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アウレリアは王城から王都を見下ろし、ほくそ笑んだ。計画に必要な国民が王都へ続々と流入しているという事実に、彼は笑みを深くする。アウレリアは側で控える軍人――自身に協力的な王国軍兵士へと向き直る。
「国境付近の王国軍に連絡を入れろ。間もなく開戦だとな」
軍人は心底嬉しそうに微笑み、軽く会釈すると、足早に執務室を出ていった。
アウレリアは次に、同じく部屋にいた魔術師たちへ視線を向ける。魔術師は先ほどまでいた軍人の仲間によって、アドレーの元から解放された者たちだった。
「下の階に大きな部屋を用意してある。そこで転移魔法の準備を」
「……して、その転移先は?」
「コンソルテ王国の王宮、玉座の間だ……王国軍の侵攻と同時に、そこへ私の私兵と衛兵を送り込む」
そう言うアウレリアの恐ろしい表情を見て、先頭の魔術師は自然と一歩後ずさった。
コンソルテ王国はドミナティオ王国の東に位置する国で、ドミナティオ王国とは良好な関係を築いている国家だ。フィーネスから馬車で東に半日も行けば、すぐにコンソルテ王国との国境線に到達する。王制国家の玉座の間に、兵士を送り込んでどうするつもりなのか、それはもう、誰の目にも明らかだった。
アウレリアの言葉を飲み込んだ先頭の魔術師は、会釈をする。魔術師たちは転移魔法の準備を進めるべく、執務室を後にしていく。
「……オーディア、部隊の準備を。王宮に転移し次第、王族を人質に取れ。可能なら、王や王子を。王国が交渉に応じるようなら、私もすぐにそちらへ向かおう」
「承知いたしました。準備も、かねてより完了しております」
うやうやしくお辞儀をして、オーディアが部屋を出ていこうとするが、入れ違うように慌てた様子の衛兵が執務室へ駆け込んでくる。
「あ、ああ、アウレリアさま!! たっ、大変ですっ!」
「まずは君が落ち着こう。……いったい何があった?」
アウレリアは普段の穏やかな表情を顔に貼り付けて、そう言う。衛兵は何度か深呼吸したあと、それでもまだ慌てた様子で口を開いた。
「ウェスペルで盗賊団の捕縛に備えていた部隊が待機命令を無視し、西へ移動しているとのことです。使用している街道から、おそらくアウクトリスを目指しているのではないかと……」
「ほう……そうか。しかしなぜ突然、そんなことに……」
「これは真偽不明の情報なのですが……どうやらその部隊を率いている者は、自らを王族……『王子』であると名乗っているとのことです」
「……なるほど。君が慌てていた理由はそれか。まあこういうとき、そういった事態はよく起こるものさ。王族が軍を率いている……と触れ回れば、国民は味方してくれるからね。大丈夫。状況的に、たぶん嘘だろう。ただ念のため、王城の警備をより厳重にしておこう。この城は最後の砦だ。しばらくは城への出入りも禁止にさせてもらおう」
アウレリアの丁寧な指示をしっかりと頭に入れた衛兵は、落ち着きを取り戻した様子で部屋を出ていく。一方、アウレリアは内心、まだ落ち着きを取り戻せていなかった。
(王族……王子だと? ありえない。自由に動ける王族は確かにいた。怪しまれないよう、特に動きを制限することも、してはいなかった。……だが、それは裏を返せば、自由にしておいても、私の障害になるようなことはない、と思っていたからだ。そういった王族に協力するような存在が、国の中枢にいないことは、もうすでに調査済みだ)
自分の行動を何度も思い返し、問題ないとアウレリアは自身に言い聞かせた。そして彼はすぐに、落ち着きを取り戻した。
◇ ◇ ◇
普通、王が住むような場所に牢屋はない。でもこのアルクス城は何百年も前からここにあって、その頃はまだ王国の規模も小さく、お城の中に犯罪者を捕らえる部屋が用意された。私はそんな古くからある牢屋に入れられていた。古いけど作りはしっかりしていて、抜け出せそうにない。でも、ここでじっとしていることなんて、出来なかった。私は何とかできないか、必死に、本当に必死に、考え続ける。その途中でお腹が空いて、私は朝が近いことを感じ取った。
「……リタは私がいないって気付いたら、どうするかな」
多分リタはそのことを、朝パンを買いに来るルクスさんたちに話してくれるはず。それを聞いたら、ルクスさんたちはきっと、なんとかしようとしてくれるだろう。情報を整理して、すぐに王都へ向かってきてくれるかもしれない。でもそれも、間に合わないかもしれない。フィーネスからアウクトリスまでは、どんなに急いでも馬で二日はかかる……。
私はそこまで考えて、エリィさんのことを思い出した。フラウはエリィさんに拘束されたはずだった。でもフラウは自由の身で、今この城の中にいる。ということは、エリィさんは誰かに襲われた……? どうか……どうか無事でいて、エリィさん。
