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ある冬の日、私は兄を亡くした。大好きだった兄。
常に一緒にいてくれて、泣いたら助けてくれて、悪い大人からかばってくれた兄。
兄は大人たちに殺されそうだった。私は助けに向かったけど、間に合わなかった。
兄は頭を撃ち抜かれて亡くなった。
撃った男も殺した。何度も何度も刃物で刺した。
でも、無くした者はもう帰って来なくて。私は絶望の底に落とされた。
私は傍にあった拳銃で頭を撃ち抜いた。
小鳥の鳴き声で目を覚ます。また私はあの夢を見てしまった。このごろずっと見てしまう。
小さくため息をつくと運動着に着替え、ほどけそうだったミサンガを結び直した。
赤黒く染まったミサンガ。恐らく血が酸化した物だと知人は言った。元々何色だったかはもうわからない。でも自分にとっては大事な宝物だった。
竹刀を手に取り庭に出る。そこでは既にお父様が素振りをしていた。
「おはよう、由紀。」
「おはようございます、お父様。」
お父様は素振りを中断し私の元へくる。
「由紀も朝練か?精が出るな。」
「恐れ入ります。」
お父様とは呼んでいるが、本当の親子では無い。本当の両親はとっくに亡くなっており、一人でいた所をこの人が拾ってくれたのだ。
「由紀、朝練が終わったら私の部屋に来なさい。」
お父様はそう言うと竹刀を使用人に預け中へ戻って行った。
また、何かあったのだろうか。そう考えながら朝練を始めた。
一時間後、朝練を終えた私はシャワーを浴び、お父様の部屋へ向かった。
「失礼します。」
「よく来たな、まずは座ってくれ。」
ソファに腰かけ使用人が持ってきたお茶を飲み一息つく。
「また、複数の蟲の出現が確認された。」
あぁ、またか。なんとなく予想はしていた。
蟲。それは人を喰らう化物。私たちはその化物を退治する家系だ。
以前は蟲を斬る宝刀「雪風」を管理する奥宮家とそれをサポートする家系、入谷家があった。
私は奥宮家の出身で両親と平和に暮らしていたのだが、百蟲組という蟲を操る組織に襲われた。つまり私は奥宮家の生き残り。それが知られないよう母が入谷家に私を逃がしたのだ。
「今度はどこに?」
「綾白町だ。」
綾白町といえば政府関係の建物や芸能事務所、皇居があるエリアだ。
あの辺はビルも多いためかなりの人がいる。そこを狙ってくるとは私も思ってもみなかった。
「いよいよ日本を乗っ取ろうというのだろう。いつも以上に気合いを入れろ、由紀。」
「はい、お父様。」
この話があったという事は今日は会合か。はぁ、気が重い。
そう考えながら私はお父様の部屋をあとにした。
会合の会場にて書類に目を通していく。やはり、お父様の言う通り綾白町に蟲が集中しているようだった。
被害状況は一人二人喰われている程度。警察も巡回を強めているらしい。
書類とにらめっこしていると一人の女が入って来た。
「おはようございます、由紀様。」
「おはよ、あかね。」
あかねは昔から私の親友で、白蛇家という忍びの家の家系の長女だ。
「本日の会合の件、みなに伝えておきました。」
「ありがとあかね。仕事が早いね。」
次に綾白町の地図を広げ、蟲が目撃された場所に印を入れていく。
「次は綾白町ですか。」
「そうそう。確か綾白町って結構な頻度でデモ起きてるよね?」
「そうですね、最近は酷い話ばかりですから。」
宗教に、賄賂に、不適切な発言。政府がやる事がめちゃくちゃだと最近はデモ活動が行われている。一応新聞を見ながらそのデモ活動が行われている場所に印を付けておいた。
それを見るとデモ隊のいる場所にはあまり蟲の出現情報はでていないようだ。
「由紀様、みな揃っております。」
白蛇家の息子、あきらが扉を開ける。各家の長がみんな揃っていた。
「来ましたね、では始めましょうか。」
入ってきたのは入谷家と仲が良く、昔から蟲退治に協力してきた四家の長。
主に諜報活動を行う白蛇家
蟲に対し強力な武器を作る明石家
蟲の研究をする薬師家
蟲から民を守るため兵を統率する海原家
それぞれの長が席に座り私が広げた地図を見つめた。
「ふむ、今度は綾白町ですか。奴も本腰を入れている様子。」
「めんどくさい所に現れたなぁ。」
各家の部下たちも綾白町に現れた事に驚き騒ぎ始める。まぁ、予想外だっただろう。
今までは都心の至る所にバラバラに現れていた。それがどんどん一箇所に集められている。
百蟲組が指示している可能性は十分に高い。
しばらく地図を見つめていた海原家の長が口を開いた。
「由紀様、今こそ宝刀雪風を使い、百蟲組に存在を知らしめるべきかと。」
そう、これまでは明石家が作ってくれた刀を使っていた。宝刀雪風を使える奥宮家の人間が生き残っていると奴らに知られないためだ。
「海原様、それはいささか早計なのでは?」
「由紀様はまだ十七歳であらせられる。由紀様が最後の希望だというのに」
「由紀様がいなくなったら我々はどうしたら……」
口々に私の心配をする配下達。確かにその不安もわかる。だが私は声を張り上げた。
「海原様の言う通りです。奴らが動き始めたのなら我々もそれ相応の覚悟を持って動かなければ。父と話して明日にでも宝刀雪風の封印解除を行います。」
「異議なし。」
