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それからしばらくして、教室は帰り支度の空気に包まれていた。
俺もそろそろ帰るか――そう思って鞄を持ち上げたときだった。
「水奈戸、これから喫茶店行くんだけどさ。お前も来ないか?」
桐山が気軽に声をかけてくる。
誘ってくれるのは、正直ありがたい。
……けど、今日はそんな気分じゃなかった。
「悪い、桐山。今日は帰るわ」
「そっかぁ。じゃあまた今度な。次はちゃんと予定空けとけよ?」
軽く笑いながらそう言う桐山に、俺は小さくうなずいた。
「あぁ、今度は行くよ」
「じゃあな、水奈戸。また明日」
桐山たちはそのまま教室を出ていった。
――さて。
俺も帰るか。
◇
廊下に出ると、人でごった返していた。
「うわ……混みすぎだろ」
どうやらみんな同じタイミングで帰ろうとしているらしい。
このままじゃ進まない。
俺は人の少ない反対側の階段へ向かった。
案の定、そっちはガラガラだった。
ゆっくり階段を降りていると――
下の方に、ひとりの女子生徒の姿が見えた。
長い髪。整った立ち姿。
――見間違えるはずもない。
綾咲真乃だった。
(……マジか)
できれば関わりたくない。
そう思い、気づかれないように距離を取ろうとした、そのとき。
彼女が、突然振り返った。
「君」
「っ……」
完全に目が合う。
逃げ場はない。
「私のこと、どう思う?」
――唐突すぎる質問だった。
「え……っと、どうって……?」
動揺が隠しきれない。
「私のこと、どう思ってるの?」
言い直される。
その意図が、まるで読めない。
(落ち着け……)
これは告白とかじゃない。ただの質問だ。
見たままを答えればいい。
「……すごく可愛いと思う。顔立ちも整ってるし、スタイルもいいし。普通にモテるタイプだと思う」
無難な答え。
――のはずだった。
だが、彼女はわずかに眉をひそめた。
「……君って、気持ち悪いね」
その一言が、静かに突き刺さる。
普通なら、傷つくところだろう。
でも――
「……だよな」
俺は軽く笑っていた。
自覚はある。
今の言い方は、確かに気持ち悪かったかもしれない。
彼女は少しだけ意外そうな顔をしたあと、何も言わずに階段を降りていった。
俺はその背中を見送ってから、別の階段へと向かった。
――なんだか、妙に安心した。
(やっぱり、これが現実だよな)
◇
下駄箱で靴を履き替えていると、手を繋いでいるカップルが目に入った。
「初日からかよ……すげぇな」
小さくぼやきながら、扉を閉める。
外に出ると、夕方の空気が少しだけ冷たかった。
しばらく歩くと、大通り沿いに喫茶店が見えた。
(あれが、桐山の言ってた店か)
存在は知っていたが、入ったことはない。
なんとなく横目で見ながら通り過ぎようとした、そのとき。
前を歩いていた女子生徒が目に入った。
(……どっかで見たような)
でも、思い出せない。
俺に女子の知り合いなんて、ほとんどいないし――気のせいだろう。
そう思っていたら。
彼女の手元から、何かが落ちた。
――シュシュのようなもの。
だが、本人は気づいていない。
そのまま喫茶店の中へ入っていった。
「おい……」
仕方なく、俺はそれを拾い上げる。
少し迷ったが――そのまま店の中へ入った。
◇
店内は落ち着いた雰囲気で、思っていたよりも人が多かった。
ちょうどその女子は、店員と話しているところだった。
「あの、これ落ち――」
声をかけようとした瞬間。
「2名様ですね。こちらの席へどうぞ」
――は?
流れるように席へ案内される。
女子も何か言おうとしていたが、タイミングを逃したらしい。
気づけば、向かい合って座っていた。
(いや、待て。なんでこうなった)
とりあえず、目の前の顔を見る。
――その瞬間。
思考が止まった。
そこにいたのは。
見知らぬ女子なんかじゃない。
「……朝倉、比奈……」
俺がそう呟くと、彼女は一瞬だけ目を見開いた。
そして――
すぐに、視線を逸らした。
「……偶然、だね」
その声は、どこかよそよそしくて。
一年前とは、まるで違っていた。
テーブルの上に、沈黙が落ちる。
言葉が出てこない。
何を話せばいいのか、わからない。
――そのとき。
「ねえ」
不意に、朝倉が口を開いた。
「まだ、私のこと……関係ない人って思ってる?」
心臓が、一瞬だけ強く鳴った。
逃げ場はない。
これは――
あの日の続きだ。