Side桃
楽屋の扉を開けると、途端にガヤガヤとした話し声に包まれる。でもこれでも4人しかいない。
「あ、大我おはよう」
「きょもおはよ!」
俺に気づいたメンバーが挨拶してくる。
「おはよー」と返し、荷物を置く。
「でさー、ギター弾いて一緒に歌ってくれたんだけど、めちゃくちゃ楽しかった!」
何やらジェシーが楽しげに報告している。きっと誰かアーティストのお家にでもお邪魔したのだろう。
椅子に座ろうとして、ふと立ち止まる。
3人掛けのソファーに座っている北斗の右隣が、空いている。いつもなら樹やジェシーが隣にいて話しているけれど、今は左の3人と話している。
そこにしようか、と思った。
今まで北斗との距離感をつかめなかったせいか、こういう場所でも隣同士というのがあまりなかった。
なのに今それを欲しているわけは、俺が彼のことを好きだから。
いつから、と問われればわからない。出会った時からかもしれない。
目の前でメンバーと談笑している北斗の隣に座りたいのもそういう理由。
だがこの俺が急に近づいてもびっくりするだろう。
そんな思考の沼にはまっていると、背後からの声で現実に引き戻された。
「何突っ立ってるの、きょも」
びっくりして振り返ると、樹がいた。一番遅いのはいつものことだ。
「あっ、いや、ちょっとね、考え事」
珍しく慌てる俺を、慎太郎も訝る。
「どうした?」
何でもないよ、と答えて一人掛けのソファーに腰を落ち着けた。きっと北斗の隣には樹が座る。
そして着替えやセットを済ませた後はいつものように6人でお喋りをしていた。
この時間が好きだ。
でも北斗と二人だけの時間を過ごしたい、それが最近の願い。
いつ叶えられるかはわからないけれど。
時計が収録が始まる時刻を指した。
みんなは立ち上がり、部屋を出ようとする。
と、「京本」
後ろから声を掛けられる。
5人の中でこの呼び方をするのは、ただ一人しかいない。しかも俺の意中の人。
振り向けば、涼しい顔をした北斗が立っている。いや、普段の表情だ。
北斗は俺の背中に手を伸ばした。
触れられる感触を感じ、にわかに心拍数が上がる。まさに「ドクン」という音が聞こえた気がした。
「ゴミ、ついてた」
その場で手を払う。
ありがとう、と言うまでに数秒かかった。その声も上ずっていたかもしれない。
北斗は微笑み、「早く行こ」と歩き出した。
その笑みは今まで見てきたメンバーの北斗と一緒なのに、なぜか別人のようで、もっと輝いて見えた。
続く