先に馬車で王都へ向かったアドレーさんも、無事だろうか。……ここまで色々と起こっていたら、アドレーさんにも、それこそルクスさんにも……何かが起こっているかもしれない。牢屋から出られそうにない私は、どうしようもない不安に襲われていく。
――不意に、暖かな感触が背中に触れた。はっと顔を上げると、私の隣に若い女の人の霊が座っていた。
『……ある男の子と、女の子の話を知ってる?』
私は横に首を振る。
『黒い髪の男の子と、紫の髪の女の子の話……』
昔のことを思い出すように、その女の人は視線を上に向けた。
『男の子には、生まれたときから不思議な力があった。でも、そのせいで男の子は不幸になって、その力のことを嫌っていた』
私と似た境遇の子だと感じた。
『女の子にも、同じように不思議な力があった。彼女は今ではその力のことをあまり好きではないけれど、昔は好きだった。その力のおかげで、色々なものに出会えたから……』
……これはまさか、私のこと? でも何でこの人は、私のことを知っているんだろう。
『あるとき、旅をしていた男の子は、旅先でその女の子に出会った。男の子は偶然、女の子に力のことを話して、こう言った――』
どうしてだろう……私はその先の言葉を、知っているような気がする。
「――こんな力、欲しくなかった。この力のせいで、人の汚い部分をたくさん知った」
黒い髪と赤い瞳を持つ男の子は、人に触れることでその人の思っていることを感じ取れると、私に語った。
「じゃあ、私にも触ってみて」
私はそう言って、手を差し出す。でもその子は、手を握ろうとはしなかった。だから私は、自分からその子と手を繋ぎにいった。
男の子は最初、すごく戸惑っていたけれど、私の思いを感じ取ったんだろう。段々と落ち着いて、やがてこわばっていた顔には、彼本来の柔らかな表情が戻ってきた。
「君の心は……とても温かい」
「私の力もね、ときどきすごく怖いことが起こるの。でもいいことも起こるんだよ? だからきっとあなたにも、いつかそういうときが来ると思うな。……大丈夫。その力はいつかきっと、誰かの助けになるよ」
私の言葉を聞いてはっとした男の子は、つーっと一筋、涙を流していた。私は大丈夫だよとその子の頭を撫でる。しばらくして落ち着いたその子は、そこでやっと、笑顔を見せてくれた。春先のあたたかな日差しのような、やわらかな笑顔だった。
そのとき、遠くから男の子を呼ぶ声がした。行かなきゃと言い、男の子はかけ出していく。彼の顔に、もう涙はない。
これが私と男の子――ルシウスの思い出だった。
頬を伝う温かさに、私の意識は今へと舞い戻る。
あの日の彼と同じように、私も涙を流していた。
「どうしてこんな大事なこと、忘れていたんだろう……」
そうだ。あの日会った男の子は、ルクスさん――ルシウスだ。能力を持つ者同士、偶然出会ったあの日のことを、私はようやく思い出した。
『あなたにとって、あれは日常の一ページだった。でもあの子にとって、あれは紛れもなく、救いだった……』
能力によって不幸な思いばかりをしてきたと、ルシウスはあの日、私に語った。そんな彼を、私の何気ない一言が、いつの間にか、救っていたなんて……。
……せめてもう一度だけ、彼に会いたい。そんな思いが、胸のうちに湧いた。でも、今の私には、もう何も……。
『……あの子には、まだあなたが必要よ』
女の人はそう言って牢から出ていくと、牢の入り口にいる衛兵のところまで行って、その腰に下げられた牢の鍵を、すっと盗み取った。そして衛兵に何か囁くと、牢屋を守っているはずの兵士はふらふらと歩き出し、どこかへ行ってしまう。
女の人は牢に戻ってきて、鍵を鍵穴に差し込んだ。
『あの子を助けてあげて』
私は頷き、牢を出て走り出す。
そんな私の背中へ向けて、女の人は最後にこう言った。
『――息子をお願い』
◇ ◇ ◇
王都へ到着したルシウスとフィデリーはそのまま王城へ突入するのではなく、一度王城にほど近い広場を目指した。そこで人波をかき分け、その中心に至ったルシウスは、馬の上で声を張り上げる。
「ドミナティオ王国の民よ! 今いっとき、私の声に耳を傾けてほしい!! 私はドミナティオ王国第三王子、ルシウス・グラッド・バーディナルム・エスティ・ドミナティオである!」
人々がどよめく。ルシウスの掲げた剣が日の出前の暗闇に、煌々と光を轟かせる。王家に伝わる数本の聖剣は、王の血を継ぐ者が抜いたときにのみ、その真の力を発揮し、剣身が絢爛と光を放つ。それは王国民であれば誰もが知り、そしてほとんど目にすることのない光景だった。それを目の当たりにして、群衆はルシウスに注目し、そして静まりかえった。
