「おばちゃん、やめてくれよぉ。俺、じいさんになってもリョウと一緒にいるって言ったけど、まだ正式にプロポーズしてないんだから、急かさないで」
颯ちゃんがにこやかにお母さんに言うと
「でも結婚するんでしょ?」
お母さんは真っ直ぐ颯ちゃんを見上げた。
「する。絶対にする。でもいつかはわからない」
「どうして?どうせするなら早くすればいいじゃない」
「それは違うよ、おばちゃん」
颯ちゃんは、私の背中に大きな手のひらを当てて言う。
「物事には適時とかタイミングってあるでしょ?人それぞれの考え方や進度があって機が熟す頃合いも人それぞれ。俺とリョウの長い人生の中で最適なタイミングで結婚する。今ではないんだよ」
「どうして今ではないの?一緒に暮らそうってタイミングでいいんじゃないの?」
「違う。全然違う。だからおばちゃん、今ここに来ちゃったんだね……リョウのタイミングなら‘部屋に上がって’って言えるのに今日は無理だよ」
颯ちゃんが私の思っていた通りのことを言ってくれたので、私は少しリラックスできた。
「お母さん、結婚のこと聞きたかったの?」
「そうよ、良子のことが心配だもの」
結婚について聞くことと、心配はイコールなのか?
……わからない…
しかも私に電話で聞くのではなく、颯ちゃんの目の前で‘いつ結婚’なんて…どうやったら聞けるんだ。
「おばちゃん、気をつけて帰って。俺たち今からデートだから帰る。またね」
颯ちゃんが明るく言いながら、私の背中を押しマンションへ入る。
「突然ごめんなさい。またね」
私たちの背中に投げられた声に、二人とも振り向かなかった。
エレベーターのない小さなマンションの階段を上がり部屋の前まで来ると、ホッとする。
「ごめんね、颯ちゃん…お母さんが…」
「うん?何てことはなかった。あれぐらいは華麗にスルーすればいい」
そう言いながらドアを開けた颯ちゃんは
「ただいま。おかえり」
と靴を脱ぐ。
華麗にスルーか…そうだね。
「ただいま、颯ちゃん。お腹減った……シチュー?いい匂いがする」
手を洗い着替えてキッチンへ行くと、鍋をかき混ぜる颯ちゃんが見える。
「ハヤシライス…レシピ検索しても難しく思えるものばかりで、簡単に思えるものは食いたいものがなくって、ルーがあれば出来るハヤシになった」
「ありがとう。ハヤシライス久しぶりだから嬉しい」
「俺、カレーとシチューとハヤシしか作れないかも…」
「あと美味しいスクランブルエッグね」
スプーンを出し、コップとテーブルに運ぶ。
「リョウ、米、自分で入れるか?ケーキの分、腹のスペース空けておくだろ?」
「うん。ケーキ見ていい?」
「いいぞ。トマト、洗って切ったのが冷蔵庫にあるから、それも出して」
「はぁい」
冷蔵庫にはケーキの箱とカットされたトマトが並び、真っ白と真っ赤なコントラストを描いていた。どちらも一旦キッチンに置いてケーキの箱を開ける。
「わぁ…美味しそう。ショートケーキとガトーショコラかな?これはティラミス?」
「正解」
「3つ?」
「リョウが今夜と明日の朝にでも食えばいい」
「颯ちゃんは?」
「一口でいい…って…リョウの視線がケーキに刺さってる」
「だって…ケーキ屋さんのケーキ、たまにしか食べないもん」
「先月の誕生日に食っただろ?」
「1ヶ月以上前」
「そうかそうか」
颯ちゃんは私の頭を両手でくしゃくしゃと撫で
「今日全部食ってもいいぞ」
と笑った。
コメント
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あーぁ😩ダメだ… お母さんそれはお母さんの考えで押し付け… お母さんの最後の言葉に振り返らなかった2人。またねはないよ… 気分変えて〜!颯ちゃん渾身ののハヤシライスと食後のケーキ3個いっちゃお〜っ⁽⁽🤙🏼₎₎