テラーノベル
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平和な日常に慣れ始めたある午後、小さな事件は起きた。
「……あれ?あっちの角を曲がれば、市場に出るはずだったんだけど」
元貴は、見覚えのない細い路地で立ち止まり、困ったように眉を下げた。
怪我人のための薬草を買いに一人で出かけたのだが、活気を取り戻し、日々姿を変えていく街の路地は、かつての整然とした王都の記憶を簡単に狂わせる。
日は既に傾き始め、路地の奥には深い影が落ちていた。
元貴が引き返そうとしたその時、背後から数人の男たちの足音が近づいてきた。
「おい、あんた。見慣れない顔だな……いや、その綺麗な着物。もしかして、例の『隠居した王』様じゃないか?」
現れたのは、復興の影でくすぶる、他国から流れ込んできた不逞の輩だった。彼らの瞳には、かつての王に対する敬意など微塵もなく、ただ「高価な獲物」を見るような卑しい光が宿っている。
「……道に迷っただけです。通してください」
元貴は穏やかに告げ、防御の術を指先に集めた。しかし、連日の激務で魔力は底を突きかけている。男たちがじわじわと距離を詰め、一人が元貴の腕を掴もうと手を伸ばした瞬間。
「――その汚い手を退けろ」
低く、地を這うような氷点下の声が路地に響き渡った。
男たちが振り返るより早く、路地の壁と地面がパキパキと音を立てて白く凍りついていく。凄まじい威圧感と共に現れたのは、漆黒の外套を翻した滉斗だった。
「ひろぱ……!」
「元貴、下がっていろ。……こいつらの相手は、俺がする」
滉斗は元貴を背後に隠すと、腰の氷剣には手をかけず、ただ一歩前へ踏み出した。それだけで、男たちは心臓を直接氷で掴まれたような恐怖に陥り、腰を抜かしてへたり込んだ。
「ひ、人殺しの若井……! 逃げろ!」
かつての「冷酷な死神」の噂は、ならず者たちの間でも健在だった。男たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ去り、路地には再び静寂が戻る。
「……ったく、お前は。少し目を離すとこれだ」
敵が消えた途端、滉斗は溜息をつき、肩の力を抜いた。しかし、その瞳には怒りよりも、今にも張り裂けそうなほどの心配の色が滲んでいる。
「ごめんね、ひろぱ。すぐに戻るつもりだったんだけど……」
「……お前がいないと気づいてから、街中をどれだけ探し回ったと思っている」
滉斗は元貴の手を引き寄せると、その細い指先を確かめるように強く握りしめた。
「お前はもう、一国の王じゃない。……俺の、たった一人の家族なんだ。二度と、勝手に行くな」
不器用な言葉に込められた深い独占欲と愛情。元貴はふっと頬を緩め、滉斗の胸に顔を埋めた。
「うん。……でも、ひろぱが絶対に見つけてくれるって信じてたよ」
「……お前のそういう楽天的なところが、一番心臓に悪い」
文句を言いながらも、滉斗は元貴を横抱きに――いわゆるお姫様抱っこの体勢で持ち上げた。
「ちょっ、ひろぱ!? 恥ずかしいよ、誰かに見られたら……」
「迷子になった罰だ。家までこのままで行く。……お前は俺の腕の中から逃げられないことを、もう一度思い出せ」
真っ赤になって抗議する元貴を無視して、滉斗は満足げに、そして一歩も譲らない足取りで夕暮れの街を歩き出した。
家へ帰る道すがら、二人の影は一つに重なり、春の夜風に溶けていった。
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コメント
2件
若井さんイケメーン✨カッコよすぎる💗🙈💗可愛い若井さんも見てみたいです!