。ぱっと振り向いた先に柚乃の姿を認めて、俺は足を止めた。
俺の前までやって来た柚乃は、軽く息を弾ませていた。
「途中まで一緒に行く」
「へ?それは別にいいけど、これからどこかに行くのか?もう夕方だけど」
「恭一の部屋に行くの。夕飯、一緒に食べるから」
芙月みひろ
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#溺愛
星キラリ

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照れ臭そうな顔をするでもなく、柚乃はごく当たり前のことのように答えた。
「ふぅん。ちょくちょく行ってんの?戸崎さんちに」
「そうだね」
「おじさんとおばさん、何も言わないんだ?」
「うん、特には何も」
「もうすっかり、公認の仲って感じなんだな」
「まぁ、そんな感じかも。あの日以来、うちの家族との食事会はないんだけど、何かのついでにうちに寄ってはお茶を飲んで行ったりしてるんだ。お母さんがいる時なんかには二人の地元の話で盛り上がってる。お父さんも家にいる時は照れ臭そうにしながらも顔を出して来たりして、彼と楽しそうに喋ってるよ」
「へぇ、柚乃の家じゃ、戸崎さんのこと、もうすっかり受け入れてるって感じなんだな」
「……まぁ、そうなのかな」
柚乃は答えるのに一拍ほどの微妙な間を空けた。
「何、今の『間』」
「えっ?あぁ、別に深い意味はないよ。あっ、スーパー見えてきたよ」
柚乃はいつものように明るい笑顔を見せる。
「じゃあ、私はあっちだから」
「あぁ。気をつけてな」
「碧斗もね。買い忘れとかしないようにね」
「余計なお世話」
俺は肩をすくめてふんっと鼻を鳴らし、そのままスーパーに向かおうとしたが、先ほどの「間」がやっぱり気になって足を止めた。ちょうど歩き出したところだった柚乃の背中に声をかける。
「なぁ、柚乃。なんで詩乃と喧嘩になったの?」
詩乃はその理由を言うつもりはないようだった。柚乃に聞いても同じかもしれないが、せめてそのヒントくらいはもらえないだろうかと思ってのことだった。
案の定といおうか、柚乃は曖昧に笑って俺の問いをかわす。
「ちょっとね。でも、大丈夫だよ。ちゃんと仲直りするから」
「それなら、いいんだけどさ……」
やっぱりどうも俺にできることはなさそうだ。それ以上は原因を確かめようとするのはやめ、俺は柚乃にふっと微笑みかけた。
「やっぱりさ。柚乃と詩乃の二人が鬱陶しいくらい仲良くしてるところが見られないと、こっちはどうも調子が狂うっていうかさ」
「何それ。でも、早くそんな風に戻りたいな、って思ってるよ」
柚乃はあははと声を上げて笑い、くるりと俺に背を向けた後、俺が行こうとしている方とは別の方向へ歩き出した。
その背を見送ってから、俺もまた再び歩き出したが、彼女の違和感ある笑い声が気になった。どことなく乾いて聞こえたその中に、ずっと聞き慣れて来た屈託のない明るい響きはなかったと思う。
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