「由紀様のお覚悟素晴らしいです。」
誰も異議を唱える者はいなかった。
「海原様は綾白町の巡回を。私も夕方まで綾白町にいます。」
「了解しました、二十四時間町の監視に努めましょう。」
ちょうど春だ。この機会に綾白町の学校へ転校しなければ。
蟲の動きを探るため、そして私も蟲退治に参加するために。
次の日、私たちは雪風を封印している地下倉庫へと向かった。
「この封印は奥宮家の血で開くようになっている。」
重い扉には厳重に鍵がかかっており、その前には陣があった。
「さぁ、由紀。封印を解くがよい」
私は陣の前に立ち持っていた小刀で手首を少し斬った。
その血が陣の上に落ちると陣が赤く光り扉が開き始める。
その扉の先には青白く光る刀があった。
「これが、宝刀雪風……」
手を伸ばすと刀がひとりでに動き私の手の中に収まった。
「やはり、刀は由紀を主人として認めているようだ。」
やがて刀の光は収まり小さな石になった。
「宝刀雪風は普段はその石だ。それに力を込めれば本来の刀の姿に戻る。」
お父様が懐からネックレスを取り出し、青い石を型に嵌めた。
「これならただのネックレスだ。いざという時だけ使うのだぞ。」
「わかりました。」
数日後、綾白町にある学校では生徒が談笑しながら中に入って行く。
「いよいよですね、由紀様!」
「もうはしゃぎすぎだよ。」
この学校に入り、蟲の動きを監視する事にした私とあかねは一緒に校舎に入った。
先生に教室に案内され、軽く自己紹介をし席に着く。
まぁ、生徒の反応は予想通りで女子が来てテンションが上がってる男子と嫉妬する女子たちだった。ただ、予想出来ない人がただ一人いるのはスルーしておこう。
お昼休み、持ってきたお弁当を広げる。
うむ、今日もいい出来栄えだと自信ありげにしていると、突然上から水が降ってきた。
「あらー、ごめんなさい!つい手が滑ってしまったわ!」
いかにもお嬢様という女子が笑いながら近づいてきた。周りの取り巻きたちが掃除用のバケツを持ってクスクスと笑っている。大方、あの水をかけられたのだろう。まぁ、こういうことは予想はしていたけれど。
「せっかくのお昼休みに教室の掃除ですか。素敵な人ですね。」
皮肉を込めてそういうと水をかけてきた女は取り乱した。
「なによ!転校生のくせに生意気な!」
「立場って物を弁えなさいよ!」
はぁ、はっきり言って面倒くさい。そんな事を考えていると今度は彼女らの後ろから水がかかった。
「きゃーっ!」
それはもう大騒ぎの彼女たち。整えられた髪もぐちゃぐちゃになっていた。
「由紀さんをいじめるなこのブス女!」
水をかけたショートカットの女の子はそういうと私の手を取り走り出した。そして屋上に出る。
屋上の扉を閉め、一息付いた彼女は笑い出した。
「あはは!なにあの顔!いい気味!」
女の子は爆笑している。相当面白かったのだろう。
「ありがとう、君。」
「いいえ!由紀さんのためならなんでもしますよ!」
あぁ、確かこの子自己紹介の時キラキラした目で見てた子だ。理由はまぁ、聞かないでおいた方が身のためか。
「私、姫川美香と申します!」
美香と名乗った彼女は明るい笑顔で私の手を握ってくる。
「そうだ!これタオルです!使ってください!」
渡された赤いタオルは有名なスポーツブランドのロゴが入っていた。
「ありがとう。洗濯して返すね。」
「いいえ!お気になさらずに!」
「いいえ、そうさせて。」
さすがに濡れたまま返すのは気が引けるし。
学校が終わった後、しばらく綾白町を散策していた。ときどき部下の車が見えたから巡回はしっかりしているのだろうと考えていた。
「今日は何ともないっぽいな。」
自動販売機でジュースを買っていると向こうから人が走ってきた。
そちらの方を向くとその人とぶつかる。
「あ、ごめんなさい!」
彼は焦った様子で去って行った。走ってきた方を向くと奥から女の子たちが走ってくる。
「雪平くーん!」
「待ってー!」
あぁ、熱狂的なファンか、可哀想に。少しだけ手助けしてやるか。
そう考え彼を彼女たちとは別ルートで追いかけた。
そして、彼の姿を見つけるとさりげなく近づくのを待ち、近づいてきた所を腕を掴んで裏路地に引っ張った。
「うお!?」
「静かに。」
彼を道路から姿が見えないよう奥の方にやる。
「雪平くーん!!」
彼女たちが去って行くのを確認すると私は彼から離れた。
「すみません、助かりました。」
「いえ、よかったらうちの者に送らせます。」
私は部下に電話をし巡回中の車を寄越すように頼んだ。
「本当にありがとうございました!なんとお礼をしたらいいか!」
「お気になさらず。」
ふと彼の手元を見ると私が付けているミサンガに似たミサンガを付けていた。
そのミサンガを見て察した。
この人は夢に出てきた兄だ、と。
後でお礼を言いたいからと連絡先を交換し彼とは別れた。雪平……本名を近藤雪平。
俳優でありモデルでもある彼は最近話題の人らしい。彼がのっている雑誌をパラパラとめくり、彼の事を考えていた。
「由紀様、失礼致します。」
あきらの声が部屋の外からした。
「どうしたの、あきら。」
「蟲が数体綾白町に出現致しました。人を襲う事はなく徘徊しているとのことです。」
「海原家の部隊は?」
「蟲の後を付けているとの事です。」
