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ヒノトが咲良を抱き締めたのも束の間、咲良の身体から黒い邪気が溢れ出し、次第に人の形を帯びる。
ヒノトは咲良を抱えながら、ソレを睨み続けた。
「お前が…………風の使徒の本体だな…………!! 咲良のことを利用しやがって…………!!」
風の使徒は、一切表情を変えずに咲良を見下ろす。
「ソイツに聞いてみろ。僕は確かに咲良の感情を喰らい利用したが、奴を強制する力はない」
「強制する力はない…………?」
咲良は、涙を溢していたが、顔は上げなかった。
「分かりやすく言ってやる。お前と戦ったことも、魔族軍に寝返ったことも、ソイツの意志だ。同意の上で、僕と咲良は協力関係にあった、と言うことだ」
その言葉に、歯を食いしばりながら咲良を見遣る。
「ほ、本当かよ…………咲良…………」
「本当…………だよ…………。彼に、僕の身体を勝手に動かせる能力はない…………。君と戦ったことも、僕が諦めて魔族に加担したことも……僕の意志だ…………」
「ど、どうして…………!」
「ヒノトには分からないよ!! あの日……村は悉く全焼されて、僕以外の全ての人たちが魔族化された……。為す術なんてない……抗う力がないんだから、生きていく為には彼らに協力するしかないじゃないか……!!」
初めて顔を上げた咲良は、また涙を溢れさせた。
そんなやり取りの最中、風の使徒の本体、エル=クラウンは、静かに二人の元へと近寄る。
「咲良、再び身体を貸せ。倭国にも奴らにも、もう勝算はない。コイツの灰人の力で無理やり追い出されたが、ここまで共鳴し合えた僕たちであれば、また融合することができる」
「咲良が拒んだんじゃなくて、俺の力でお前のことを追い出したのか…………?」
「なんだ…………? お前、灰人の力をコントロールしているのかと思ったら、自分の力で今の状況になっていることすら分かっていないのか。『魔族の闇魔力を弱める力がある』と聞いていないのか?」
その言葉にヒノトはハッとした。
(父さんが、『お前にしか救えない』ってのは、灰人の力で魔族の力を弱体化させることだったのか…………)
そして、ゆっくりとエルは手を差し伸べた。
「さあ、咲良。その身体を寄越せ。灰人の力で何度、身体から剥がされても、お前が僕を受け入れれば何度でも融合できる。僕たちは何度でも抗える。僕の能力なら、次第に周囲の倭国兵たちも魔族化する。キルロンドの人間だけでは、魔族軍と倭国兵どちらも相手することなど不可能だ。ちゃんと考えろ。生きたければな…………」
言葉をちゃんと聞いているのだろう咲良は、深く呼吸を乱しながら、未だ咲良の腕に抱かれていた。
しかし、震える咲良を、ヒノトは手放した。
「そうだな…………。風の使徒、俺もお前に賛成だ。咲良は仲間だし、救いたい。この戦争に負ける気もない。でもそれは俺が勝手に思ってることだ。咲良を説得して、守り切ることは出来ないかも知れない。ここから先は……咲良が自分で考えて、選択するんだ」
「ふっ…………お前も中々……気に入ったぞ…………」
「けっ、嬉しくねぇよ。お前のことだって、ぶっ潰してやるからな!!」
そんな問答の中で、咲良は震えながら立ち上がる。
「ヒノトくん…………一つだけ、聞いてもいい?」
「ああ、別に一つじゃなくても聞いていいぜ」
「勝算はあるの…………?」
小さく息を飲み、咲良に笑みを送る。
「分からん!!」
「どうしてそんなに自信があるの…………?」
「自信があるわけじゃない。負けたくないんだ」
「じゃあどうして…………そんなに強くあれるの……?」
ヒノトは初めて、咲良の目を見つめた。
「俺は、勇者になるから。みんなを守る勇者に!」
その真っ直ぐな言葉を、坂本にも向けていたことを、咲良は頭に過らせていた。
「じゃあ、最後の質問。僕は……どうしたらいい……?」
震え交じりに、咲良は再び涙を溢しそうに、ヒノトの瞳を見つめ返す。
「お前は……どうしたいんだ?」
「僕…………?」
咲良は、その簡単な言葉で、スッと溜まっていたものが解き放たれる感覚に陥っていた。
風の使徒 エル=クラウンと融合し、倭国の惨状を見たことで、自分がしたいことよりも、自分がすべきことをただひたすらに考えていたからだ。
「僕は…………倭国の兵士になって、倭国民の人たちを守れる人になりたかった…………。強くなりたかった…………!!」
ゴッ!!
