sideマイ
「マイ、ウミ!」
叫びながらセラが走ってくる。
俺とウミはほんの一瞬目を合わし、抱きつこうとしたセラを二人で避けた。
セラはあまりに俺たちを信用していたみたいで派手に転んだ。
「あはは!セラ、大丈夫か?」
俺は大きく笑って手を差しのべた。
「セラは俺たちを信用しすぎだね。俺たちは裏切りすぎかなぁ?」
ウミは穏やかに笑った。
「っ~!もう、2人ともぉ!痛いじゃん!」
セラは立ちながら言った。
「はいはい、早く帰ろ。」
俺はそう言った。
俺たちは幼馴染みだ。親の仲が良くて小さな頃から遊んでいた。俺はいつも風変わりな見た目のせいでからかわれてきたが、二人は俺を何度も救ってくれた。
セラはこの学園では隠れマドンナである。
セラはふだんあまりモテないように見える。でも影ではセラは大人気なのである。
男子だけの秘密ということで、セラは知らない。
ちなみに幼馴染みの俺たちはたくさんの男子に恨まれている。でも勿論俺とウミもセラが好きなんだから、仕方ないよな。
ウミはパッとしない顔つきをしている。
垂れ目に黒い瞳。それはほんとうに黒くて、黒曜石のようなのだ。
物静かで読書ずき。ウミは俗に言う「陰キャ」で、あまりモテないしまず目立たない。ウミは基本話さないから、好きになるきっかけが少ないのだと思う。まずウミを知る人が少ない。
…セラの好きな人なんかも知らないからな。
ウミの恋愛関係はよく分からない。ウミはとにかく、心の声は一番多そうだ。
そういえば、最近ウミはなぜか俺たちよりも早く学校に行ってしまう。
なんでかな、まあ深い理由はないのかもしれない。
セラもウミも大切な幼馴染みだ。
俺だってその一員にいるつもり。なんでも言い合えて、それが楽しくって、一生続いてくって思っていた。
でも、そういうのって、うまく行かないものらしい。
俺たちが中学2年のある冬の朝、ウミから電話がきた。
「もしもし?ウミ、どした?」
ウミはしばらく黙っていた。そして、口を開いた。
「あ、のさ、今日一緒に行こう。セラも誘ったけど。」
やけに乾いた声だ。
「え、あ、いいけど。どしたの?」
「いや、何も…。」
ウミは言葉を濁らせた。
「?じゃあ、後で行くぞ。」
「うん、ありがと。」
電話を切って、朝の支度をした。
「ウミ、きたぞ!」
叫んだ。白い湯気みたいなのが、たつ。
ふわんと飛んで、消えた。
ふと、何もなかったように。
セラもちょうどきた。セラはおはよう、と寒さで紅くなった目尻と鼻先を笑わせた。
マフラーから飛び出る白い息が愛おしい。
ドタドタ音がしてウミが降りてきた。
「ウミ…?なんかおかしくないか?」
「うん、変だよね、ウミ。」
いつもなら何事にも丁寧なはずのウミ。
「ガチャ」
ドアの音と同時に外へ出てきたウミはとてもとても赤い瞼をしていて、髪も服もくしゃくしゃだった。
俺もセラも、からだが動かなかった。
「は、話がある。」
そう言った後ウミはしばらく黙っていて、そして口を開いた。
「っ、えっと、2人には聞いてほしいんだ。俺、いやがらせ、だと思うんだけど受けてるんだ。いつも朝早く行ってたの、黒板とか机の……消すためで。」
空気が凍りついた。外の温度より、この空気が冷たかった。
ウミの目がゆっくりと潤んでいく。
「え?」
セラは混乱しているようだった。しばらく黙っていた。何を口にすれば言いかなんて五里霧中だった。
でもこの空気をどうにかしたかった。
俺は口を開いた。口角をあげて、いつものようににっ、と笑った。
「頑張れよ、ウミ。セラも心配してるし。ウミ、もう少し、誰かと仲良くしてみたらどう?あと…もしかしたらウミに原因があるかも!ほら、なんか嫌なことしちゃってるとか。きっと、なんとかなるよ!」
ウミはちょっと悲しい顔で笑っただけで、何も言わなかった。セラは
「そう、だよね!」
と空元気を振り撒いた。
でもその時、ウミはさらに傷ついていた。勿論ウミはそれを見せなかった。だからそれを知ったのは2週間後の話である。