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ちょっとブルーの入るコメントを述べるルーキー達。
っと、そう言えば、アッチの二人にも言っておかないと――
そう思い、オレがリング下のルーキー達の方へ振り返ると同時に、リングを降りた智子さんも同じ方へと振り返った。
「愛理沙っ! 美幸っ!」
「は、はいっ!」
「オ、オッスっ!」
突然、鬼コーチに名前を呼ばれ、慌てて姿勢を正し返事を返す二人。
「お前達も、この試合はよく見ておけ――舞華になったつもりでな」
「えっ?」
「舞華にッスか?」
「ああ、そうだ。舞華になって、佐野を相手にしているつもりでだ――確かにお前達二人は実戦経験もあり、ある程度自分の間合いは掴めている。しかしプロレスの間合いっていうのは、距離感だけを言うんじゃない。その距離感を活かすタイミングも含めての間合いだ」
山口さんを含め、真剣な表情で話を聞く三人。智子さんも同じように真剣な表情で、更に言葉を綴っていく。
「プロレスラーは一試合で何十回も相手を投げ、そして投げられる。いくらスタミナが常人の何倍もあるとはいえ、それだけの投げを自分の力だけで行っていては、あっと言う間にガス欠だ。だから上手いレスラーっていうのは、相手の力や体重を逆に利用して投げて、相手の力が分散するように投げられる――相手が体勢を崩すタイミング、相手の力を利用出来るタイミング、相手の力を逃がすタイミング……それらすべてを含めて間合いって言うんだ」
さすが智子さん。オレが言おうとしていた事を全て言ってくれた。
「それからなっ。ソイツの実力を知らないのだから、新参者が『メインで栗原と試合をする』なんていう事に納得出来ないお前達の気持ちは当然だ。ただ、わたしはソイツの実力を認めているし、ガチで試合をしたら、わたしや佳華でも多分ソイツには勝てないだろう――」
「「「なっ!?」」」
「今ここに居る面子で佐野に勝てるかもしれないなんていうのは、それこそ栗原くらいのもんだ――だから愛理沙も美幸も変なプライドは捨てて、佐野に学ばせて貰うつもりで見学しろ」
「「「………………」」」
智子さんの言葉に絶句するルーキー達……
いや、絶句しているのは荒木さんと木村さんもだ。
でも、そ~か~? オレ的には、かぐやとは互角だとしても、智子さんと佳華先輩には勝てる気がしないぞ……
言いたい事を言い終えて踵を返す智子さんの背中を眺めながら、そんな事を考えていると――
「優月さんっ!!」
先程よりも大きな声でオレの仮名を呼び、興奮気味に詰め寄って来る山口さん。そして、その迫力に再び後ずさるオレ……
「な、なにかな? 山口さん……」
「ヤッパリお姉様って呼んでも――」
「それはダメ」
言葉の途中でキッパリ断言。
「そんな……じゃ、じゃあせめて、わたしの事は山口さんじゃなく、舞華って呼んで下さい! ビシッと! 呼び捨てでっ!!」
更に迫力の数値を上げて詰め寄って来る山口さんに、オレは更に後ずさった。
てゆうか、顔が近い近い……
練習中はあまり気にならないのに、こんな風に近寄られると意識してしまうのはナゼだろう?
「え、えーと……うん、分かった。分かったから、試合を再開しよう……舞華」
「はいっ!! よろしくお願いいたしますっ!!」
「お、おう……」
満面の笑みを浮かべ、元気よく頭を下げる山ぐ――舞華。その笑顔に一瞬ドキッとしつつも、何とか平静を装うオレ。
いかんいかん……とにかく今は試合に集中しないと。
オレは自分で両の頬をパンッと張った。
「よしっ! じゃあ張り切って行ってみようかっ!」
「はいっ! じゃあ行きますっ!!」
舞華は後方のロープへ向って走り出す。オレは次の攻撃に備えて腰を落とし、迎え撃つように構えた。
※※ ※※ ※※
「お疲れさま――梅こぶ茶は有りませんけど」
佳華は、新人達へ指示を出し終えた智子へスポーツドリンクの入った水筒を差し出した。
「たいして疲れてなんていないよ。逆に動かなさ過ぎて、身体が冷えたくらいだ」
そう言って水筒に口を付ける智子。
「フゥ……ところで栗原が随分と不機嫌そうな顔をしてるが、どうかしたか?」
「ああ、いつものヤキモチですよ。佐野がルーキーに目を掛けているのが気に入らないんのでしょう。特に舞華は小柄だけど、スタイルいいし」
「ふんっ、巨乳死すべし……って、別に妬いてなんていませんよ!」
智子と佳華のやり取りに、かぐやがワンテンポ遅れて反論をする。
「とはいえ、佐野がこれからもルーキーの指導をしてくれるのなら、わたしも楽が出来て助かるんだがな」
「確かにあの男の娘は小器用そうだから、コーチにも向いていそうですね」
智子の言葉に詩織はリングを見上げながら、ポツリと呟く。そのリングの上では、舞華が仕掛けたバックドロップ(*01)を佐野がトンボを切って躱し、そのままバックドロップを返していた。
「いや、小器用なんてもんじゃない。ある意味アイツは天才だよ……」
「…………」
嬉しそうに話す智子の言葉に、詩織は再び言葉を失った。
「まっ、ことプロレスに関してだけの話だがな」
「ええ、その他は不器用なヤツですね。生き方とか――特に恋愛とか」
と、ここで、イタズラぽく笑う智子と佳華の視線が一点に向けられる。
「なんで二人してコッチ見てるんですか?」
「「べっつにぃ~」」
「ふ、ふんっ……」
二人の視線から顔を背けるように、かぐやは口を尖らせながらソッポを向いた。
「まったく……舞華の半分でも素直さがあればいいのにな」
「大きなお世話です!」
ソッポを向いたまま、顔を赤らめるかぐや。その姿に二人は肩を竦めてため息を吐いた。
「みなさんあの男の娘、大絶賛ですね――ホントに大林さんや佳華さんでも勝てそうにないのですか?」
そんな様子を見ていた詩織が、先ほど智子の口にしたセリフに対するに疑問を投げかける。
「まっ、勝負は時の運だけどな……それでも十回中一回勝てればいい方なんじゃないか?」
「あれっ? 智子さん弱気ですね。あたしなら十回中二回は勝ちますよ」
それでも勝率は二割……充分弱気だと詩織は思う。そして、そんな二人を見て絵梨奈が|徐《おもむろ》に笑みを浮かべた。
「へぇ~、おもしれぇ。アタイもぜひ手合わせしてぇもんだな」
詩織も顔には出さずとも、その考えには同意するところだ。やはり強い相手と戦ってみたいと思うのは、プロレスラーの|性《さが》なのだろう。
(*01)バックドロップ
背後から相手の腋下に頭を入れ、両腕で相手の胴に腕を回しクラッチして持ち上げる。
そして自ら後方に反り返るように倒れ込んで、相手を後頭部から落下させる。