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幸暦649年1月10日
先程書いた人間の少年と樹、この2人が約600年後、再会する。しかし2人はかつての君だと気づかない。魔王は樹のことを忘れてしまっていたし、魔王はかつての姿形とは明らかに違う容姿になっていたからである。
「貴様、本当に勇者か?」
「……たぶん」
「多分?何故言い切れない?先程自称していたではないか」
「……あんたこそ、どうしてそんなこと聞くの」
「貴様がこの状況で、我にとどめを刺さないからだ」
勇者と名乗る青年は、倒れている魔王に馬乗りになり、剣を両手で構えて魔王の喉元に向けている。魔王は屈強で2mを超える体を持っている。いつ反撃されてもおかしくない。そんな状況から動かない勇者に、魔王が痺れを切らして問いかけたのだ。
生死が勇者の手に委ねられている魔王だが、焦りも奢りもなかった。それどころかお互いに傷一つ負っておらず、血の一滴もその場に落ちてはいない。魔王と勇者の決戦にしては異様に静かで、互いに目を逸らせないというのに緊張感など皆無だった。
つまるところ、らしくないのだ。魔王は魔王らしくない。勇者は勇者らしくない。魔王はここまで気配を殺し続け、自分との戦いで不意打ちという戦法をとった勇者に驚いている。勇者と魔王の戦闘とは、真正面から向き合うものではないのか。
勇者は体格差を見れば敵うはずのない相手である魔王が、自分の下で抵抗の意思を見せないことに疑問を持っている。魔王ならば、プライドを傷つけられたことに怒り、急いで反撃する場面ではないのか。勇者は偏見を持ったまま、想像とのズレに疑問を持っている。
そしてここは魔界の外れにある廃れた礼拝堂。魔王城でもない、魔界の中心でもない、この場所で、魔王と勇者が対峙していた。
「……抵抗しないの」
「してほしいのか?」
魔王の返答に疑問が尽きない勇者は首を傾げた。その拍子に肩で止まっていた髪が、魔王の上に崩れ落ちる。白い癖のある毛先が魔王の頬を撫でた。
「…僕が憎いんじゃないの」
「初対面だろう」
「勇者と魔王は憎み合うべきだって父上が言ってた」
「我が肩書きだけで判断する阿呆に見えるのか」
勇者が身を竦めた。魔王の先程よりも低い声と鋭く見定める黄金の瞳に、体が侵食されるようだった。しかしそれも一瞬で、魔王はすぐに余裕のある気配に戻っていく。それと同時に勇者も体に入った力を抜いた。
「……貴様はどうしたいのだ」
「……」
「己で判断し行動できなければいずれ限界が来るぞ」
そんなこと誰も教えてはくれなかった。故に勇者は限界を迎えてしまったのだ。
「……僕は、」
勇者はゆっくりと剣を下ろした。魔王の首を刎ねるためではなく鞘に収めるためだ。カチャ、と剣が収まる音を確認した魔王は、瞬時に体を起こし、体勢を崩した勇者を押し倒した。魔王のマントがひるがえる音が夜の礼拝堂に吸い込まれていく。
予想していたのか興味がないのか、勇者は立場が逆転しても表情ひとつ変えず魔王を見ていた。押し倒されたにしては体のどこも痛くないのが不自然だと思ったが、魔王が自身のマントで素早く受け止めてくれたようだ。肌触りの良い漆黒のマントが視界の端にあったが、すぐに上から降ってきた赤黒い髪で隠れてしまった。
「それで、貴様はどうしたいのだ?」
魔王に再度問われたこの質問。勇者は必死に自分の中に答えを探した。この質問だけは答えたいと思ってしまった。こんなにも自分に付き合ってくれる相手なんて出会ったことがなかったから。こんなにも自分を見てくれる人なんていなかったから。彼以外には。
「……僕、少し疲れたんだ。だから、少しの間だけ、あんたに付いてってもいい?」
精一杯自分で選んだ答えはいとも簡単に受け止められた。魔王は笑っていた。そう聞くと悪魔的な笑い方を想像するかもしれないが、勇者の本音を聞き出せたことに本気で安堵するような魔王だった。
