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おまる
会社側の公式な発表により
私を貶めるデタラメな噂は沈静化した。
けれど、代わりに立ち上ったのは、もっと厄介で生々しい熱を帯びた噂だった。
「ねえ、今日も二人一緒だったって」
「佐藤課長、仕事は完璧だけど、あんな可愛い年下まで手懐けるなんて……年下なのをいいことに襲ってたりして」
ランチタイムの給湯室。扉を開けようとした私の耳に、同僚たちのひそひそ話が突き刺さる。
(……自業自得、なのかな)
私は息を整え、何食わぬ顔で中に入った。
一瞬で静まり返る室内。
すると、以前から高瀬くんを熱心に誘っていた他部署の女性社員が、嫌味たっぷりに口を開いた。
「佐藤課長。最近、高瀬くんを公私混同で連れ回しているって有名ですよ?」
「……そ、そんなこと」
「佐藤課長みたいなオバサンと違ってさ~、若いし将来もあるんだから。あんまり年上の権力使って、彼のキャリアを汚さないであげてくださいね」
くすくすと漏れる笑い声。
言い返せない。
彼女たちの言葉は、私が一番恐れていた「独りよがりな不安」を正確に射抜いていた。
拳を握りしめ、俯きかけたその時───
「──俺のキャリアの話なら、俺本人に聞いてくれませんか?」
凛として響く、聞き慣れた声。
入り口に、腕を組んだ高瀬くんが立っていた。
いつもの柔和な笑顔はなく、その瞳には凍りつくような冷徹さが宿っている。
「高瀬くん…!いつからそこに……」
「最初からですよ。……先輩が困ってるのに、黙って見てるわけないでしょ」
彼は迷いなく私の隣に歩み寄ると、私の肩を抱き寄せるようにして、彼女たちを真っ直ぐに見据えた。
「公私混同? 結構なことじゃないですか。俺、佐藤課長にだけは公私混同で尽くしたいって、自分からお願いしてるんです」
「え……?!でも、高瀬くんがそんな……」
「先輩は、俺が心から尊敬して、全力で口説き落とそうとしている、世界で一番大切な人なんです。…これ以上先輩に不快な思いをさせるなら、俺、黙ってませんよ?」
「……っ、」
有無を言わさない迫力。
高瀬くんは呆然とする彼女たちを一瞥すると、私の手を取って、堂々と給湯室を後にした。
廊下に出た瞬間、彼の手の力がふっと緩む。
「高瀬くん…」
「……やりすぎました?でも、あんなこと言われて黙ってられるほど、俺、お利口じゃないんで」
「だって…あんなこと言ったら、本当に付き合ってるって思われるわよ」
「いいですよ。むしろ、その方が変な虫がつかなくて俺は嬉しいですから」
彼はいたずらっぽく笑うと、私の耳元で小さく囁いた。
「……いつか、噂を『事実』にさせてくださいね。凛さん」
背筋に甘い震えが走る。
元カレからの恐怖とは違う、逃げ場のない熱狂。
私は高瀬くんの背中を追いかけながら
自分の理性がもう限界であることを、認めざるを得なかった。
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