そんな咲良を、ヒノトは思い切り殴った。
「ちょっと…………ヒノト…………!?」
三人のやり取りを、不安気に見つめていたリリムも、咄嗟に声を上げる。
「お前の人生だろ!! 他人様に身体も力も委ねてる暇があんなら、命を賭けてでも自分の信念を貫けよ!!」
咄嗟のヒノトの言葉に、咲良も激情する。
「そんなの…………綺麗事だ…………!! ヒノトは僕の惨状を知らないから…………。あんなの見せつけられて、誰だって立ち向かうことなんて出来ない…………!!」
「だ〜か〜ら〜!!」
ブォン!!
そして、ヒノトは刀を咲良に突き付ける。
「んな過去の話はしてないし、そん時に咲良が間違った選択をしたとも別に思ってない!! お前が今考えるべきなのは、過去でも未来でもない! 今だろが!!」
その言葉をぶつけた途端、エルから膨大な力が放出された。
「クソッ…………! なんだ急に…………!!」
「咲良は、僕のことを拒んだ。もう融合はできない」
「拒んだ…………?」
そして、頬に手を当て、スッと咲良は立ち上がる。
「あははっ。その通りだね…………。あの時は僕一人で、きっと今のヒノトの言葉を聞いても、僕には抗うことは出来なかったと思う」
そして、咲良もエルを睨み付けた。
「でも、 “今” は違う!! 一緒に抗える仲間がいるんだ……!」
そう告げると、咲良は長槍をエルへと向けた。
「はぁ〜あ…………」
その瞬間、エルから放たれていた強烈な魔力は消え、戦意喪失したかのようにエルは項垂れた。
「な〜んだ。残念。本当に。いや、本当に残念」
「は…………?」
「いや、僕は本当に咲良と相性が良かったんだよ。僕の能力的に、前線で戦うタイプじゃないのに、咲良の勇志は前線でも戦えるポテンシャルがあったから。まあいいや。どちらにせよ、この戦争は君たちが勝つだろうしね」
その言葉に、全員が呆然とした。
ラスを除いて。
次の瞬間、ヒノトは肩を叩かれた。
「やあ、生きていて何よりだ…… “灰人” ……」
「なんでお前が…………ここに…………!!」
何の気配もなく、突如現れ、ヒノトの肩を叩いたのは、魔族軍 雷の使徒 セノ=リュークだった。
咄嗟に刀を取ろうとするが、ヒノトの刀はセノに抑えられていて動かなかった。
「大丈夫だよ。前にも言ったけど、お前にはあのリムル=リスティアーナをぶっ殺して欲しいんだよ」
ヒノトは、汗を滴らせながらセノと相対する。
「よう、よく姿を現せられたな」
緊張感が漂う中、ラスはサラッと軽い一言を向けた。
その先には、
「シルフ・レイス…………!」
生きた英雄、シルフ・レイスの姿もあった。
「ふふ、ヒノトくんを死なせるわけないでしょ?」
そう言うのは、またしても、どこからともなく現れた魔族軍、セノの部下、ルルリア・ミスティアだった。
ズガン!!
その瞬間、突如として、一人の影がルルリアを襲う。
「あははっ、久々の再会なのに相変わらず荒っぽ〜い」
ルルリアは笑いながら易々と避けたが、目を地走らせる先でルルリアを襲ったのは、ロス・アドミネだった。
「クソ魔族…………ソルを返せ…………!!」
「命令したのはセノだから、セノに言ってー! 私、別に元々、ロスくんに全く興味なかったし!」
「ロス・アドミネ。その怒り、今は未だ温存しておいてくれ。そうだろ…………? シルフ…………」
ラスがシルフに目を向けると、シルフはそっと、朗らかな笑みを浮かべた。