大抵の蟲は海原家の部隊に任せておけば問題は無い。だが今回は違う。
蟲達がどういう風な動きをしているのか探る必要があるのだ。
「海原家の部隊は危ない時にだけ出るように指示を出して。現場に向かう。」
「はっ。」
すぐに支度をして車で現場へと向かった。
なるべく目立たない場所で車を降りあかね達と合流する。
「どう、様子は?」
「奴ら、学校に向かっているようなんです。」
何を考えているかはさっぱりだがとりあえず蟲の後を追う事にした。
現在時刻二十二時。生徒はさすがに帰っているはずだがと考えていたが、学校には明かりが付いていた。
「まだ誰かいるのかしら。」
そう考えていると校舎から人が出てきた。校門の所に待ち構えていた蟲と鉢合わせそうになる。
「仕留めるよ。」
「はいっ!」
石に力を込めて宝刀雪風を取り出す。そして一気に蟲の背後をとると首めがけて刀を振り下ろした。
蟲はこちらに気づいたが一歩遅く、蟲の首がぼとりと落ちた。
「よし、片付いたよ。」
刀をしまい、襲われそうになった人の所へ向かう。その姿には見覚えがあった。
「貴方……確か」
昼休み、お弁当にバケツの水をかけてきた人だった。
「あー!貴方、由紀様のお弁当によくも……!」
「落ち着けあかね。」
あきらが止めに入るとあかねは「だって……」と呟いた。
「怖がらなくていい。話をしたいだけ。」
彼女はずっと怖がっている。仕方がない、先程蟲の血を浴びたばかりだからな。
「も、もしかして入谷由紀……!?」
「えぇ。」
やっと私だとわかったようだ。
「ご、ごめんなさいいいいい!」
彼女は一目散に逃げてしまった。何をそんなに怖がっていたのだろうか。
「捕まえますか?」
「別に。明日でいい。」
今はとにかくお風呂に入りたかった。
次の日、私は持ってきた本を読むため早く登校した。
教室で読書に没頭していると廊下で黄色い悲鳴が上がる。
「雪平くーん!」
「こっち見てー!」
あまりにもうるさくて様子を見てみると、我が校の制服を着た近藤雪平が廊下を歩いていた。それを囲むように女の子たちが群がる。
彼もファンサービスを忘れていないあたりちゃんと仕事してるなぁと感心してしまう。
「あ、昨日の!」
彼がこちらに気づき近づいてくる。すると彼は私の手を握り満面の笑みを浮かべた。
「昨日はありがとう!助かったよ!」
「ど、どうも……」
周囲が騒ぎ始める。どういう事だと疑問を持つ者もいれば嫉妬心を持つ者もいた。
「はぁ、にしたってこんな所で堂々と……」
「あ、すまない!」
素直だ。彼は照れくさそうにすると
「正直、まだ自分が芸能人だという自覚がなくてな。」
確か彼がモデルデビューしたのは一年前という事だったが。
「それで昨日の変装も下手くそだったのね。」
「うぐっ。返す言葉もない……」
全く。こういうところも兄とそっくりだ。
「ここじゃ話にならないでしょうし、昼休みにでも。」
「あぁ、屋上で待ってる!」
「ええ。」
教室に戻り、席に着く。全く厄介な事になりそうだ。
授業の後、次の準備をしてまた本を開く。読もうとすると廊下から誰かが走ってくる音がした。
「ちょっと貴方!雪平くんと話してたってどういう事よ!」
ほら厄介な事になった。正直今は読書に集中したい。
そうは問屋が下ろさなかったが。
「あんたなんか雪平くんと話す価値ないわよ!」
リーダーらしき人が私を殴ろうとする。その拳はあっさり止められた。
「なっ!」
「やり返しはしないけど自分だけ殴られるのも癪に障る。」
蟲を退治し、稽古を付けてきた私には、一般人の拳など可愛い猫パンチにすぎない。
「な、なによこいつ!」
「私に逆らったらあんたどうなるかわからないからね!」
ヤクザでもけしかけてくるのか。それとも退学させるとか?まぁ、可愛いものだけど。
「ねぇ、よしき!あいつやっちゃってよ!」
そう女が叫ぶと身長が二メートルくらいある大男がやってきた。
だが、その男が私を殴る事はなく、私の姿を見た途端跪いた。
「ゆ、由紀様っ!こいつがすんません!」
「あ、確か貴方は……」
入谷家の幹部の息子さんだったか。一年ほど前に幹部の人が連れてきたんだっけか。
その後は女そっちのけで二人で談笑し、彼は女を連れて出て行った。
そこで授業開始のチャイムがなる。
「あー結局読めなかったなぁ。」
お昼休み、待ち合わせしている屋上に向かう。
春とはいえまだ風は少し冷たく、屋上に人はほとんどいなかった。
「おーい、こっちだ!」
向こうから彼の声がする。彼はお弁当を広げて待っていた。
「君もお弁当か、いいな!」
「ん。」
隣に座ると彼のお弁当の中が見えた。のりで「雪平ラブ」と書かれている。
ファンの子が作ったのだろう、正直ちょっと引いた。
「食べづらくない、それ?」
「う、うむ、正直な。」
はぁと一息つくつくと私は持参したおにぎりを差し出した。
「これ食べる?」
「いいのか!?ありがとう!」
彼は喜んで受け取ると一目散にかぶりついた。
「うまーい!」
「そりゃどうも。」
自分も彼につられておにぎりを頬張った。
「そうだ、これ昨日のお礼!よかったらもらってくれ!」
そう言って差し出されたのはあの有名なチョコレート店のルビーチョコレートだった。しかも前から食べたかった物だった。
「……ありがと。」
「喜んでもらえて何よりだ!」