「平和を愛するそなたたちの力を、今日私に貸してほしい! 今この国は宰相の息子アウレリアによって、他国と不要な争いを起こそうとしている!! 私はそれを止めるべく、ここへ来た!」
ルシウスが声を上げたとき以上の動揺が、群衆に波及していく。
「急ぎ王城へとおもむき、アウレリアを拘束しなければ、誰も望んでいない戦争が始まってしまう!! 『魔女』と罵られたリティアも、この被害者だ! 私は彼女も救いたい!」
それを聞いて、ルシウスを疑う声も、群衆からは大きくなっていく。
「だがアウレリアは抵抗し、王城の衛兵は私の侵入を拒むだろう! 私を信じる兵士たちも多いが、それをもってして王城を突破できるかは分からない!! ゆえに! 私を、私の言葉を信じる者は、力を貸してはくれないだろうか! アウレリアから、本来の平和なドミナティオ王国を、取り戻すために!!」
ルシウスがデュランダルを、もう一度高く掲げた。剣身は広場をあまねく照らし、人々はその光景を目に焼き付ける。
「私は今より、王城へと突入する! 平和を愛する者よ!! 我が軌跡に続けっ!!」
ルシウスは馬を駆った。すぐに人波が左右に割れ、王城へと道を作った。
民衆を引き連れたルシウスの隊列は、すぐに王城へと到着する。しかし想像していたとおり、入り口の門は固く閉ざされ、その前で多数の衛兵が守りを固めていた。ルクスは輝くデュランダルを掲げ、立ち塞がる衛兵たちへ告げる。
「私はドミナティオ王国第三王子、ルシウス・ドミナティオ!! 宰相の息子アウレリアを、反逆罪で拘束する! 我が言葉を信ずる者は、道を空けよ!!」
聞く耳を持たない衛兵も、言葉を聞いて動揺する衛兵もいた。ルシウスはその二種類の思考の隙を狙って、騎馬を突撃させる。鎧と武器がぶつかり、興奮した馬が大きくいななく。しかしやはり、容易に突破はできない。
ルシウスは覚悟を決め、急所を外して衛兵へ斬りかかる。彼を信じる兵士もそれに続く。攻撃を受けた衛兵が倒れる。だが隙を作らず、すぐに別の衛兵がこちらへ突撃してくる。ルシウスは自国の兵士の勇猛さを頼もしく思いつつ、また一方でそれを今は疎ましく思った。
「――ルシウスさま!! ここは私がっ!」
一度後方へ下がったフィデリーが馬を竿立たせると、重装備の兵士を引き連れ、衛兵の壁に突撃をしかけた。その衝撃で衛兵たちは倒れ、そしてまだ立っている衛兵へ向けて、フィデリーが馬を突進させる。フィデリーが通り抜けた跡を、味方の兵士たちが守り、そこへ道が出来上がる。
「勇猛なる王国兵よ! 我に続け!!」
ルシウスは数名の兵士を引き連れて、その王城へと続く道を一気に駆け抜ける。行く手を阻む数名の衛兵を切り伏せ、ルシウスは城門脇の通用口を目指した。馬から飛び降り、通用口の扉へ向けて、デュランダルを振り上げた。
◇ ◇ ◇
牢屋を出ると、豪奢な装束に身を包んだ霊が、行く先々で現れた。彼らの言葉に従うと、衛兵や使用人を簡単にやりすごすことができて、私は安全に城の中を進んでいく。そうして導かれた私は、王城の中の庭園に出た。
高い位置にある庭園からは、王都を一望できた。こんな状況でなければ、景色を楽しむことができただろう。私はそこで、剣戟の音を聞いた。端まで行って下を見ると、兵士同士が争っているのが見える。でも、どういうこと……? アウレリアのやろうとしていることが兵士たちに伝わっているにしても、その方法がまったく分からない。
そんなことを考えていると、真下に衛兵と戦う数人の兵たちが見えた。その先頭を行く人が誰か気付いて、私はうれしさで胸がいっぱいになる。
「ルシウス!!」
どうしても会いたかった人が、目の前にいた。でもそんなことを思っている時間は、私には許されなかった。彼は衛兵数人に囲まれ、今にも斬りかかられそうになっている。いかに剣術に優れた彼でも、あの状況から抜け出すのは極めて難しいだろう。遠く離れた場所にいる私には、もう祈ることしかできない。もう一度、彼に会えるように。会ってあの日のことを、彼と話せるように。私はただ、祈った。何かにではなく、ただそこで膝をつき、手を握り、祈った――彼を守って、と。
その直後、握った手の中に光が生まれ、それが周囲に広がり、あたり一面を真っ白に染め上げた――
コメント
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ルシウスのピンチにリティアのギフトが覚醒?! 一体何が起きてしまうのか?? 続きが気になりますね! それにしても2人はルシウスママ公認の仲だったのねw
まさかルクスの母がリティアの子供の記憶を思い出しさせたと思わなかった… リティア本当に優しい子すぎる ルクス早く助けてあげて!!