テラーノベル
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自分の隣の席が、美少女だった。
普通のやつなら、そこで期待を抱くだろう。都合のいい妄想を重ねて、「もしかしたら」を信じてしまう。
――でも、俺は違う。
こんなのは、ただのまやかしだ。
隣の席になったからといって、何かが始まるわけじゃない。
彼女にとっての俺なんて、廊下ですれ違う他人と何も変わらないはずだ。
だから期待もしないし、妄想もしない。
そんなものは無意味で、下手をすれば相手の迷惑にすらなる。
俺は主人公じゃない。
漫画みたいな青春なんて、とっくに諦めている。
◇
出席が終わり、担任の軽い話のあと、朝のホームルームはあっさりと終わった。
――そして、予想通り。
隣の席には人だかりができていた。
(すげぇ人気だな……)
遠巻きに眺めていると、不意に何人かの男子がこちらに声をかけてきた。
「いいよなお前。真乃さんの隣とかさ。俺なんて周り男しかいねぇぞ」
「えっ、と……」
「悪い悪い。俺、廊下側のあそこ座ってる桐山こうすけ。よろしくな」
気さくなやつだ。少なくとも、悪い印象はない。
「あぁ、よろしく。水奈戸ゆうただ」
「知ってるぜ」
「……は?」
思わず間の抜けた声が出た。
「俺のこと、どっかで見たことあったっけ?」
桐山は少しだけニヤッと笑う。
「いや、有名なんだよお前」
「有名?」
「朝倉比奈に嫌われたやつ、ってな」
――その名前を聞いた瞬間、胸の奥がわずかにざわついた。
◇
一年の頃の話だ。
ある日、俺は知らないうちに風紀委員にされていた。
本当は入るつもりなんてなかった。でも断る理由もなくて、そのまま続けていた。
活動内容は、話し合いと校内の見回り。
退屈ではなかった。けれど――あの頃の俺には、それすらも重く感じていた。
気づけば、委員会に顔を出さなくなっていた。
学校には来ている。でも、放課後に残る気力がなかった。
そんなある日。
教室の扉が開いて、彼女が入ってきた。
朝倉比奈。
風紀委員長で、優しくて、評判も良くて。
――学年でも有名な女の子だった。
「水奈戸くん。なんで委員会来ないの?」
教室が少しざわつく。
彼女はまっすぐ俺を見て、そう言った。
「……すいません。今は、行きたくないんです」
「どうして?何かあったの?」
「なんでもないです。ただ体調が悪いだけで」
そう答えた俺に、彼女は少しだけ眉を寄せて言った。
「悩みがあるなら、私に相談して。力になるから」
――その言葉は、きっと善意だった。
でも、あのときの俺には。
それがどうしても、嘘に聞こえてしまった。
「そういうの、やめてください」
「……え?」
「あなたには、俺のことなんて関係ないですよ」
一瞬、空気が止まった。
彼女は少し黙ってから、静かに口を開いた。
「……わかりました」
そして、ほんの少しだけ目を伏せて。
「じゃあ、もうあなたには話しかけません」
泣きそうな顔で、教室を出ていった。
そのあと、教室には妙な空気が残った。
――そして翌日から。
“水奈戸ゆうたは、朝倉比奈に嫌われた男”
そんな噂が、広がっていたらしい。
◇
「お前だけだぜ。朝倉さんに嫌われるやつなんて」
桐山は笑いながら言った。
「……だよな」
軽く返す。
桐山は一瞬だけ気まずそうな顔をした。
「悪い。別にいじるつもりじゃなかったんだ」
「大丈夫。気にしてないよ。もう慣れてるし」
そう言うと、彼はほっとしたように肩の力を抜いた。
「そっか。ならよかった」
少し間が空いて、桐山が話題を変える。
「そういや、水奈戸ってどこの中学?」
――中学。
その単語に、わずかに胸が引っかかる。
「高坂中だよ」
答えた、そのときだった。
ふと、隣から視線を感じた。
反射的に振り向く。
――目が合った。
綾咲真乃。
その瞳は、やけに澄んでいて。
噂通り――いや、それ以上に綺麗だった。
思わず、一瞬だけ見入ってしまう。
……危ない。
俺はすぐに視線を逸らした。
(騙されるな)
こんなものは、ただの偶然だ。
隣の席になっただけ。
それ以上でも、それ以下でもない。
青春なんて――
俺には関係ない。
……そう、思っていた。
――このときまでは。
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