これは帰ってから食べよう。そう思い、チョコレートを自分の隣においた。
「なぁ、実はここでずっと一人で食べててな、もしだったらその、これからも一緒にここで食べてくれないか?」
「それは構わないけれど。」
了承すると彼は「良かった!」と言って喜んでくれた。
その後、お昼休憩終わりのチャイムがなるまで二人でしばらく談笑を楽しんでいた。
その日の夕方、巡回を部下の車に任せ自分は公園で本を読んでいた。昨夜の蟲の巡回もあったし、しばらくはこの辺で見張るのがよいだろうとも考え学校近くの公園にいる。
空がこの上なく平和なのでのんびり過ごせそうだなと考えていると目の前が急に暗くなった。
「だーれだ!」
「美香。」
声でわかった。あと異様に高いテンションと。
「もう、淡白なんですから!」
「全く……」
暇じゃないんだがな、と言おうとしたが止めておいた。
「由紀さんはここで何を?」
「ん?休憩中に読めなかった本をね。美香は部活帰り?」
「はい!今日もしっかり練習してきました!」
部活で汗をかく……青春だなぁ、楽しそうに話す美香もキラキラ輝いて見える。
「ねぇ、美香……」
話しかけようとするとベンチの後ろの壁を突き破り蟲が姿を現した。
「きゃーっ!」
咄嗟に美香を引き寄せ安全な場所へ避難する。
「美香は安全な場所に逃げて!」
「で、でも由紀さんは!?」
「いいから早く!」
美香は状況を察したのかうなずきカバンを持って走って行った。蟲も後を追おうとする。
「貴方の相手は私よ!」
石を握り刀を取り出す。さて、どう始末してやろうか。
「由紀様、援護します!」
あかねの力を借り二人で蟲に突撃する。まずは蟲の脚を切り落とし、動きを鈍らせる。あかねは右を私は左を切り落とした。
「由紀様、今です!」
あかねの合図で上に飛びのり蟲の心臓のあたりを狙った。
「せーのでいくよ!」
「はい!」
「「せーの!!」」
私は上からあかねは下から心臓に向かって刀を突き刺した。
特大サイズになると皮も固くあまり刺さらないのだが、宝刀雪風はそんな事はなかった。しっかり奥まで刺さってくれる。
それが心臓にヒットしたのか蟲は絶命した。
「他の蟲の出現情報は?」
「今のところありません。」
それならいい。風呂に入って血を落とすとしよう。
私は部下の用意した車に乗り家に帰った。
蟲の襲撃から一週間後のお昼休み、いつものように屋上で彼を待っていた。
ここ最近、街はたくさんの人で溢れている。デモ隊が列を作って叫んでいるのが聞こえる。毎日毎日飽きないなぁと思いため息をついた。
「待たせたな!」
今日も元気いっぱいの彼は今日もピンクの風呂敷で作られたファンの子が作ったであろう弁当を持っていた。
「まーたもらったの?」
「う、うむ。どうしてもと言われてしまって断れなくてな。」
「はい。」
私はもうひとつのお弁当を差し出した。一週間もこんな状況が続いているのを見てしまうとさすがに見過ごすことは出来ず予め作っておいたのだ。
「私から貰うっていえば?もう作ってこなくなるでしょ。」
「いいのか!?これ貰っても!」
彼は目を輝かせた。そんなに喜ぶ事だろうか?
「別にいいよ。」
作るお弁当が一つ二つ増えたくらいでなんら問題もないことだ。
「いただきます!」
彼はよほどお腹がすいていたのかお弁当にがっついていた。そんなに急いで食べなくても誰も取りやしないというのに。
私もさっさとお弁当を食べ、スマホでニュースを見ていた
「何を見てるんだ?」
「この騒ぎの原因が知りたくてね。」
「あぁ、あの騒ぎのことか。
なんでも政府の人間がある教会と繋がっていたとかなんとかで問題になっているそうだ。」
「へー、よく知ってるね。」
政府の人間が一教会と繋がるなんて変な話だなぁ。そう思い調べてみると賄賂も渡していたとらしく、デモ隊はそれに抗議して政治家をやめろと騒いでいるようだった。
「最近は戦争も起こっているし、世の中大変だよな……」
あちこちで貧困や戦争が止まらない。どれだけ諸外国が働きかけてもだ。
こうして平和にご飯を食べれている事が不思議なくらい、まだこの国は恵まれている方だ。
全く、嫌な時代になったものだなと考えながら、私は外のデモ隊を見つめていた。
学校帰りに図書館へ寄り、教会についての記事を漁る事にした。ただの宗教団体ではあるのだろうが、なぜか凄く気になったのだ。
「えーと、これか、『星みつ会』」
星みつ会。かなりの信者がおり、戦後から続く大規模な宗教団体だ。
一時期、とある犯罪宗教団体が大きな事件を起こしたこときっかけで宗教団体に関しての規制が厳しくなったのだが、星みつ会は信者から絶大な信頼を得ていたのか、あまり問題になる事はなかったそうだ。
しかし、今年の二月頃に信者の男とその息子が、宗教にのめりこみ破産までしてしまった男の妻を見ていられず、ネット上に現状を投稿。あっという間に拡散され、それをメディアが取り上げたことで、どんどん問題が明らかになったのだという。
「あれ、確か二月後半頃だよね、この町に蟲が現れ始めたの。」
そう、問題の投稿があった二週間ほど後に蟲が政府機関のあるこの綾白町に出現し始めたのだ。偶然だとは思うがどうも引っかかる。
百蟲組がデモ隊を黙らせるために蟲を出現させているとしたら?