「構わん。好きにしろ」
「あっ!勇者様!勝ち……え、、、えっ?!」
マーヤが驚いたのも無理はない。勇者が礼拝堂から出てきたと思ったら、宿敵魔王と共にいたのだから。もともと大きな目を見開き、無意識に魔王へ大きな杖を向けながら、じりじりと距離を取る。マーヤの心は段々と驚きから緊張へ変わり、鋭くなっていく目線を魔王に向けていく。
杖を向けてきている臨戦体制の小さな魔法使いを前に魔王は、攻撃の意志を見せるでもなく横にいる勇者に視線を送った。それを感じたのかどうなのか、勇者はマーヤと魔王の間に入る。
「落ち着いてマーヤ。魔王に攻撃の意志はないよ。何もされてないのに攻撃したらコチラが悪者になってしまう」
勇者の言い分にマーヤは息を呑む。
「何を言ってるんですか勇者様。魔王とはもともと帝人国への反逆者、悪者です!ですから私達が討伐に来たのではないですか!」
「それもそうだ。……なら、僕も悪者にならなきゃな」
「勇者様が悪者になれるはずがありません!」
「人殺しは悪者じゃないの?」
「そ、れは。……祖国のためです!」
「理由がどうであれ事実は変わらない。僕はすでに悪者だ。だから心置きなく魔王についていける」
勇者の発言に再び目を丸くする。先程から何を言っているのだろうかこの人は。マーヤは勇者の目をしかと見る。その目には覚悟が宿っていた。どうやら催眠がかかっているわけではないらしい。
「僕は本気だ」
マーヤの顔に絶望の色が乗る。ああ、本当にこの人はもう私の知る勇者様ではないのだ、と。
「無理強いはしない。でも……できれば、マーヤも一緒に来て欲しい。……どうかな?」
行きたくない。魔王となんて。しかしここで断れば勇者は行ってしまう。勇者の行動を止めるほどの力はマーヤにはない。今までだって、勇者の行動が勇者としてどんなに間違っていても、何も出来ずただついていくしかなかった。それで少しでも勇者のためになればと思っていた。
しかし今回ばかりは勝手が違いすぎる。勇者が魔王のもとへ行くなど、堕天だ。天使が悪魔のもとへ行くようなものなのだ。
「……」
何も言えずにいると、勇者は否定的に受け取ったらしい。ゆっくりとマーヤに近づいて、優しくマーヤを抱きしめた。これが今生の別れとでも言いたげな顔で、勇者は呟く。
「今まで本当にありがとう。僕について来てくれて、本当に嬉しかった。でも、行きたくないのに連れていくわけにはいかない。だから、ここで、」
「待ってください。まだ、私は……」
「行きたくないんでしょ。無理はしないでよ」
「私は……」
迷っていた。自分の気持ちはわかっている。行きたくない、が勇者をひとりで行かせたくない。まだまだ結論は出ないのに、勇者は抱いていた体を離して、ふんわりと笑って見せた。
ああ、ずるい。その顔を見なければ結論なんて出なかったのに。
「行きます」
口をついて出た言葉は、もう返ってはこなかった。勇者の笑顔が驚きに変わって、再びそよ風のような笑みに戻った。
「無理しないでって言ったのに」
「無理じゃありません!」
マーヤは茶髪のポニーテールの頭に被っていた三角帽子をとり、胸に当てた。
「私は、あなたについて行きます。勇者様」
勇者は八の字眉で笑った後、またマーヤを抱きしめた。
「ありがとう」
今度は、マーヤからも勇者を抱きしめた。勇者の白い髪と、マーヤの茶髪が触れ合う。勇者の肌はみずみずしく、冷たかった。
「話は決まったか?」
「うん」
ずっと待っててくれていた魔王の方へ向き直る。
「あんたについていくよ。魔王」
「わかった。行くぞ」
「言っておきますが、あなたを信用したわけではありませんからね!魔王!」
「構わん。この勇者が異常なだけで、信用とは時間をかけて得る物だ。我はせっかちではない」
こうして、魔王、勇者、魔法使いの3人はともに魔王の住む城に向かうこととなった。