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#年の差
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昨夜の、あの心臓が壊れそうなほど甘い時間の余韻を引きずったまま、私は朝を迎えた。
鏡を覗けば、そこにはいつも通りの「佐藤課長」がいる。
けれど、足元には高瀬くんの部屋の柔らかいスリッパ。
「先輩、コーヒー入りましたよ。あと、トーストは昨日の自家製ソース使ったんで」
「あ、ありがとう……。ごめん、なんか、すっかり居座っちゃって」
「居座ってるなんて思ってませんよ。……むしろ、ずっといてほしいくらいだって言ったじゃないですか」
高瀬くんはエプロンを外しながら、またさらりと「攻め」の言葉を投げてくる。
朝食を済ませ、私たちはついに、戦場である会社へと向かうことになった。
「……ねえ、高瀬くん。やっぱり、時間差で行くべきじゃないかしら?マンションから出るところを見られたら、噂に拍車がかかっちゃう」
マンションのエントランス前。
私は周囲をキョロキョロと見渡しながら、いつもの「鉄の仮面」を被ろうと必死だった。
「……先輩」
不意に、高瀬くんが私の前に立ち塞がった。
彼は私の肩に手を置き、逃げられないように真っ直ぐに見つめてくる。
「何が怖いんですか? 俺といるところを見られるのが、そんなに嫌ですか」
「そうじゃないわよ。…変な噂なんか立ったらあなたのキャリアに傷がつくかもしれないし、会社での立場だって……」
「そんなこと、俺は気にしません。……今は、先輩の身を守るのが俺の最優先事項なんです」
彼は私の手を強引に取り、そのまま指を絡ませて───恋人繋ぎをした。
「ちょっと……! 高瀬くん…っ!」
「駅の近くまではこうしてます。……誰かに何か言われたら、俺が全部責任取りますから」
顔が火が出るほど熱い。
けれど、彼の大きな手のひらから伝わる体温は、私の不安をすべて吸い取っていくように力強かった。
結局、私たちは手を繋いだまま駅まで歩き、会社の最寄り駅に着く直前でようやく手を離した。
けれど、一歩会社に入れば、そこには昨日よりもさらに騒がしい空気。
「あ……佐藤課長。おはようございます」
社員たちの視線が、私と、そのすぐ後ろを歩く高瀬くんに集中する。
二人の間に漂う、昨日までとは明らかに違う「親密な空気」を、鋭いお局さんたちは見逃さない。
「……おはよう」
私は背筋を伸ばし、凛とした態度でデスクに向かう。
高瀬くんは自分の席に座る間際、私にだけ見える角度で、片目を小さく瞑ってみせた。
(……もう、高瀬くんに振り回されっぱなしだわ)
仕事モードに切り替えようとしても、繋がれた手の感触が消えない。