「確かめてみるか……」
私はある所に電話をかけた。
「やぁ、久しぶりだね、お嬢。」
ある裏路地に入ると既に男が待っていた。
「久しぶり、Z。」
白髪に黒いコートを着た彼はコードネームZ
元は白蛇家の長男だったのだが、成長して白蛇家を出たあとはスパイ、情報屋として活動している。
「今日は何について調べて欲しいんだい?」
「星みつ会について。……百蟲組と何か関係があるかもしれないから。」
彼はタバコに火を付け頷いた。
「その予想は当たりだよ、お嬢。百蟲組は星みつ会の裏の顔だ。
ちなみに星みつ会に入った三割が消息を立っていてね。警察は捜査していないとの事だ。」
警察が捜査していないのなら報道になっていないのも頷ける。ネット上に上がってても恐らく消されているだろう。
「実は警察トップが星みつ会の信者でね。もみ消しを行っているのだろう。」
全く、とんでもない話だ。消息を立った人がどこに行ったかも調べないといけないし、やる事はたくさんだ。
「今のところはこれで大丈夫かな?」
「うん、大丈夫。消息を立った人がどこに行ったかは知らない?」
「僕の耳には入ってないから、死んでいるか、生きてても名前やら何やら変えてるかもしれないね。」
「ありがと、それだけ聞ければ十分だよ。」
私は彼にそう別れを告げ、家路へと着いた。
次の日、休日だった私は薬師家の研究チームの所へ向かっていた。
「お疲れ様です、お嬢様!」
「お疲れ。ねぇ、昨日連絡くれた事って本当なの?」
実は昨日の夜薬師家の一人から連絡があり、蟲を生きたまま捕らえたという事だった。
「はい、こちらです!」
そうして案内された先には巨大な黒い蟲が眠っている状態で解剖台に乗せられていた。もちろん、人間用の解剖台だとサイズが違いすぎるので特大サイズとなっている。
「よく捕まえたね?」
「人が持ち運べる対蟲用麻酔剤を海原家の人に持たせていて、それを使ってくださったのですよ。」
うん、薬師家めっちゃ有能でした。私自身蟲をじっくりと観察した事なんてなかったのでこの機会によく観察しておこうと目をこらす。
蟲は蜘蛛にとても似ている。色は黒く、脚には狩りをする用なのかするどい刃が付いている。多分黒くしているのは夜間に紛れやすくしているからなのだろう。でも偵察用に駆り出されていたという事はある程度の知能や理性はあるのかもしれない。襲撃用は誰彼構わず攻撃していたから残ってないだろうが。
「これから解剖?」
「はい。由紀様もご覧になりますか?」
実際見てみたい。こいつの中がどうなっているかを。
「では始めます。」
白衣を着て彼らの様子を高い所から見つめていた。
まず、中の内蔵を傷つけないよう、慎重に刃を入れていく。そして、数人がかりで殻をひんむく。外側の形状は虫とよく似ているが中はどうなっているのやら。少しワクワクしているととんでもない物が目に飛び込んできた。
「こ、これは……!」
中には大量の人間の心臓があった。パッと見数十人分はあるだろうか。
「ねぇ、頭はどうなってる?」
「見てみます。」
同じ要領で頭も割るとそこには大量の脳がつまっていた。あまりにもぐちゃぐちゃ過ぎてどれが誰の脳かなんて見分けが付かない。
「えっぐいな、これ……」
ちょっとだけ吐きそうになるのをこらえつつ取り出される心臓を見ていた。数としては二十個くらいあっただろうか。その心臓が蟲の原動力になるのか。
そしてもうひとつ驚く事がある。人間を喰らう化物だと父から教わったし、その様を見ていたのだが、消化器官がどこにもない。あるのは心臓だけ。この個体は人間をまだ喰らっていないからどういう構造になっているのかはわからないが喰らったあとの人間だった物は一体どこに行っているのだろうか。
その日の夜、眠れなかった私は近くの公園まで散歩をしていた。その公園には一本だけ桜の木が植わっており、ちょうど見頃を迎えている。しかも桜の木の下にベンチがあるのでいい休憩場所となっているのだ。
ベンチに座りのんびりと桜の木を見あげる。街灯の光に照らされ、綺麗な夜桜となっていた。
「あれ、由紀さん?」
「雪平くん!?」
現在二十二時、さすがに誰もいないだろうと思っていたが、ランニング中の彼に見つかってしまうとは。
「眠れないのか?」
「うん、ちょっとね。」
二人でベンチに座り彼は携帯していたスポーツドリンクを飲んだ。
「寒くないか?寝巻きで外に出て……」
「家がすぐ近くだから大丈夫だよ。」
「そうか!しかし、ここの桜は綺麗だなぁ」
「でしょ、すごくいい場所なんだここは。」
私たちはのんびり桜を見て談笑していた。
「にしても本当に君のお弁当は美味しかったよ!改めてありがとう!」
「どういたしまして。って言っても普通のお弁当だよ?」
「そうなのか?うちじゃあ玄米や海藻が主食だからなぁ。」
え。そう呟きそうになった。育ち盛りの男の子が玄米や海藻が主食とはどういう事なのか。
「肉や白米は神様の食べ物だって、食べる事を許されてないんだ。」
神……なるほど、宗教の掟か。イスラム教に豚肉を食べてはいけないという掟があるように、この国の宗教団体はそれぞれ掟を作っている所が多い。毎朝礼拝をするだとか、特定の物を食べてはいけないだとか。
「ねぇ、もしかして星みつ会に入ってる?」
「な、なんでそれを!?」
「星みつ会について調べている時にそんな掟があるっていう記述があったんだ。だからもしかしてって思って。」
彼は図星をつかれたかのように俯いた。そしてゆっくりと口を開く。
「……そうだ。俺の家族は星みつ会に入っている。二つ下の妹が生まれて二年くらいあとだったかな……とは言っても、俺と父さんは信じていない。……いや、父さんに関しては信じていなかったって言った方がいいか。」
「信じていなかった?」
聞けば、お父さんは彼が小学校五年生の時に亡くなったという。それも星みつ会に殺されて。
「勧誘されたのは、俺が風邪を引いて寝込んで、父さんが看病してくれていた時だ。あの日、母さんは俺を父さんに任せて兄と妹を連れて出かけて行ったんだよ。少なくともあの日までは正常だったから。」
出かけた先で星みつ会の勧誘に会い、おかしくなったという事か。宗教の教えってそんな早く効果あったか?
