テラーノベル
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「……ひろぱ、本当に大丈夫だよ。ただの知恵熱みたいなものだから」
ベッドの中で、元貴は力なく笑った。頬は林檎のように赤く染まり、呼吸はいつもより少しだけ熱を帯びている。
その枕元には、眉間に深い皺を寄せ、恐ろしいほどの威圧感を放ちながらリンゴを剥く滉斗の姿があった。
「黙っていろ。……お前の『大丈夫』を信じて、何度肝を冷やしたと思っている」
滉斗が手にするナイフの動きは、かつて戦場で敵を圧倒した剣術と同じほどに正確で、鋭い。剥かれたリンゴは、元貴が好む小さな兎の形へと、瞬く間に整えられていく。
「でも、さっきから氷の術を使いすぎだよ。部屋の中が、ちょっと……いや、かなり寒いかな」
元貴が苦笑いしながら肩をすくめる。
心配のあまり、滉斗の無意識下で術が漏れ出しているのだ。部屋の隅にある水瓶には薄氷が張り、窓ガラスには美しいが冷たすぎる霜の花が咲き乱れていた。
「……すまん」
滉斗は短く謝ると、すぐさま術を抑え、代わりにどこから持ってきたのか、分厚い毛布をさらに三枚、元貴の上に積み上げた。
「重い……! ひろぱ、これじゃ僕、動けなくなっちゃうよ」
「動く必要はない。お前の任務は、今この瞬間から熱が下がるまで、俺の視界の中で呼吸を続けることだけだ」
かつての「冷酷な当主」としての顔が、今や「過保護すぎる夫」としての顔に完全に書き換えられている。
滉斗は元貴の額に手を当て、その熱を確認するたびに、この世の終わりでも迎えたかのような沈痛な表情を浮かべた。
「ひろぱ。君がそんな顔をしてたら、僕の熱、もっと上がっちゃうかもしれない」
元貴が熱っぽい手で、滉斗のゴツゴツとした大きな手を握りしめる。
滉斗は一瞬、ハッとしたように表情を緩め、握り返す手に力を込めた。
「……お前がいなくなれば、この国も、俺の剣も、何の意味もなくなる。……頼むから、無理をしないでくれ」
最強の剣士が吐き出した、あまりにも脆く、切実な本音。
元貴は、熱で潤んだ瞳を細め、滉斗を安心させるように優しく微笑んだ。
「大丈夫だよ。僕には、世界で一番強い『盾』がついてるんだから。……ねえ、冷たいお水、もう一杯もらえる?」
「すぐ。……一秒待て」
滉斗は立ち上がると、まるで作戦行動のように迅速に、かつ元貴を驚かせないよう静かに部屋を後にした。
廊下からは、心配して集まってきた村人たちに「静かにしろ、王が寝ている」と、相変わらずの威圧感で釘を刺す滉斗の声が聞こえてくる。
元貴は、翡翠の守り袋を握りしめ、幸せな溜息をついた。
かつての孤独な王邸では、熱を出しても家臣たちは「公務」の心配しかしなかった。けれど今は、一人の男が自分の命よりも真剣に、一分一秒の体温の変化に一喜一憂してくれている。
「……幸せすぎて、本当に知恵熱が出ちゃったのかもね」
少しして、完璧な温度に冷やされた水を持って戻ってきた滉斗は、元貴が眠りにつくまでその手を離すことはなかった。
外では静かに雪が降り始め、二人の聖域は、冬の寒さを寄せ付けないほどの深い愛で満たされていた。
翌朝、熱がすっかり下がった元貴が外に出ようとすると、滉斗によって玄関が「物理的な氷の壁」で封鎖されていたのは、また別のお話。
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コメント
1件
わぁ!最高です!ひろぱかもっくんどっちかが迷子になったりするのも気になっちゃいました🥰できますか?