「その日から毎朝礼拝をするようになって、俺と父さんにも教えに従うようにって言ってきた。
父さんは母さんに凄く優しかったから反論出来ずにいたそうなんだけど、あまりにもおかしくなって行く様子に耐えきれなくなって俺を連れて家を出たんだ。」
その後のいきさつも、彼はもぽつりぽつりと話し始めた。
父との思い出、そこでの星みつ会の教えから離れた生活がどんなに楽しかったか。
「でも、ある日の夕方、僕が帰ってきた時だった。そこにいないはずの母さんがいたんだ。星みつ会の人間も何人かいたと思う。部屋の中には父さんはいなかったけど血溜まりがあって、父さんが死んだんだって思い知らされたよ。」
そういう彼の手は震えていた。その時の事をきっと鮮明に覚えているのだろう。私は彼の手を握った。
「俺は……俺は本当はモデルなんてやるべきじゃなかったんだ!でも、教会の奴らがやるようにって強制してきて、瞬く間にファンは増えて行った。
確かに、ファンが増えるのは嬉しかったけど、でも、このままじゃファンの子達にあの狂った教会に入るよう宣伝しなきゃならなくなる。それだけは絶対に避けなきゃいけないんだ!」
彼の叫びは悲痛で、そしてとても優しかった。ボロボロと涙を流す彼をそっと抱きしめた。彼はずっと私の胸で泣いていた。幸い、人は誰もいない。いるとすれば、探しに来たあきらくらいだったが、すぐにいなくなった。
少し時間が経ち、彼は落ち着いたのかようやく泣き止んでくる。
「落ち着いた?」
背中をさすり、ゆっくりと彼から離れる。
「ありがとう、本当に優しいな、君は。」
彼は持っていたタオルで涙を拭いた。笑顔でそう言ってはいるが、その裏には苦しそうな表情が見える。
「……ねぇ、しばらく私の家で暮らさない?貴方を守ってあげられるかもしれないから。」
「でも、そんな事したら今度は君が……っ!」
「大丈夫、守ってみせる。だから、安心して。」
彼はコクリと頷き、すぐさま母親に連絡を入れていた。
「うん……うん、わかってる。ちゃんと、掟には従うよ。
前も同じ事あっただろ……?うん、わかってる。じゃあ。」
彼は早々に電話切り一息付いた。
「大丈夫そ?」
「あぁ、友達の家に泊まるって言った。何度もこうやって母さん達から逃げてきたんだ。泊まったのは事務所近くのホテルなんだけどな。」
どうやら逃げるのは手馴れているようだ。私は足早に彼を連れ家へと戻る。
「おかえりなさいませ。」
「ただいま、あきら。メッセージで伝えた通りよ。」
「当主には伝えてあります。ようこそ、雪平様。当主より家のようにくつろぐようにと仰せつかっております。」
「あ、ありがとうございます。お世話になります。」
私はあきらに部屋への案内を頼み、お父様の所へ向かった。
「失礼致します。」
「あぁ、入りなさい。」
部屋に入るとお父様が書類を読んで待っていた。
「既に薬師家から連絡は貰っている。日曜に野党とでこの事について話しに行く予定だ。」
来週の火曜日には衆議院で会議があり、問題になっている政府と教会の関係についてを問いただす場が設けられている。
「それとZからも連絡があってな、近々百蟲組が動き出す可能性があるとの事だ。」
「いよいよ、ですか。」
「あぁ、明日会合を開き話すが良い。いよいよ決戦の時だと。」
「わかりました。」
Zがああ言うって事はきっと大量の蟲が用意されているのかもしれない。
つまり今はたくさんの人間があの蟲の中へ……?
そう考えた時、私の携帯が鳴った。
「申し訳ありません。」
「構わん、出なさい。」
着信は美香からだった。急いで電話に出る。
「どうしたの、こんな夜更けに。」
「由紀さんどうしよう!私のおばあちゃんとおじいちゃんが居なくなったんです!」
あまりにも大きな声だったため、お父様にも聞こえていてようだった。すぐに他にも行方不明になった人がいないか確認を取らせる。
「美香、詳しく聞かせて。」
「はい、おじいちゃんの家に今いとこが遊びに行っていて、さっき電話がかかってきたんです。いとこの話によれば二十時頃に変な服の人がやってきておじいちゃんとおばあちゃんを車に乗せて行ったって!」
「変な服の人?」
「おじいちゃんとおばあちゃんは「神様の元へ行く」って言っていたそうなんです!」
星みつ会だ。瞬時にそれを感じ取った。きっと、言葉巧みに彼らを連れて行き、殺して蟲の殻の中に入れているのだろう。
「なんて事を……っ!」
「由紀、こちらでも確認が取れた。今何台か星みつ会の車が動いているそうだ。」
こうなると心配なのは彼だ。先程連絡が取れたから大丈夫だとは思うが、いずれ彼らと同じようになるだろう。私はそれをお父様に話した。
「わかった。雪平くんが我々の所にいるのが悟られないよう、別荘地へ避難しよう。」
入谷家は代々、陰陽道を使う家系である。蟲を退治するためこちらの地へ引っ越しているが本拠地は誰にも悟られない集落にある。しかも山奥だ。
確かにそこなら十分な結界も貼れるし、星みつ会からも逃げられる。そこを今お父様の母親が守っているのだ。
私は彼の部屋に行き、事情を説明してすぐに支度をするように言った。
「本当にいいのか?俺は関係ないのに……」
「大丈夫。さっき言ったでしょ、守ってみせるって。」
彼は頷くと部下の用意した車へと乗りこみ別荘地へ向かった。
その道中、彼には今起きている事、私たちが知っている事を全て話した。
「そんな事があったのか……」
「そう。私達はずっと昔からそうやってきた。」
「なぁ、さっきも聞いたがなんで俺を守ってくれるんだ?俺は君の家族じゃないのに……」
まぁ、彼にとってみたらそこは疑問だろう。答えは簡単だ。
「貴方は家族のように大事にしたい存在だから。じゃ、駄目?」
そう、前世では兄だった彼。同じミサンガを付けてこの世界に生まれてきた。私は前世で守りきれなかった彼を今度こそ守りたい。なんて覚えてない彼にはとても言えないことだけれど。
「そうか……なら、俺もお前が危ない時は守るからな!」
「ふふ、ありがとう。」
そう話す彼の笑顔は兄にそっくりに見えた。
二時間ほど車を走らせると別荘地のある集落に着く。
「ここからは結界のある範囲です。ご安心ください。」
彼は車の中で寝付けなかったのか外の様子を見つめていた。
「凄いな、真っ暗だ。」
「この辺街灯も少ないからね。」
この集落は本当に何も無い。だからこそ、この集落内で出来る事をやり、それぞれ協力してやってきたのだ。
「山の中に入ります。かなり揺れますのでご注意を。」
「わかった。」
山道に入ると舗装されていない山道が続く。おかげでガタガタだ。
「酔わない、大丈夫?」
「大丈夫。何とか耐えられるよ。」
三十分くらい行くと大きな屋敷が見えてくる。
今は海原家の部隊が数人屋敷の守りに徹している。あとは薬師家の研究チームも合流しているはずだった。
「お疲れ様。夜遅くにありがとう。」
「お疲れ様です、お嬢!」
彼はビックリして車からなかなか降りて来られなかったが。
「由紀ちゃん、遠い所からよく来たねぇ。」
「こんばんは、お祖母様。」
やっと彼が車から降りてくるとお祖母様はその姿を見て「あらあら」と呟いた。
「その子が彼氏さんかしら?ゆっくりしていってね」
「お祖母様!彼氏じゃないですから!」
必死に否定したが聞いているのかいないのかわからない反応を取られてしまった。彼はなぜか顔を赤らめているし。
「とにかく、ここならしばらく休めるから。私は明日Zに会ってくる。」
「わかりました、お嬢。」
そういうわけで、もう日付が変わってしまったがようやく眠りにつく事ができた。
次の日、Zに会いに車を出そうとすると彼が車の方まで駆け寄ってきた。
「なぁ、もし向こうに行くならここに寄ってくれないか?」
「この住所は?」
「俺が父さんと住んでた家だ。ここにナイフの入った箱があるはずだから取ってきて欲しくてな。」
彼にとっては思い出の家のはずなのに勝手に入ってよいのだろうか。
そう思ったが、彼がその家の鍵を渡してきたのでZに会ったあと寄る事にした。
「では行きましょう。」
「じゃあ、行ってくる。お祖母様、彼をよろしくお願いします。」
「えぇ、わかったわ。」
車はZと待ち合わせている路地まで向かって行った。
「ナイフの入った箱……か。」
思い当たるのはひとつしかない。
綾白町の裏路地に歩いて向かうとそこにはZがいた。
「やぁ、例の書類を取りに来たんだね?」
「えぇ。用意してくれた?」
「もちろんだ。はい、これ。」
手に取り中を確認する。書類には星みつ会の情報がビッシリと書かれていた。火曜日に出す予定の蟲の数、武器を持った信者の数まで。
「信者の数が圧倒的に少ないわね。二百人くらいなんて。」
「信者自体かなりいるんだけどね。相当蟲の触媒になったみたいだ。」
まぁ、それはそうだろう。この二百人という数はきっと幹部の数だ。
「ありがとうZ。」
「でも大丈夫かい?そちらも戦力は揃っているとはいえ、一般人を避難させながら戦わなければならない。この数だと多分人類を破滅させる気満々の数だ。正直勝機は薄いと思うよ。」
「まぁ、そうでしょうね。でも、やれるだけやらないと。」
滅亡するってわかっていても精一杯足掻いてみせる。それが我々の務めだから。
その夜、お父様が白蛇家や海原家、明石家を引き連れて屋敷に帰ってきた。
その後の集会で我々の戦力を確認、避難をさせる担当や戦闘担当を割り振り火曜日の動きを決める。
「我ら入谷家がこの街の結界を強める。戦闘チームは由紀の指示に従って動け!よいか!例え人類が滅亡するとわかっていても最後まで抗うのだ!」
「はっ!!」
その様子をじっと彼はじっと見つめていた。
「どうしたの、眠れない?」
「あ、あぁ。気になってしまってな。」
「そう、はいこれ。」
部下たちが彼の家に向かい持ってきたナイフの箱を彼に差し出す。
「ありがとう!これ、ずっと取りに行きたいって思ってたんだ。」
まぁ、それは母親や星みつ会が許してくれないだろう。
中に入っていたナイフは私も見覚えがあった。前世で使っていたナイフ。それで兄を殺そうとした奴を皆殺した。
「これは生まれた頃にからミサンガと一緒にあったナイフなんだ。宝石もいくつも付いてて綺麗だろ?」
「そうね。」
不思議な事に錆も一切見られない。持ってみるとこれまた不思議な事に手に馴染む。
「これ大事に持っていて。」
「あぁ!」
それはいつか君の助けになるかもしれないから。
火曜日のお昼、綾白町にある国会議事堂のデモ隊を路地から見守る。
あのデモ隊は今日の議会の決定を議事堂の前で待っているのだ。奴らが最初に狙うのはきっとそこだろう。
「皆、用意はいい?」
後ろに控えている部下たちがコクリと頷く。議会の開始まで残り十秒を切った。緊張感がどんどん高まってゆく。
五
四
三
二
一
私の携帯から十二時を知らせるアラームが鳴り響く。その瞬間、一気に蟲達が議事堂の後ろから湧き出てきた。なんならそのついでに議事堂も粉々になってしまっている。デモ隊に混じり、街の人達が皆パニックに陥ってしまった。
「皆、落ち着いて!避難チームは早く車を!」
戦闘チームが素早く蟲を斬りにかかる。なるべく二人一チームになって動いてもらっているがそれでも蟲の数の方が多い。これじゃあ避難チームに指示している暇がないなと思いながら雪風を取り出し蟲を斬っていく。
すると、蟲がやってきた奥の方から今出てきている蟲よりも一回り大きいサイズの蟲が出てくる。その後ろには星みつ会の信者と思われる服装の奴らが控えていた。
「来たわね。」
合図を出し、十人くらい集める。
「ワレラニショウリヲ」
「行くよ、皆!」
「はいっ!!」
六人は蟲を斬り、私を含めて五人が信者を斬っていく。信者達は銃を持っており傷が付くのは避けられなかった。
何人か斬っていくと、その後ろに見覚えのある人物が現れた。
「お父……さん?お母さん……?」
動きを止めた瞬間、信者のはなった弾があたる。
「ユキ、コチラニオイデ」
「サア、イッショニカミノモトヘ」
「……お断りよ!!」
焦点もあっていない二人を斬るのは心苦しくもあったが容易だった。
そうして全てを斬っていった。
二十分くらい経っただろうか。無心で斬っていたが後ろを振り返るともう動いている人が少なくなっていた。自分も血だらけになっているが人は動かずとも蟲の動きが止まらない。
「きら……なきゃ。」
自分の体も限界に近かった。それでもまだ動く。動くなら斬らないと。
「全く、前世と同じでタフだな君は。」
その言葉と同時に私は後ろから撃たれた。
「ガ……ハ……ッ!」
後ろを振り返るとそこには前世で兄を殺した奴が立っていた。
「お前は……!」
「思い出してくれたかな?前世ではよくも私を殺してくれたね。」
まさかここに奴がいるとは。しかも、星みつ会の幹部だなんて。
「最期だから教えてあげる。僕は前世よりもずーっと前から世界を壊すために研究を続けてきたんだ。この世界では化物を使っての破壊だったがね、まさかこんなに上手くいくとは思わなかったよ。」
奴は私の頭に拳銃を突きつけた。
「君はいい実験材料になってくれたよ。そのお礼に楽にいかせてあげよう。」
あぁ、もう死ぬのか、そう思った時だった。
「やめろおおおお!」
いないはずの彼の叫び声が聞こえた瞬間、奴は背中を刺され倒れた。
「なん……で……?」
「君の部下の人に無理言って車出してもらったんだ。襲われたけど、なんとか君の元に来られてよかった……」
彼は私を抱きしめた。その体は血だらけでここに来る道中に蟲に襲われた事が伺える。
「なんでよ……っ、危ないって言ったのに……!」
「言っただろう?君の事は僕が守るって。それに、あそこの結界ももう少しで壊されそうだったんだ。」
「そん……なっ」
まさかそこまでになっていたとは。
「だから、最期くらいは君と過ごしたくてな……こうして、来たんだ。」
彼は話終えると地面にばたりと倒れた。きっと力尽きてしまったんだろう。
「やだ……、私……、結局最後まで……っ!」
私は彼を守れなかった事が悔しくて、抱きしめて泣きじゃくった。
「大丈夫……、僕は十分に守ってもらったよ……」
「やだやだ!死なないでお兄ちゃん!」
その言葉を聞いた彼はうっすら目を見開いた。そしてにっこりと笑う。
「あぁ……やっぱりそうだったんだな……シェリー、また会えてよかった……」
彼はその言葉を最後に力尽きてしまった。
「うあああああああっ!」
蟲の羽音に混じり、泣き声が響き渡る。この街に、もう生きている人はいない。
少女は刀を地面に突き刺し力を込める。すると、刀が刺さった地面から人を花を木を建物を化物を凍らしていく。桜が咲き、舞い散る春に冬が来た。
少女は男が持っていた拳銃を手に取り頭に向かって発射した。
倒れた少女に話しかけるように声が聞こえる。
「お前は天国へも地獄へも行く事は許されぬ。」
あぁ、またか。少女はゆっくりと目を閉じた。